唐突ですが、アフリカで一番大きい国は何処だと思いますか。地図を見ていると、ちょうど大陸の真中にあるコンゴ民主共和国(旧ザイール)かなと思いたくなります。実はコンゴ民主共和国は大きさではアフリカで3番目です。1番大きいのはスーダン、2番目はアルジェリアなのです。


 そのアフリカ最大の国スーダンが注目を集めています。スーダン西部のダルフールという地域で大虐殺が行われているとなっています。スーダン政府に支援を受けた民兵集団ジャンジャウィードが、ダルフール地方で現地の人々を殺している、それは人種浄化とかジェノサイドと呼びうるものである、そんな報道がなされています。ただ、どの報道を見ても、どの国際機関の報告書を見ても、今一つ隔靴掻痒な感があります。少なくとも言えることは「全体像が見えない」ということです。


 まず、現地への立ち入りをスーダン政府が厳しく取り締まっていることがあります。アフリカ連合による多国籍軍が監視役として入るのにも難色を示しています。しかも、対象となるダルフール地域があまりに広いということがあります。簡単に「地域」と言い切っていますが、面積的には日本の2倍くらいはあるんじゃないかなと思います。数十万人単位での虐殺がなされていることは事実でしょうが、その正確な姿は実は誰にも見えてないんじゃないかなと思うわけです。


 もともとスーダンという国では、南北対立が非常に激しかったという歴史があります。そして一番エラそうにしていたのは北部に住むアラブ系ムスリムです。日本だと「アラブ系」とか「ムスリム」といって先進的なイメージを持つ人は少ないのではないかと思いますが、ああいう地域では一番洗練され教化された存在として幅を利かせているわけです。そういう幅を利かせているアラブ系ムスリムが、南部で原始的なキリスト教やアニミズムを信じている非アラブ系(つまりはアフリカ系)の人達をボコボコにしていたら内戦になったというのがスーダン内戦の非常に簡略化した構図です。2003年にスーダン内戦がある程度収まった時に石油資源等による利益配分がなされた際、今度は非アラブ系ムスリムの多いダルフール地方の人達が「自分達も忘れないでね」と手を挙げました。これまでダルフールの非アラブ系ムスリムは歴史的にずっとアラブ系ムスリムにチクチク苛められてきたのでしょう。けど、あまりに自分達に利益のない国家運営に腹を据えかねてチョビッとだけ抵抗してみたら、今度はアラブ系ムスリムからなる中央政府からの反撃が100倍になって返ってきた。こんないい加減な説明では怒られそうですが、そんなに外してはいません。もうちょっと卑近な例に置き換えると、クラスで幅を利かせていた底意地の悪い不良が、クラスの隅にいた比較的謙虚な生徒をチクチク苛めていたところ、少しその生徒が抵抗したという構図です。そして、体力に勝る不良が「おいおい、こいつオレに抵抗してきたぜ」とふっかけながら、ここぞとばかりに苛めの度合いを100倍に上げてボコボコにぶん殴って新聞沙汰になった、まあそういう理解でいいはずです。


 そして、このダルフール紛争(や長年に亘るスーダン内戦)の背景には拭いがたい人種差別感があるのですね。あまりクローズアップされていないのですが、知識人で武力も持っているアラブ系ムスリムの目には、未開の地で暮らし非常に原始的なイスラーム(多分、原始宗教とかアニミズム的要素が入っているはず)を信じるダルフールの人は見下す対象になっているのです。スーダンのエル・バシール大統領の発言などを聞いていると、どう考えても人種差別的な視点がその根底にあります。あと、これも知られていませんが、あの地域にはつい最近まで(というか多分今でも)奴隷制度があります。アフリカというと「アメリカに奴隷として連れて行かれた人が多い」というところで認識が止まっていることが多いですが、実はアフリカの各地には今でも結構な奴隷制度が残されています。こういう思想は歴史的に培われ、しかも支配層の意識に深く残っているので、スーダンという国の中にある力学だけでは解決できないと思います。本当に今のジャンジャウィード(しかも、政府提供による良い武器を持っている)による虐殺と止めようとするなら、国外からもっと力が掛からないとダメでしょう。


 ただ、スーダン政府には中国がガッチリ食い込んでいます。スーダンの石油資源に中国はかなりの投資をしていて、それに対して武器や資金を提供しています。最近は有名になってきましたが、中国は今はアフリカの資源国には集中的に投資をしていて、それが人権問題を有していようが、紛争を抱えていようが、国際社会と対立関係にあろうが、一切お構いなしです。ちょっと話が逸れますが、今、欧米のメディアを見ているとスーダン、イラン、ミャンマーなんてのは相当に孤立しているように見えますが、その実そんなに孤立しているわけではないのです。少なくとも当事者は「まあ、中国(やロシア、インド)がいるからな」と思っていることでしょう。


 中国は国連安保理での対スーダン制裁決議案に抵抗しているようです。まあ、私が想像するに最後は国際社会の総意に抗わないために賛成するでしょう。しかし、その時には「制裁は各国の裁量の範囲でやる」ということを色々な技術的ワーディングで確保した上で「実質的に何もやらなくても(現在の投資を止めなくても)咎を受けることはない」ことを確実に確保した上で賛成するはずです。対北朝鮮制裁がそんな感じでした。まあ、それでも良いので少しでもエル・バシール政権に圧力を掛けることは是非やった方が良いでしょう。そういえば、先のフランス大統領選挙では、人権重視のロワイヤル候補(社会党)が「スーダンに支援をする中国はけしからん。北京オリンピックボイコットも考えるべし。」と主張していましたが、マッチョで大きいものが好きで親中派のサルコジにかわされていましたね。


 このダルフール紛争の関係で、ちょっと気になっていることがあります。それは重要な2つの隣国の動きです。まずはリビアですが、地図を見ると分かりますがダルフール地方とリビアは国境を接しています。10年くらい前にリビアのカッザーフィー(カダフィ)は対アフリカ支援を異常なまでに強化したことがありました。アフリカにオイル・マネーをばら撒きまくって、アフリカの幾つかの国を事実上属国に近い状態にまで従えていました。チャド、ニジェール、ブルキナ・ファソあたりは相当カダフィに尻尾を振っていた記憶があります。まあ、その背景にはアメリカと対立した時にアラブ諸国に助けを求めたら無視されたので、怒って「それならアフリカでお友達を探す」ということで「アフリカの中のリビア」という政策を追求したからなのです。今のアフリカ連合の構想を作ったのはカッザーフィーです。そんなカッザーフィーがあまりこのダルフール紛争に関与していないのですね。10年前なら相当カネを使って関与したんじゃないかなという気になります。アメリカとある程度仲直りしたら、もうアフリカには関心なくなったのかもしれません。


 もう一つはチャドです。ダルフールの反乱軍の一部はチャドに逃げ込んで、チャド北部の砂漠地帯を後背地にジャンジャウィードへの抵抗活動をやっています。チャド政府が幾ばくかの支援をしているようです。これに対して、スーダン政府も負けじとチャド北部にいる(チャドの)反政府軍への支援をしているようです。チャドという国も南北対立が激しい国なんですよね。ここで私が思ったのが「今、国際社会はイドリス・デビーを支えざるを得ないのか・・・」ということです。チャドの大統領イドリス・デビー、まあこれまた残酷な男です。デビーがクーデターで放逐した前の大統領ヒセヌ・ハブレも在任時拷問等で残虐な男で、たしかベルギーか何処かで「人道に対する罪」で起訴されていたはずですが、イドリス・デビーも相当なものです。しかも、チャドという国はトランスペアレンシー・インターナショナルというNGOから「最も汚職のひどい国」というありがたい勲章を貰っています。もうちょっとメジャーな国なら、ブッシュ大統領から「悪の枢軸」に入れられてもおかしくないくらいです。しかも、イドリス・デビーはたしか心臓に疾患を抱えています。


 そんな超不安定な要素を持っているチャドですが、ダルフール情勢にかんがみれば、今、デビー政権が何らかのかたちで潰れてしまうと、かろうじて存在するダルフールをめぐる力関係の均衡がジャンジャウィードの優位な方向でガタンッと崩れてしまう可能性が高く、ダルフールでの人権状況が一層悪化することはほぼ確実です。そうやって考えると、「うーん、今、少なくとも国際社会はイドリス・デビーを潰すことはできんな。」と思うわけです。多分、アメリカ、フランスは少しチャドにテコ入れしてるような気がしてなりません。


 ロクでもないヤツでも支援せないかんことがあるのよね、この世界。そんな情緒的なことを考えたりします。まあ、遠く離れた地域の話ではありますが・・・。