最近、台湾がセントルシアと国交を樹立し、それに応じて、中華人民共和国がセントルシアと断交したという記事を見ました。「おー、やっとる、やっとる」というのが率直な感想です。


 あまり知られていませんが、世界には中国といえば台湾を正当政府として承認している国がたしか25カ国くらいあると思います(1972年以前の日本もそうだった)。世界全体に200程度の国がありますので、8ヶ国に1つは台湾を承認しているわけです。大体がアフリカの国か、カリブの島国だったように記憶しています。


 台湾の外交というと、この数字を一つでも増やすことが至上命題ににっています。そのためには涙ぐましい努力をするわけです。私がアフリカにいた頃の経験では、影響力が小さな国ならば50億円、影響力がそこそこの国ならば100億円程度をまず掴み金として大統領に渡すのが通例です。これは表に出てこないお金ですが、チャドが台湾承認に切り替えた際にデビー大統領に250億CFAフラン(当時約50億円)、私が住んでいたセネガルが台湾承認に切り替えた際にはディウフ大統領に500億CFAフラン(当時約100億円)を渡したというのが相場観でした(そんなに間違っていないと思います。)。しかも、これは挨拶代わりの掴み金に過ぎません。承認をしてもらってからの中華民国大使館(台湾政府)の援助振りたるや、すさまじいものがありました。大体、2日に一回は中華民国大使の写真が政府系新聞に出てきて「Cooperation exemplaire entre le Senegal et la Chine(セネガルと中国の模範的な協力)」といった白々しい文句が踊る中、何かしらモノをセネガルにあげていました。ジャブジャブお金を投じて、相手の関心(というか歓心)を繋ぎとめるその姿に哀しいものを感じました。ちなみに、私は「積極的に接してはいけない」というお達しが出ていたので、こちらから積極的に台湾の大使館員の人に接することはありませんでしたが、それを上回るくらいに相手が超積極的に「外交団としての」お付き合いを求めてきていたのも違和感を感じました。偏見を持ってはいけないのですが、多分「外交団としての」活動ができる事自体が台湾外交部に勤める者として嬉しいのだと思い、その背負った業の深さに思いを致しました。


 事実上、たかりに近いものも多かったようでした。ギニア・ビサオという国のヴィエイラ大統領が「オレの大統領選挙資金を出してくれ」と台湾にお願いしたところ、台湾側も「さすがにそれは・・・」と難色を示すや否や、ギニア・ビサオはバサッと台湾を切り捨てて中華人民共和国承認に切り替えたこともありました。さすがにこればかりは聞いた時に泣けてきました。また、紛争中で危険度溢れるリベリアの首都モンロビアに立派な港湾施設が出来たというので話を聞いてみると「台湾援助だ」という話だったりとかもありました。ちょっと因果関係が微妙ではありますが、2002年ワールドカップでセネガルが活躍したのを覚えている方もいると思いますが、あれにはその後オマケ話があって、セネガルの選手は日本滞在後、当時外交関係を持っていた台湾に招待されました。日本ではおとなしくしていたセネガル選手はきっと台湾で相当な接待を受けたのだと思います。ハジけすぎてしまって、台湾の女性に性的暴力をふるったという事件がありました。あれも台湾では国辱だと騒がれましたが、承認を維持するために台湾当局はセネガルとの関係ではあまり大事にしなかったということでした。最後の話はちょっと怪しいところもありますが、まあ、承認してあげるという一言、紙切れ一枚のために相当たかられてるのは紛れもない事実です。


 なので、台湾の総統の外遊というのはとても歪で、しかもハードな地域が多くなります。カリブの島国でも台湾承認の国というのは点在しているでしょうし、アフリカでもそれはそれは広範な地域を一筆書きで回らされます。事実上の紛争地域に近いところでも承認国であれば友好を繋ぎ止めるために果敢に行きます。総統の外遊には予防接種が絶対に欠かせません。逆に承認国の元首や外相が台北を訪問する時は、それはそれは手取り足取りで大接待をしているようです。勿論、大使館を台北に置く際には費用はすべて負担しているはずです。


 とは言っても、中華人民共和国側も手をこまねいているわけではありません。何と言っても、安保理の常任理事国ですから北京に睨まれるというのはそれだけで恐怖です。以前、マケドニアへのPKO派遣延長という議題が安保理であがった際、中国は珍しく拒否権を発動して蹴飛ばしました。理由は「マケドニアが台湾承認しちゃったから」、全然PKO派遣延長と関係ないのです。まあ、さすがにこればかりは各国から批判されまくりで北京も少し反省したようです。


 中国の援助攻勢というのは最近は資源外交との絡みで、スーダンに援助しているのがけしからん、アンゴラへの援助も如何なものか、欧米と仲違いしているジンバブエとも仲良くしとるといった文脈で語られることが多いですが、一時期は「台湾対策」という意味合いも強かったわけです。台湾はその経済力でガンガン掴み金を見せて承認を取りにやってくるから、それに対抗しなくてはならなかったという事情がありました。大体、北京政府側の古い援助スタイルは巨大なスタジアムを作るというのが典型的でした。しかも、北京政府は囚人とかを連れてきて大型公共事業に従事させているようでしたので(刑期が短くなるのかもしれません)、あまり現地で評判が良くなかったのを思い出します。いずれにしても、中国の首脳というのはよく途上国を訪れます。胡錦涛、温家宝クラスは元より国務委員クラスは世界中何処にでも行きます。そうやって首脳レベルでの関係を繋ぐわけです。外国訪問というと、リッチで楽しい国に行く傾向のある日本の政治家に比して、ストイックに国益を追求する姿は立派だと思います。


 あと、北京政府は世界中どんな小さな国にでも大使館を置きます。世界で大使館数の多い国と言えば、アメリカ、中国、フランスあたりじゃないかなと思います。中国は台湾承認国には大使館が置けないので数としては若干少ないかもしれませんが、置ける国にはすべて置いているはずです。そうして睨みを利かせておかないと、台湾政府側の人がスススッとやってきて、その国の大統領あたりに「どうです、100億円あげますから承認を台湾に切り替えませんか。」と持ちかけてくるわけです。余談になりますが、大使館があるということは中華料理が食べられるということです(時には大使館の1階が中華レストランになっているところもある。多分、大使館員に料理を作っている人と同じ人が作っている。)。かつての私の上司が「昔、赤道ギニアを担当している時分にな。マラボー(首都)に出張に行くだろ。メシが美味くないから辛いのよ。そういう時は中国大使館の人を訪問して会うようにしていた。そうすると中華メシが食えるだろ。」と言っていました。


 また、どんな小さい国でも北京に大使館を置いている国が多いです。北京政府はそういう国に土地とか、建物をドカーンと提供しているんじゃないかなと思います。まあ、大使館を置かせているというのも相手国にとって一つの重石にはなるでしょう。私は外から見ただけで正確なことが言えませんが、北京にあるルワンダ大使館と日本大使館、あまり大きさが変わらなかったような気がするんですよね。


 長々と書きましたが、セントルシアという国が台湾を承認した、その背景には激しい承認獲得競争があるんですね。私はカリブには弱いので、セントルシアという国がどの辺りにあるのかは調べないと分かりません。今、見てみたら人口16万人くらいの国ですね。それでも、国民国家制度の下では1カ国は1カ国です。国連総会では貴重な1票を持っています。台湾にとってはありがたい承認です。一人あたりのGDPが4500ドル。そんなに貧しい国でもないのになあ、どれくらい台湾はお金を積んだのだろうか、なんてことが頭をもたげます。