中国の温家宝国務院総理の訪日に関し、二つの出来事がありました。


● 温家宝総理が天皇陛下に会った際に北京オリンピック時の訪中招待を行った。これは事前に調整されたものではなく、日本側は突然の訪中招待に狼狽した。
● 中川自民党政調会長が「こちらからは昨年に安倍総理が行ったのに、中国からは序列ナンバー3位の温家宝だった。これは失礼千番だ。」と吠えた。


 この関係なさそうな2つの出来事、意外に結びついているような気がしています。


 まず、外交の世界の常識なのですが、日本では(学説は色々あれど)元首は天皇陛下です。そして、安倍総理は政府の長ということになります。


 では、これを別の国で考えてみるとどうなるでしょうか。まず、アメリカですがああいうふうに元首と政府の長を同じ人が兼ねる国というのは実はそんなに多くないのです。南北アメリカ大陸に非常に多いですが、それ以外の地域では元首と政府の長は別の人がやっているケースが多いです。歴史が浅く、王制とかの歴史もなく、あえてそうやって分ける必要を感じなかったのではなかろうかと思います(稚拙な見解ですが)。イギリスでは元首はエリザベス2世、政府の長はブレア首相、フランスでは元首はシラク大統領、政府の長はド・ヴィルパン首相、ロシアでは元首はプーチン大統領、政府の長はフラトコフ首相です。そして、中国では元首は胡錦涛主席で、政府の長が温家宝というわけです。


 見ていただければ分かるように、元首が政治的実権を持っている国もあれば、そうでない国もあります。君主制の国は一部中東の国などを除けば元首は実権を持っていませんが、それ以外の国でも大統領が政治的実権を持たない国はたくさんあります(ドイツ、イタリア、イスラエル、インド等)。ただ、ここで十分に注意しなくてはならないのは、元首と政府の長の権力の配分のあり方はひとえにその国の体制の問題なのです。それこそ完全に内政事項であって、外国からとやかく言われる筋合いのないものです。ちなみに話が逸れますが、国によっては元首よりも強い実権を持つ人が存在する国があります。例えば、イランのハメネイ最高指導者とか北朝鮮の将軍様とかがそれに該当します。


 こうやって考えていくと、実は胡錦涛のカウンターパートは天皇陛下、安倍総理のカウンターパートは温家宝というのが外交上の相場観なのです。「いや、胡錦涛は政治的な最高責任者だから、日本の政治的な最高責任者の安倍総理がカウンターパートでは・・・」と思いたくなるでしょうが、それは中国がそういう政治体制になっていて、日本では天皇陛下が政治的な権力を有しない体制であるということの違いであって、それを中国側にあれこれとケチをつけても仕方がないことなのです。「中国では元首が政治的な実権を持っていますが、それが何か?」と言われたら、それで終わりです。


 中国は儀礼にうるさい国であって、厳格に安倍総理が来たならばそのカウンターパートの温家宝が訪日した、ただそれだけのことなのです。中川政調会長の気持ちはとても分かるのですが、あまり説得力がないような気がします。私は中国旅行は好きですが、別に親中派と言われるカテゴリーには属していないと確信しています。ただ、そうであっても「安倍総理訪中のお返しが温家宝ではけしからん」というのはさすがにポイントがずれるなあと感じます。


 日本では首相というのはとてもランクが高いのですが、国によってはあまり厚遇してもらえないことがあります。例えばアラブで王制をしいている国なんかでは、首相なんてのは「偶然、その時に政治をつかさどる立場にある人に過ぎない」と扱われており、それほどには厚遇されません。逆に天皇陛下や皇太子が行こうものなら、それはそれは国を挙げての大歓迎になること請け合いです。アラブの国の王様は日本の首相をカウンターパートだと思っていないのではないかと思います。例えば、サウジアラビアを秋篠宮殿下と安倍総理が訪問したらどちらが厚遇してもらえるか。それは間違いなく秋篠宮殿下です。


 そもそも、首相が外国を訪問しても国賓(state visit)には絶対になりません。逆に外国から首相が日本に来ても国賓待遇にはなりません。今回の温家宝訪日も国賓ではありませんでした。中国から国賓を迎えるといえば、それは胡錦涛だけなのです。


 で、何故冒頭の2つが繋がるかというと、実は中国は「胡錦涛が訪日するなら、日本側も同等の人が訪中すべきだ。」という思いを持っているのではないかといういわば邪推にも似た思いがあるからです。中国側からすれば「1998年に江沢民も来ているし、今度、胡錦涛も訪日する。日本側から元首クラスの訪日がないのはバランスに欠ける。」というメッセージなのかもしれません。更に言えば「どうせ通常のルートでこの話を持っていっても日本側は応じないだろうから、いっそ温家宝から直接天皇に言ってしまおう。」と思ったとしても不思議ではありません。中国側のホンネは「天皇が来るのが先じゃないか。それからうちの胡錦涛だろ。」というところまで行っているかなどうかな?という気にもなります。


 ただ、中川政調会長の気持ちはとてもよく分かります。であるが故に天皇陛下訪中カードは気安く切ってはいけないと思います。首相レベルではこちらが先に赴いたわけですから、元首レベルでは是非先に中国から来させて、その後(仮に実現するとしても)オリンピック時の天皇陛下訪中ということにすることが求められます。そういう意味でも早めに来年前半(オリンピック前の)早い時期での胡錦涛訪日は押さえておいた方がいいでしょう。どの時期に胡錦涛が来て、天皇が訪中するか、これほど大きな外交テーマはありません。


 まあ、天皇陛下は高齢ということもあり、なかなか訪中は難しいのではないかと思うので、多分皇太子殿下訪中くらいで収めるのではないかと思いますが・・・。