以前、「自由と繁栄の弧」 というテーマで相当に批判的なことを書きました。ブログにコメントも頂きました。その他に個人的に色々と指摘を頂きました。私の書き方が相当に悪かったところもありますので、もう少し整理して書いていってみたいと思います。


● 基本的なポジション
 「自由と繁栄」が実現できるなら、それに越したことはありません。というか、とても良いことであることは言うまでもありません。私が「?」と思うのは、それをメッセージとして、対象となる地域に発信していくことの是非です。


● 中身が乏しい
 そもそもですが、ここで言う「自由と繁栄」の中身を考えてみたいと思います。ユーラシア大陸の外周をなす弧に当たる地域は非常に多様な地域です。私の中でのキーワードは「多様性」です。人権一つとっても、考え方は非常に多様です。特に私が気になるのが「自由」という部分です。例えば、サウジアラビアにおいての自由は、インドにおける自由とは全くと言っていいほど異なるでしょう。「自由と繁栄の弧」と言われると、多分、相手は「オレのところで日本と同じように制度改革を進めるということか?」と聞くでしょう。これについては、「自由と繁栄の弧」の資料を見ていると、「各国の文化や発展段階に配慮して、押し付けにならないように」とご丁寧に書いてあります。ここで逃げを打っているわけです。結局、相手の気分を害さないように最後のところで「いやいや、あなたの好きにやってください。」と言っているのですね。これは「現状を維持する」又は「現在の進む道を肯定する」ことと何が違うのかがさっぱり分かりません。結局、「自由と繁栄」というのが個別具体的なケースで何を指すのかが明示できないのでは中身が乏しいのではないかと思うわけです。


● 「自由と繁栄」をベースに考えていいのか
 また、ユーラシア大陸の外周をなす弧に当たる地域での優先事項は本当に「自由」とか「繁栄」とかいったことなのかというと私は疑問です。湾岸諸国で政治体制を自由化したら、多分殆どの国で過激な思想を持つ政権になるでしょう。現政権がクーデターで放逐されるところもでてきます。パキスタンや中央アジア諸国なども「自由」というテーマについてはとても不安が残ります。
 私は今、これらの地域で優先すべき課題は「自由」でも「繁栄」でもなく、「安定」だと思います。日本人の感覚では「自由で繁栄した社会は安定する」と思うかもしれませんが、決してそんなことはありません。自由になったら崩壊する地域はごまんとあります。まずはこれらの地域が安定するような施策を講ずるほうが先でしょうし、多分、当事者達の本音のところではないかと思うわけです。


● 相手に不快感を与える 
 これは幾つかのケースが考えられます。
-- 「繁栄」という言葉には、先に繁栄した日本が「キミ達も私のようになりなさい」と御託宣を垂れているようなニュアンスがあります。日本から「繁栄したまえ」と言われて、「ああ、そうですね。そうなりたいです。」と心から言える国はそうはないでしょう。
-- 米軍再編のトランスフォーメーションと軌を一にしているような印象を与えるのは、対米感情が微妙な国との関係では得策ではないでしょう。政策としてアメリカと歩調を合わせるのは理解できるのですが、それをメッセージとして「弧」の国々に伝えることは別です。日本は常にアメリカと歩調を合わせてばかりだ、この政策の裏にはアメリカがいるという印象を持たれることも得策とは思えません。
-- しかも、「自由と繁栄の弧」は多様性の坩堝のような地域を一緒くたにして一つの「弧」にしているわけです。世界戦略を持つことが悪いとは決して言いませんが、「あなたは私の構想の中ではこの『弧』の一部なんですよ。」と言われて心地よい気になる途上国の指導者がどれくらいいるでしょうか。きっと、いないでしょう。


● しかしながら、ポイントはずれの批判
 ただ、この「自由と繁栄の弧」に対する批判の中には「アホか」と思えるようなものもあります。日本の前中国大使がこの政策を批判したのですが、その際「中国を囲い込むようなかたちになっていて、中国がよく思わない」というような趣旨のことを言ったそうです。それは変な批判です。そういう穿った見方もあるのかと感心してしまいましたが、ここまで来ると外務省チャイナスクールはパラノイアじゃないのかと思います。この政策を見て、中国囲い込みだと思う発想自体が異常ですね(もっと言えば、この「自由と繁栄の弧」はそこまで強力な政策たりえないでしょうからパラノイアで騒ぎすぎなのです。)。
 私は上記の通り、この「自由と繁栄の弧」というメッセージについてはとても批判的です。ただ、それ以上にこの前中国大使の批判については「アホじゃないか」と思います。そういうかたちでの中国への(誤った)配慮は厳に排していくべきだと感じます。


● で、対案は?
 私は美しい言葉で纏めることはできませんが、このユーラシアの外周をなす地域を特徴付けるキーワードは「多様性」であり、目指すべき政策課題は「安定」だと考えています。「安定」というと、「非民主的な強権的政権を肯定するのか?」というお叱りが来そうですが、私は平等で公平な選挙による民主的な政権が常に最善な結果をもたらすとは全く思っていません。


 書いた後で、自由と繁栄の弧を肯定する人と私の違いは「結局、目指すものは同じなのだが、そこに到るまでのスピードに対する認識が違うということなのだろう」と思いました。いずれにしても、このテーマは別に決まった答えがあるわけではありません。異論反論は大歓迎です。