フランスでの大統領選が少しずつヒートアップしてきました。


 現職のシラク大統領は出馬しないことを正式表明しました。まあ、既に12年務めて74歳ですから当然と言えば当然ですが、1960年代から閣僚をやり、首相2回、大統領2期、相当な日本通の政治家が姿を消すのは残念です。シラクの日本通ぶりは相当なもので、橋本龍太郎が日本で発掘された古い像を指して、「これはハニワ(埴輪)と言うんですよ」と紹介したら、シラクから「いえ、これはドグウ(土偶)です」と訂正された話は意外に有名です。スキャンダルがあったり、欧州憲法の国民投票での否決があったりで、最後の2年は完全にレームダック化していました。引退表明が遅れたのは、心の中で嫌いなサルコジへのせめてもの嫌がらせじゃないかと思います(さすがにもう1期5年やるつもりはなかったでしょう)。


 今、候補として名乗りを挙げている中で有力なのは以下の4名です(あまり右派、左派という表現は好きではないのですが)。

-- ニコラ・サルコジ内相(右派)(Nicolas Sarkozy)
-- セゴレーヌ・ロワイヤル元環境相(左派)(Segolene Royal)
-- フランソワ・バイルー元教育相(中道)(Francois Bayrou)
-- ジャン・マリー・ルペン国民戦線党首(極右)(Jean-Marie Le Pen)


 まあ、特筆すべきは主要政党からの女性大統領候補がいることです。セゴレーヌ・ロワイヤルはなかなかの美人です。私としては、エリザベート・ギグーという元法相(左派)がフランス政界で一番美人だ(った)と思いますが、まあ何はともあれフランスでも主要政党出身の女性が大統領を目指すようになったということです。なお、1991年にエディト・クレッソンという女性が首相をやりましたが、どう考えても能力不足で良いお手本ではないように思えます(日本製ビデオ機器の輸入に際し通関地をポワティエというド田舎に指定して事実上輸入障壁を科したことでも有名。)。

 サルコジはハンガリー移民の子です(が、フランスでは欧州系の移民に『移民(immigre)』という単語を使うことは稀です。つまりは『移民』という言葉自体が人種差別的意味合いを含むわけです。)。私がフランスにいた1995~97年の時は比較的不遇の時期を過ごしていたので、あまり強い印象がありません。ただ、上昇志向の塊のような人間です。シラク大統領ともド・ヴィルパン首相とも仲が悪いですね。これまで多くの有力者と付いては離れていったのを見ると、他人を利用しながら上昇していく人間のように見えます。

 バイルーは私のフランス在住時に教育相をやって以来、閣僚ポストとは縁がなかったはずです。2002年の大統領選あたりを機に保守・中道がシラク大統領支持与党に集約されていく中、それを良しとせず中道路線を貫いていることが印象的でした。少数政党の悲哀を省みず、頑張っている姿が私は好きです。強烈なキャラはありません。懇切丁寧に話す姿が印象的です。

 ルペンは極右ということで反移民を掲げています。かなり強烈なキャラです。あまり強調されませんが、彼の話すフランス語は非常に格調が高いというか、古い伝統的な表現方法を使います。また、伝統的なフランスへの回帰のシンボルとしてジャンヌ・ダルクを使っているのですが、そのあたりは自己のシンボル化を上手くやっているなと感じます。単なる乱暴な極右ということで切り捨てていると誤ります。


 ここでちょっとフランスの大統領選について解説しておきます。制度自体が非常に特徴があって、結果にも大きく影響します。
-- 立候補するには500人の議員(地方議会等)の推薦が必要
-- 選挙は2回投票制で第一回投票で上位だった2名が決選投票に臨む


 これだけだと意味が不明かもしれないので、具体的にどういうことになるかというと、前者の500人の推薦が一番響くのはルペンです。ルペンの反移民の姿勢は実はフランス人の多くの受け入れられていて、心の中では「頑張れ」と思っている人が多いのですが、ルペン支持をカミング・アウトすると「極右」だとレッテルを貼られてしまうので、できればカミング・アウトしたくないのです。一般論として、フランス人というのは言うこととやることが違う人たちです。口では大体にして「弱者に優しい」「万国博愛主義」「世界平和」みたいなことを言いますが、実際行動になると完全に自己中心主義的で自分の既得権にケチをつける相手には徹底的に抵抗します(したがってフランス人が言うちょっと左派っぽい発言は真に受けてはいけません。心の中では別のことを考えています。)。そんなフランス人は心でどんなに「移民帰れ」と思っていても「ルペン支持」とは軽々には言えないのです。言うや否や、表面上の理念系で「万国博愛主義」を言うことに喜びを覚えているフランス人の大半からボコボコにやられます。日本と違った意味で建前と本音に差がある社会だなと常々感じます。今回のルペンも500人の署名集めに相当苦労しているようです。


 後者の制度は色々な効果をもたらします。まず、古くは政治の二極化に貢献しました。第一回投票でどんなにこじれても、第二回目には得票数の多かった右系(右派、中道右派)、左系の二人の候補に収斂されるわけです。そうやって大統領の座を射止めたのがミッテラン大統領でした。何とかして共産党を自分側にくっつけて81年の大統領選挙に当選したわけです。ただ、極右のルペンが伸張してくることでこの動きにも少しばかり変動が出てきています(この点は後述)。もう一つの効果は第一回投票では比較的自由で正直な投票行動が出てくるということがあります。2002年の大統領選挙において、これで得をしたのがルペン、痛い目にあったのがジョスパン首相(当時。左派の最有力候補だった。)でした。つまり、国民の大半は「決選投票はどうせシラクとジョスパンだろうから、第一回投票ではホンネで投票させてもらう」ということで、マイナー候補に票が相当程度バラけました。その結果、(絶対に決選投票には残れない)マイナー候補にかなりの票が集まり、逆に既存政党の代表であるシラクやジョスパンからは票が逃げてしまいました。その結果、ジョスパンはルペンに抜かれてしまい、決選投票ではシラク対ルペンという、ちょっと想像しがたい状況になってしまったわけです。


 2002年にルペンが第二回投票に残ったことはフランス人の心の中に相当なトラウマを残しています。「自由、平等、同士愛」のフランスにおいて極右が伸張するなど、(フランス的建前では)許せないということを誰もが言うはずです。では、今回はルペンは伸びないかというとそんなこともないでしょう。そのあたりの大統領選の見通しについて、私の見通しを述べていきたいと思います。


(ちなみにfraternityを「博愛」と訳したのは何処のアホだ、と最近よく思います。これは「兄弟愛」くらいが正確で、せいぜい「同士愛」のはずなのです。「frater」というのは兄弟を意味します。単語で言えば「fratricide」は兄弟殺しを意味します。この言葉から万国博愛なんて絶対に出てきません。革命の士達の間での連帯感ですよ、この言葉が意味するのは。)


 私が見る今の構図は大体以下のように纏められます。そんなに異なことを言ってはいないと思います。
-- サルコジは保守層を固めつつ、若干極右向きの政策に向いて、ルペンの票を取りに行った。保守層の地盤固めには成功している。
-- ロワイヤルは伝統的な左派の政策から脱却して、保守層受けする政策を打ち出してみたりしてるが、左派からは評判が悪く、しかも保守層はあまり靡いていない。
-- ルペンは着実な支持層を固めている。元々が既成政党への反発層を取り込んでいるので、サルコジ側によるルペン票取り込みはあまり影響していない。
-- そういう中、保守から中道、左派まで「自分の意見が取り込まれてない」と思う穏健な人の意見を吸い上げているのがバイルー。


 多分、選挙戦が一番上手く進んでいないのはロワイヤルだと思います。伝統的左派の支持だけでは勝てないと思ったのでしょう、右派的な政策を打ち出しています。それが伝統的左派の支持を失わしめ、かといって保守層の支持も取り込めていないという感じに見えます。とてもフラフラした感じがあります。ルックスが悪ければ、もっと支持を落としているでしょう。女性だから強いイメージを出さなきゃという強迫観念があるのかなと思えてしまうこともあります。


 今はまだまだですが、今後伸びていくと思うのはバイルーです。今、誰も手当てできてないのは穏健層です。穏健層の支持を獲りに行っていないサルコジ、獲りに行ったつもりが失敗しているロワイヤルの間で、誠実に政策を訴える姿が高評価に繋がっているようです。まだ、支持率は上がり始めたところですが、第一回投票で二位になれれば最終的に大統領まで上り詰めることが出来るのではないかと思います。


 ルペンは1980年代後半から着実に15%を獲れる候補になっていますから、そこはあまり動かないと思います。票がバラければバラけるほどルペンに有利になります。私は今回も第二回投票に残る可能性がかなりあると見ています。すっかり現在の政治に不満を持っている勢力の声を吸い上げる有力勢力になってしまいました。もちろん、最終的に大統領になれることはないのですが、二回連続で第二回投票に行くことが出来ればもはや無視することは出来ない勢力となるでしょう(現在でも無視できませんが)。


 まあ、第一回投票でトップになるのはサルコジでしょう。第二位に誰が来るかということです。本来の左右対立ということであればロワイヤルということになるのでしょうが、私はロワイヤルは脱落するような気がしています。これまで選挙で左派が勝った時というのは、いずれも左派的価値観を強く打ち出した時だけです。知識層が多い左派では、変なフラフラした感じを打ち出したことが相当程度否定的に捉えられているでしょう。


 伝統的左派の票はバイルー、そして独立系左派候補に流れていくでしょう。実はフランスの大統領選で注目しなくてはならないのは、独立系の候補なのです。日本では想像できないでしょうが、フランス大統領選では独立系候補が結構な票を持っていくのです。フランスでは総得票の5%を超えたら選挙費用の還付があるので、5%が「有力候補かどうか」の基準になります。2002年の大統領選挙では、主要政党の候補以外で5%を越えたのはシュヴェヌマン元内相(左派)、ラギエ(女性。トロツキストと称している)、それ以外にも左派系で4%を越えた候補がいました。これらの候補は実現不可能なポピュリスト的政策を訴えます。このあたりがジョスパンの票を食ってしまったわけです。今回、こういったマイナー候補にどの程度票が流れるのかが重要です。私はゴリゴリの左派の票はロワイヤルには流れないと思います。


 これまで共産党の存在について全く触れませんでした。かつては第一党になりそうな勢いのある政党でした。フランスの政治と言えば、共産党、社会党、中道、保守の4極で動いていたものでした。しかし、ミッテラン政権(1981-1983)やジョスパン内閣(1997-2002)で政権に入ったのが共産党のアンチ権力の勢力としてのイメージを大きく損ねました。もう、反権力勢力の意見の吸い上げ勢力としての役割を終えてしまいました。2002年の大統領選ではたった3.4%しか獲れていません。今やフランス政治の構図は社会党、(中道)、保守、極右になってしまいました。反権力を標榜する勢力が政権に入ると大体こうなると思うのです。日本でもそういった例がありましたね。


 まあ、長々と書きましたが、今回のフランス大統領選挙、ポイントは既存政党への不満ということだと見ています。それを誰が吸い上げるか、ルペンか、バイルーか、それとも独立系左派候補か、それによって全然違います。私の予想では第二回選挙はサルコジ vs ルペンかバイルーだと見ています。それは社会党(ロワイヤル)にとっては致命的なことですが。