六者協議の日朝作業部会が成果なく終わりました。多分、外務当局も「想定の範囲内」と思っていることでしょう。ちょっと思ったことを書いてみます。


● 孤立化
 いつも聞いていて「あーあ」と思うのが、「日本は六者協議で孤立しているのではないか」という議論です。米朝が密接にやっていると、日本だけが北朝鮮とガチンコをやっていて、気がついたら孤立しているのではないか、そうすると困るから北朝鮮との協議に手心を加えた方がいいのではないかということのようです。
 そもそも、こういう議論は根本がおかしいのです。本当に日本にとって重要な案件があるのなら、六者でどんなに孤立しても、どんなに中国、米国、ロシア、韓国から圧力が掛かっても突っ張りきればいいわけです。「六者」で協議しているわけで、すべての国のコンセンサスが得られない限りは物事は前に進まないわけですから、そのコンセンサスを徹底的にブロックすればいいだけの話です。
 それを「孤立しちゃいけないから・・・」ということで北朝鮮側への譲歩を言うということは、日本として最優先する価値観は「孤立しないこと」であることであると認めているようなものです。それでは外交交渉は成立しません。「日本として譲れない一線」があるのなら、それは孤立してもいいわけです。今、何が一番大切なのかという優先順位の付け方がしっかりしていない人ほどこういうことを言います。
 ちょっとずれますが、竹島問題について韓国は「日韓友好よりも韓国領土保全の方がより大切だ」と明確に言い切って、この件での日本とのガチンコを拒みませんでした。その主張は日本にとって心地よいものでは決してありませんが、国のあり方というのはそういうものだと思うのです。
 北朝鮮はその辺りをよく見ています。日本の中に「孤立しないこと」を最大の価値としている宥和派がいる、そしてそれを煽りたいマスコミがいることを知っています。本当に自立していないなあと思いたくなります。


● そもそも・・・
 そもそも、今の孤立回避論者の発想のベースには「米朝がこのまま上手く行く」ということがあります。そんなことあり得ないのです。北朝鮮にとっては核兵器の手段というのは、おそらくどのような経済的見返りよりも価値が高いと考えられているはずです。おいそれと放棄に着手するはずがありません。しかも、北朝鮮はアメリカはイラクでのゴタゴタがある限り軍事的に攻めてこない、中国・ロシア・韓国は自分の味方とタカを括っています。そんな中で核施設の放棄に応じるはずがありません。最近、リビアという国が核施設の放棄に応じましたが、あれはカッザーフィー(カダフィ)大佐に相当な圧力を掛け、アメを提示したはずです(最近、アメが少ないとボヤいていますが)。核放棄の合意にはイスラエルも関与したでしょう。我々の知り得ない話がある中で、全体を判断した結果、カッザーフィーが放棄に応じるという重大決断に踏み切ったわけです。そこまで将軍様が意思決定しているとはとても思えません。
 まあ、仮に合意が成立したとしても、どうせ具体的な核施設の廃棄に入り始めたら、あれこれと邪魔が入って障害が生じます。北朝鮮はヨンビョンで抽出したプルトニウムについては認めていますが、濃縮ウランの存在はまだ認めていません。このあたりは「ある」「ない」で相当に揉めます。その後も具体的な措置に入れば入るほど、上手く行かなくなるでしょう(そもそも、そこまで行かないでしょうが)。そして、プロセスが上手く行かないことについて、北朝鮮は「見返りが足らん」とゴネるでしょう。そこで米朝はまた関係が悪くなります。米朝が悪くなってくると、北朝鮮は日本に擦り寄ってきます。それがいつのことになるかは分かりませんが必ず来ます(これは単なる希望的観測ではありません)。


● むしろ・・・
 核施設の廃棄等で一定程度の(紙の上での)合意が進むのなら、それを逆手に拉致問題を進めることを考えてもいいと思うのです。今は朝鮮半島非核化、日朝関係正常化、経済・エネルギー支援、北東アジア安保協力、米朝関係正常化の5つの作業部会が設けられています。この5つの作業部会での議論がすべて纏まらないと全体として前に進まないのかどうかというと、2月の六者協議合意(http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/n_korea/6kaigo/6kaigo5_3ks.html )には「原則として、ある作業部会における作業の進捗は、他の作業部会における作業の進捗に影響を及ぼしてはならない。五つの作業部会で策定された諸計画は、全体として、かつ、調整された方法で実施される。」とあります。これをどう読むかは議論のあるところですが、日朝の問題を六者のプロセスから切り離しにかかったと見ることもできます。

 ただ、何処までいってもこれは六者会合の下にある作業部会ですから、全体のプロセスと完全に切り離すことはできないでしょう。日本としては、徹頭徹尾、成果の一部のつまみ食いだけは認めないという姿勢を貫いたほうがいいような気がします(拉致問題が核問題よりも先に進むのであれば話は別ですが)。そうやって、核問題と拉致問題は車の両輪で、どちらかだけが先に進むのはダメだという姿勢を貫いてみるのがいいのではないでしょうか。ただ、これをやっていると全体の合意パッケージの段階で核問題等で進展が見られるのに、拉致問題では進展がなかったということがあり得ます。その時に全体をブロックするだけの気持ちが日本にあるかどうかが問われます。「全体はパッケージだ。拉致での進展がないのなら核問題を始めとするその他の合意もブロックさせてもらう。」と強く言えるかどうかという問題が出てきます。そこに北朝鮮への圧力の可能性が生じます。中国、韓国、ロシア、米国から集中砲火を浴びても、それでも「全体を纏めたいなら、自分(日本)を説得にかかるのではなく、北朝鮮に拉致問題できちんとした姿勢を示すように説得して来い」と言い返す胆力が問われます。その辺りで日本として何が一番大切な国益なのかが問われます。「核問題も拉致問題もどちらも重要」という言い方は美しいですが、最後の最後の修羅場ではどちらを取るかという高度な政治判断が求められます。私はいつも「『AもBも重要』というのは価値判断としては分かるが、実務としては『AもBも重要でない』というのと大した差がない」と思っています。


(とは言え、六者会合で全体パッケージの合意をしたとしても、上記でも述べたとおり、実施の段階に入ったら北朝鮮は相当にゴネまくるでしょうから、日本としては合意のレベルで拉致問題について相当に具体的なかつ中身の濃いものを取れるように努めるべきでしょう。仮にそれが紙の上だけだとしても。)


● ちなみに・・・
 拉致被害者について、私は以下のように思っています。誤解があってはいけないので慎重に書くつもりです。

-- 拉致被害者の中には相当北朝鮮政権内部のマズい情報に接しているため、相当外に出しにくい人がいるのではないか。
-- 特定失踪者の中には拉致された人がいるはず。
-- 北朝鮮では栄養状態が悪く、日本人は「成分が悪い」として差別される傾向があるので、時間の経過も考えれば残念ながら亡くなっている方がいるかもしれない(ただ、それを前提として北朝鮮と話をしてはならない。)。
-- 北朝鮮外務省の担当者は本当のことを多分知らない。だから、交渉しても限界がある。軍や治安関係者しか真実は知らない。
-- したがって、最後の最後は将軍様の決断である。

 今は将軍様から出ている命令は「終わった話だと言っておけ」というものでしょう。これを覆させるためには、北朝鮮に一定の圧力を掛けなくてはなりません。その圧力は経済制裁では十分でないことは明らかになりました。上記に書いたように、核問題で行き詰まり米朝の関係が悪化するとか、目の前に六者協議の合意の成果が見えている(エネルギーを貰える)ところまで来ているのに日本がブロックしているとか、そういうところが圧力になり得るような気がしてなりません。そうやって考えると、デッドロックを迎えて圧力に変えるために、六者協議での核問題の議論を早めに進めていくという狡猾な発想があってもいいのかもしれません。ちょっと希望的観測交じりのシナリオを書きすぎかもしれませんね。


 長く書きました。異論・反論あり得るところでしょう。お待ちしております。