ここ数日、大学の合格発表が行われています。16年前を思い出します。私の年は国公立の二次試験は1991年の2月25、26日だったと記憶しています。


 東京に縁のなかった田舎モノの緒方青年はまず新幹線にかなり感動しました。新幹線車内販売で買うアイスクリームが高価で、しかも油脂分豊かでおいしかったので、今でもノスタルジアにかられて新幹線に乗ると必ず車内販売のアイスに手を出すことにしています。静岡辺りで「おー、富士山だ」と感動したもの懐かしいです。東京駅に着いた時、アメリカ横断ウルトラクイズ機内テスト結果発表時(in ホノルル)のように両足でジャンプして新幹線から降りたら、後ろのご夫人が爆笑していました。


 東京について殆ど知らなかった緒方青年は、東京駅に着いた後、ちょっと皇居の方に足を伸ばしてみました(今なら絶対にそんなことはしない)。皇居の周辺では皇宮警察の方々が警備をしていました。地元北九州では何か出来事がないと警察官が出てくることはないので、純朴な緒方青年は皇宮警察の人に聞きました、「あのー、今日何かお祭りでもやっているんでしょうか?」。今、思い直してもポイント外れ甚だしい質問でした。


 そして、受験会場に近い渋谷でホテルを取っていたので、そのホテルまで直行。しかし、その日(2月23日)は雨でした。渋谷の駅前は傘を指した人で一杯です。今なら図々しく人を押しのけて行く所ですが、当時の緒方青年は人があまりに多すぎて対応できませんでした。「なんで、こんなに渋谷という街は歩きにくいのだ」とブツブツ言って大きな荷物を持ちながら、人を避けきれずにあたふたしながら南平台の方のホテルにほうほうの体で到着しました。


 さて、ここで困ったのがメシ。渋谷の町に行ってみるのですが、何処が普通の店で何処が高級店なのかさっぱり分かりません。「東京は怖いところだから、ボラれてはいかん」と、今思えばどう考えても的外れの懸念を抱いていた緒方青年が最終的に選んだのは「マクドナルド」。「折角、受験を間近に控えているんだから、もうちょいしっかりと食えよ。」と今なら思うのですが、当時の私は「ここなら全国何処でも同じサービス」という変な安心感がありました。たった数日間でマック、ファーストキッチン、ロッテリア等、渋谷にある大体のファーストフードは制覇しました。相当に偏った栄養だったと思います。


 まあ、受験が終わった後の26日の夜は他大を受けた友人と某有名ファミレスでした。羽振り良くやれない田舎の青年が精一杯努力して辿り着いた場所でした。ただ、某ファミレスではガンガンに盛り上がった記憶があります。


 その後、合格発表そのものをわざわざ東京まで見にきました。レタックスで教えてくれるのであまり意味のない行為なのですが、何となくそういうことをしたい気分でした。「落ちてたら帰ってこなくていいから」、両親の温かい言葉を胸にわざわざ見に来ましたね。ただ、番号を見つけた時の感動はあまりありませんでした。


 もう、あの時の純朴な感性は私にはありません。東京に不慣れな青年でした。すべてが新鮮でした。16年の月日を感じます。