防衛庁を省に昇格させる法案が通りました。正月から「防衛省」になりました。


 それ自体は基本的に良いことだと思います。先の省庁再編で大臣を抱く「庁」は防衛庁だけになっていました。別に防衛庁長官であって、防衛大臣であっても国務大臣であることには変化はないのですが、やはり「格」というものがあるようです。しかも、防衛「庁」だと内閣府の外局扱いなので、何をするにも内閣総理大臣の名を使わないとできないという弊害もありました(閣議に色々とモノを提出するのも公式には内閣総理大臣でやっていました。)。


 防衛省昇格反対論者の理屈はあまり説得的ではありませんでした。自衛隊が暴走する、自衛隊が憲法の枠を越えていく、シビリアン・コントロールが、防衛施設庁の談合問題が・・・、まあ、どれもこれも「するためにする」議論でしかなかったと思います。「省にしてあげない」と変に拘ることで防衛庁いじめをして溜飲を下げるような行為は児戯に等しいものだと思います。そういう行為が自衛隊の方々に与える心理的なストレス、そしてそれが自衛官の職務上の誇りに与える影響を考えれば、素直に省昇格は実現すべきものだったでしょう。ただ、自衛隊に対する最高指揮監督権、防衛出動や治安出動の命令、海上における警備行動の承認などは内閣総理大臣の権限として残されました。まあ、これらはどれも「お国の大事」ですから防衛大臣だけで決められるものでもないように思いますのでこれで良いと思います。あとは意思決定がスムーズになされる手段を確保することでしょう。


 ところで、今回の法案、「防衛庁省昇格法案」というふうに言われていました。これを見た人は「ああ、単に庁から省に昇格するだけなのね」と思ったことでしょう。違うのです。今回の法案の中にはもっと重要なことが入っていました。それは防衛庁の本来任務に海外への自衛隊派遣が付加されたことです。これまでは海外への派遣は付随的任務(本来の自衛隊の活動に支障が生じない範囲でやるもの)だったのですが、これが本来任務になりました。私から見るとこちらの方が省昇格よりも大きいと思うわけです。その辺りを「防衛庁省昇格法案」という呼び名で一括りにして、あたかも「行政機構の再編」だけが対象になっているのだと錯誤を起こさせたのは上手いなあと感心しました。


 これだけだと分かりにくいでしょう。これまで海外に自衛隊を派遣する行為は、自衛隊が本来すべき任務ではなく「おまけ(付随的任務)」だと位置付けられていたわけです。今回の法律には「国際連合を中心とした国際平和のための取組への寄与その他の国際協力の推進を通じてわが国を含む国際社会の平和及び安全の維持に資する活動」を本来任務に加え、具体的にはテロ特措法(インド洋で燃料を米軍等にあげる活動)、イラク特措法(イラクでの色々な活動)を列挙しました。つまり、これらの活動が「おまけ」から本来自衛隊がやるべき業務としてグレードアップされたわけです。これで自衛隊を海外に派遣する行為は(勿論、根拠法が必要ではありますが)「おまけ」ではなくなりました。自衛隊の今後の活動範囲を考える際にこのポイントはとても重要です。


 ただ、私はあまりこの法律の構成は好きではありません。今回の省昇格法案には「国際連合を中心とした国際平和のための取組への寄与その他の国際協力の推進を通じてわが国を含む国際社会の平和及び安全の維持に資する活動」という文言が出てきます。国連の下での活動ではないテロ特措法、イラク特措法を読み込むために呻吟した跡を感じます。そして、上記の活動として列挙されているのがテロ特措法とイラク特措法のみ、法律の出来としては「ちょっと強引かな」という感じを受けます。このように後追いで「これまでやってきた2法による活動は付随的任務でしたけど、これからはこの2つは明示的に本来任務にしちゃいます」というのはあまり上手いやり方ではないように思えます。本来、「国際協力の推進を通じてわが国を含む国際社会の平和及び安全の維持に資する活動」への参画が良いことなら、(憲法の範囲内である限りは)法の一般性・普遍性を重視しておいた方がいいと思うわけです。つまり、テロ特措法、イラク特措法を付随的任務から外しつつ、それ以上は細かく規定しないというやり方もあったんじゃないかなあと思うわけです(解釈論で当然テロ特措法とイラク特措法は「国際協力の推進を通じてわが国を含む国際社会の平和及び安全の維持に資する活動」に入ると考えることで纏める。)。将来のことを考えれば、そちらの方が良いように思うのですが(内閣法制局が首を縦に振らないかな、それじゃ)。


 そして、今、自衛隊の海外派遣に関する一般法(恒久法)の議論が進みつつあります。今は自衛隊を海外に派遣するには根拠法が必要になっています。PKOは既に法律が整備されていますが、テロ特措法、イラク特措法についてはそれぞれ国会で法律を作りました。これでは緊急の事態に対応できないではないか(大体国会審議には2ヶ月くらい必要で緊急に派遣したい際に機動性に欠ける)ということで、自衛隊の海外派遣に関して授権する一般法を作ろうという作業が始まっています。今回の「おまけ」からのグレードアップはこの一般法に繋がっていくと思うわけです。今回の法改正でイラク特別措置法でのサマーワでの活動や輸送業務についても自衛隊の本体業務に入れられました。これは一般法においても、イラク特別措置法に該当するような活動については授権しようということの表れではないかと思うわけです。


 私はちょっと順番が違うと思います。今のやり方は後付でポコポコと個別の活動(特措法)を本来任務に入れ、そして(多分)一般法に規定しようとしているわけです。ある意味「積み上げ」のスタイルです(穴だらけの積み上げですが)。これをやっている限りは、何か一大事が起きた時にはやっぱり法改正が必要になります(一回毎に個別の活動を本来任務にいれ、そして一般法に入れるというスタイルになるおそれあり。)。その理由は「憲法」があるからです。まず、全体のルール、つまり憲法をしっかりと決めて、それから取り組む方が筋としては遥かにいいのではないでしょうか。


 私はサマーワでの自衛隊の活動には敬意を表するものですが、その過程での政府側の説明がとても苦しかったのも事実です。「非戦闘地域」というターミノロジーを考え出した人は賢いですが、あまりに漠としていて何処までが可能で、可能でないのかはよく見えませんでした。外務官僚をやっていた私にもよく分からないのですから、一般の方が「自衛隊がイラクに駐留することのできる条件、撤退の条件」が何であったのかを理解するのは事実上不可能でしょう。自衛官の方々が思いっきりイラクで活動してもらうには国内のしっかりとした支えが必要です。今回は緊急の出来事だったので「特措法」による「非戦闘地域での活動」という超アクロバティックなやり方も仕方ないのでしょうが、今後は「非戦闘地域だから大丈夫。だけど、何が非戦闘地域かはよく分からないのよ。」では自衛隊の方々に申し訳ないという気になります。しかも、その位置づけが後付で「いやいや、あの活動はこれからは本来任務になるんですよ」と言われても報われません。


 私は個別の活動を書き込むような積み上げスタイルで一般法を作っていくよりは、まず憲法での議論にケリを付けてそれから一般法の詰めをやったほうがいいと思っています。あくまでも理想論なのでしょうが、イラクであそこまでやるには本来憲法改正をした方が良かっただろうという立場です。また、仮に今のテロ特措法やイラク特措法から一般的なルールを作って、一般法に纏め上げようとすると武器の使用基準や活動範囲が大きく異なるため技術的に相当な困難があります(久間大臣はよくその話をしています。)。とすると、一般法もやっぱり今回の法改正と同じように積み上げ方式になる可能性が高いのです。そうなるとすれば、とても残念なことです。


 あれこれ書きましたが、今回の法改正で「おまけ」から本体業務にグレードされた海外派遣業務(イラク特措法を含む)については、一般法についても授権の対象となってくるのではないかと思います。その辺りがどう符合するのか、将来的に自衛隊は何処まで予め授権された存在になるのか、一般法と憲法改正はどちらが先なのか、そういった議論の萌芽が今回の法改正にはありました。単に「省昇格」だけが焦点だったのではありません。先を見据えたそういう議論が本格的に出なかったのは、「省昇格法案」という名前に錯誤を起こさせられたこと、そしてメディアの勉強不足があろうかと思います。ちょっと残念ですね。