豚肉・・・、個人的に思い入れがあります。豚肉から抽出した酵素を味の素が使用していたため、インドネシアで反味の素の動きが生じたのは5年くらい前でした。イスラム諸国では豚肉というと不浄なものとして、全く受け付けられません。ムスリムには間違っても豚を使った料理を出してはいけません。冗談でそういうことをすると、生死に関わる事態になります。


 ところで、豚肉といえば、最近、愛媛県の会社が輸入に際して関税約130億円を脱税していた事件がありました。この業者は冷凍豚肉を輸入した際、1キロ当たりの輸入価格を実際より約300円高く偽って税関に申告して、差額関税約130億円を免れていたそうです。これまで最大だったのは名古屋の業者による約62億円の脱税でしたから、今回の脱税は過去最高です。


 ただ、これだけではさっぱり何のことか分かりません。そもそも、なんで脱税が可能なのかすら一般の方には分からないと思います。ちょっと説明します。まず、豚肉の輸入に際しては差額関税制度というのがあります。これを口頭で説明するのは至難の業なのですが、グラフにするととっても分かりやすいです。


http://www.pref.gifu.lg.jp/pref/s24802/tikusan/buta/kanzei-seido/sagaku-kanzei-seido.htm


 まあ、簡単に言うと、豚肉の輸入については高級なものを除けば(右側の斜め線部分)、どんな価格で輸入しても409.9円とその価格の差額を課税されてしまうということです。この論理的な帰結として、外国の業者はどんなに価格を抑える努力をしても、その努力は確実に無効化されてしまうということになります。


 このような制度が設けられた理由としては、国内産の保護ということで、私も国内産保護のための関税の意義を否定するものではありません。ただ、この制度が問題なのは、輸入価格がどのような水準であってもあまり意味がなく、409.9円との差額はすべて政府に持っていかれてしまうということが汚職を促してしまうということにあります。付け加えれば、この制度では差額関税部分では、輸入価格が高ければ高いほど税率が下がります。つまり、甚だしい逆進性があるわけです。こんな不公正な制度はありません。


 まず、豚肉輸入業者になって考えてみましょう。私が業者ならわざわざ安い豚肉で輸入申請しようなんて絶対に思いません。どうせ差額は関税で持っていかれるわけですから。そこで経済的に合理的な発想を持っているのなら(法的には非合理、違法であっても)、安い豚肉を外国で調達しつつも、国内に輸入するときは輸入価格を393円ギリギリのところに持ってきて申請すると思います。吊り上げた分のお金は丸儲けです。


 次は外国の豚肉生産業者になって考えてみましょう。日本向けは価格努力が無効化されてしまうことが分かっているので、日本に輸出するときは高めの価格を設定するでしょう。その差額は丸儲けです(これは厳密に言えば違法ではありません。)。


 いずれにしても、この制度は関税という規制によってレント(不労所得)が生じ、そのレントの配分を巡って、外国の生産者、輸入業者、政府の間で競争が生じていることになります。そのレントを手に入れようとして、輸入業者が違法なこと(価格を吊り上げて輸入申請)をすることは、ゲームの理論上は完全に合理的な行動です。 


 こういう不正は差額関税制度という制度が維持される限りは絶対になくなりません。それは人間の本性にかんがみれば、輸入価格の吊り上げによる脱税は最適解の一つだからです。


 メキシコのFTA交渉の際、豚肉はメキシコが優位性を持つ産品なので揉めに揉めました。交渉の経緯は承知していないのですが、結果として日本は差額関税制度自体は守りきりました。日本が譲歩したのは、輸入価格が高い豚肉(先のグラフで右側の斜線部分)の部分の関税を半分にしただけだったと思います(それですら関税撤廃のFTAの要件を満たしていない)。その際、農水関係者は「豚の制度は守った。譲歩したのは高級豚肉の部分だけだ。」と言っていたような気がします。まあ、メキシコから高級豚肉を輸入することはあまりありませんから、事実上譲歩は殆どやっていないと言っていいでしょう。

 きっと交渉の経緯で色々とあったのでしょう。爾後、全く別の場でメキシコの知り合いが以下のようなことを言っていました。私はその真偽を確認することはできませんが、事実だとしたらそれは珍妙な話です。彼曰く「日本は『輸出価格を恣意的に高めに設定すれば、規制によるレントをメキシコの業者が独占することもできるんだから丸儲けでいいじゃないか。だから豚肉の関税は撤廃しないほうがいい。』と主張していた。つまり、それはメキシコの業者に『輸出価格で嘘をついて儲けてもいいんだよ。』ということだよな。」とのことです。それ自体、日本の国内法上は全くの合法なのですが、社会正義の視点からは釈然としないものがあります。


 いずれにしても、この豚肉の輸入制度が根本的に矛盾をはらみ、多くの人の心に「オレもちょっとインチキして儲けちゃおうかな。」というインセンティブを与えることだけは絶対におかしいと思っています。制度を作るときには、不正を促す誘引は排除すべきです。刑罰を課すだけで、不正を防止しようとするのは下の下策でしょう。