最近、とある企業に行った時のことです。社是に「やらないための言い訳を考える前に、やるための工夫を考えよう。」とありました。陳腐なこと、当たり前のことかもしれません。ただ、私の心にガンッと響きました。


 お役人をやっているとどうしても「この目の前にある案件が実現不可能な100の理由」を考えてしまいます。あれこれとケチを付けてみて、それでも勝ち残れる案件だけが実現に向かっていく傾向にあります。まあ、ありとあらゆる反証に打ち勝つ理屈が珍重されるということです(カール・ポッパーの科学理論の定義に相当します。)。役所で偉くなれる人というのは、目の前にありとあらゆるケチを自分で付けてみて、それにパーフェクトな回答を返せる人になります。基本的にはネガティブ・チェックを繰り返してベストを探るということです。これは時間がかかります。役所が新規事業に腰が重いのはベストを目指すからなのです。


 そういう文化のところでは、海のものとも山のものともつかないところからポジティブなことをやろうという機運はなかなか生まれてきにくいです。ちょっとくらいアラがあっても新しいことをやろうという動きは、どうしても当初段階ではベストとは言えないのですべて「出来が悪い(ネガティブ・チェックに耐え得ない)」の一言で片付けられます。「やりながら考える」というのが如何に難しいか、私も色々と苦労しました。


 まあ、これは行政官としては望ましい姿なのですが、一旦作られたベストの理屈はベストである以上、常に正しいという推定が働きます。これが前例踏襲型行政になります。ベストなものとしてすべての関係者が合意したものは、未来永劫ベストだという前提なので、当然、そのまま踏襲することが一番誰も苦しまないわけです。協議がどんなに揉めていても、「前例がある」と突きつければ大体相手は黙ります。ただ、これには濃淡があって、私の温度感では、前例に比較的忠実なので他省庁から煙たがられているのが財務省、前例など何のその我が道を行って他省庁から無責任だと思われているのが経済産業省、前例に基本的に忠実だが都合が悪くなると無茶苦茶やってでもゴネるので他省庁から呆れられている農林水産省、前例といった役所間の仁義に疎いので他省庁から嫌われているのが外務省という感じでした。


 しかし、時代は動きます。時代が動いてくると、過去のある一点においてベストであったものがベストでなくなることもあります。しかし、過去の英知を否定するのはなかなか難しいのです。正直なところ、過去のベストを否定し、新たなベストを構築するのに必要な努力は、過去のベストを踏襲するのに必要な力の100倍、1000倍になります。ならば、ポジティブなことは考えないようになります。


 ただ、ここで少しお役人の発想方法に転換が生じます。過去にベストだった理屈を組み合わせてできている現在の体制が現在においてもベストであることを証明する努力はやらないのです。この辺りに来ると、お役人は「今の現状維持することがベターである」という方向に理屈を転換する傾向があります。現状維持というのは基本的にベストを目指す考え方ではなく、「(今の状態を変更するよりも)今のほうがベター」というものです。ここがポイントです。


 「スタートはベストを目指し、制度が定着するとベターで満足する。」、これを転換して考えてみましょう。「スタートはベターで開始し、制度が定着するとベストを目指す。」、こっちの方が格好よく聞こえます。どちらかというと普通の一般社会では後者のほうが常識なのだと思うようになりました。ここで最初に言った「やらないための言い訳を考える前に、やるための工夫を考えよう。」が繋がってきます。


 前にも書いたとおり(http://ameblo.jp/rintaro-o/entry-10017975655.html )、こういうお役所の文化は決してお役所だけに問題があるわけではありません。最初にベストを提示し、それを守っていかないと色々なところからボコスカやられる素地が日本社会にはあります。すぐにはこれは変わらないでしょう。ただ、こういうところが変わらない限りは日本社会というのはなかなか変わらないんだろうなと感じるのも事実です。


 上記の話は分かりやすくするために少し極論の部分もあるのですが、感じだけでもつかんでもらえればと思います。