多分、あまり多くの人が知らない話を一つ。


 国際法では領海は12海里まで認められることになっています。日本も国土の大半で12海里を主張しています。しかし、5箇所だけ12海里を主張することすらしていない場所があります。それは宗谷海峡、津軽海峡、対馬海峡東水道、対馬海峡西水道及び大隅海峡です。つまり日本海や東シナ海から太平洋への出口の海峡では、領海を3海里しか主張していません。


(参考)領海及び接続水域に関する法律
(領海の範囲)
第一条  我が国の領海は、基線からその外側十二海里の線(その線が基線から測定して中間線を超えているときは、その超えている部分については、中間線(我が国と外国との間で合意した中間線に代わる線があるときは、その線)とする。)までの海域とする。
 附 則
(特定海域に係る領海の範囲)
2  当分の間、宗谷海峡、津軽海峡、対馬海峡東水道、対馬海峡西水道及び大隅海峡(これらの海域にそれぞれ隣接し、かつ、船舶が通常航行する経路からみてこれらの海域とそれぞれ一体をなすと認められる海域を含む。以下「特定海域」という。)については、第一条の規定は適用せず、特定海域に係る領海は、それぞれ、基線からその外側三海里の線及びこれと接続して引かれる線までの海域とする。


 この効果は何かということですが、これら5つの海峡には「公海部分」が存在するということです。本来、これらの海峡の一番狭い部分は24海里未満なので12海里を主張すれば公海部分はなくなります。折角、これらの海峡で領海又は国際海峡として日本の主権を及ぼすことができるにもかかわらず、その部分の主権を主張していないということです。勿論、国連海洋法上、領海であっても無害通航権は保障されますし、国際海峡であったとしても通過通航権は保障されますので、通る船舶に何でもやっていいということではありません。ただ、12海里を主張する限り、これらの海峡が日本の主権下に置かれる地域であることには間違いありません。それをやっていないということです。何故、そういうことをしているかというと大体以下のような理由みたいです。


・ 日本は海峡というのはできるだけ自由に航行できるべきものだと考えている。
・ 国連海洋法条約の通過通航制度は慣習国際法化したとは言えないから、当面の間、様子を見る。


(参考)平成8年05月15日 衆議院運輸委員会 外務省政府参考人答弁
(日本は)海運あるいは貿易等、多くを海に依存している海洋国家でございます。そのような海洋国家たる我が国といたしましては、世界の重要な海峡におきまして自由な通航を維持する政策を各国がとるということを促進することが適当だと考えておりまして、我が方の国際航行の要衝たる五海峡につきましても、現状(注:五海峡のみ3海里を主張するのみという状況)を基本的に変更しないということが適当だというふうに考えている次第でございます。
国連海洋法条約の中に国際海峡における通過通航制度の規定がございますけれども、これは条約に定めはございますけれども、現在までのところ各国の実行の集積が十分でないという点がございまして、この制度につきましては不確定な面がありまして、そのような観点からも、現行の自由な通航を維持するということが適当だというふうに考えている次第でございます。


 この論理的な帰結は、これらの海峡には船がほぼ完全に自由に行き来できるということです。北朝鮮の船も通航することは(安保理決議1718でいう「貨物の検査」を除けば)問題ありません。法的には太平洋のど真ん中を通過しているのとほぼ同じことです。


 けど、なんか変だと思いませんか。例えば、対馬海峡西水道では韓国は12海里を主張しているのに、日本は3海里だけ。宗谷海峡でもロシアは12海里を主張しているのに、こちらは3海里だけ。ご丁寧に9海里分は世界の皆様の利用に供しているわけです。そもそも、通過通航制度に疑念をさしはさみ、こういう感じで国際海峡に相当する海峡で12海里を主張しないのは日本だけです。上記の法律で言うところの「当分の間」とはいつまでなのかね、もう昭和52年(領海法制定時)から30年経つんですけど・・・と言いたくもなります。


 その結果、日本の主権を及ぼす地域を狭め、結果として北朝鮮の船が比較的自由な気分で通れるようにしているわけです。あまり誰も注目してませんけど、日本の安全保障という視点からも、もうちょっと注目されてもいいテーマだと思うんですけどね・・・。是非地図を見てみてください。


 ・・・と普通ならここで止めるのですが、五海峡に公海部分を残す理由については上記の答弁とは全く別のものを挙げる人もいます。日本では核搭載艦の通航は、国連海洋法条約でいうところの「無害」ではないので、その通航を認めないという立場です。米露はそれを受け入れていませんが、日本は非核三原則にかんがみ、核搭載艦は入れないという立場です。その件とこの五海峡での公海部分留保をリンクさせる人は少なくありません。日本海に核搭載艦が入れない場合・・・、まあ、そういうシナリオです。これはこれで安全保障の世界です。