日本で関心が薄い話なのですが、ヨーロッパ各国では国論を二分するくらいのマグニチュードのあるテーマです。その重大さはちょっと我々の感覚を超える部分があります。


 フランスで「アルメニア虐殺を否定することを罰する法律」が可決されそうです。いつどの程度の規模で?ということになると諸説あるみたいですが、大まかには1915年に起こった虐殺で150万人程度のアルメニア人が死んだことを指すようです。当時、欧州諸国からいいように弄ばれ、ボコボコにされていた中、青年トルコ党に代表されるようなトルコ民族主義が勃興してきており、そのはけ口として、当時ロシアの力も借りつつオスマン帝国内で勢力を伸ばしてきていたアルメニア人をボコボコにしたというのがとても、とても簡単な構図です。アルメニア人は商才に長けていることでも有名で、何かと排外的な動きの対象になりやすいという点ではユダヤ人と似ているところがあるなといつも思います。


 アルメニア人はユダヤ人ほどは目立ちませんけど、欧州諸国で相当なロビー活動をやっていることが時折垣間見えます。2000年くらいからフランスの議会ではアルメニア虐殺非難決議とかが行われて、フランス・トルコ関係が悪化していました。そういう中、こういう法律が通るとトルコには痛いですね。最近、シラクはアルメニアの首都エレバンを訪問して、「虐殺を認めることはEU加盟の条件だ。」とまで言っていました。ましてや、次の大統領の呼び声高いサルコジー内相に至っては、そもそもトルコのEU加盟に対して否定的なこともあり「虐殺を認めることはEU加盟の前提条件ですらない。最低条件である。追憶の義務を果たしたからEUに入れるわけではない。この法律採択を避けるには3つの条件を満たす必要がある。平等な二国間委員会の設置、アルメニアとの国境開放、虐殺に言及することを処罰するトルコ国内法の撤廃である。」と相当に厳しいことを言っています。相当にアルメニア系フランス人が強いロビー活動と献金を行ったのだろうと思います。国内ではアルメニア虐殺を肯定的に話すこと自体が犯罪になり、外国に行けばアルメニア人虐殺を否定する発現は犯罪、この問題はトルコにどんどん厳しくなっていきます。


 かたや、ドイツのメルケル首相は「キプロス承認がEU加盟の条件だ。」と言っていました。これまた、トルコにとっては受け入れにくい案件です。トルコは北キプロス・トルコ共和国という、誰からも承認してもらえない傀儡国家を作って統一を徹底的に妨害しています(トルコ側に言わせれば別の論理があるのですが。)。既にEUメンバーのキプロスやその背後にいるギリシャは、現行のトルコの姿勢が続く限りはまあ、トルコのEU加盟で譲歩することはないでしょう。


 トルコのEU加盟、EU諸国内でも議論が百花繚乱です。別に党派によって立場が決まっているわけではなく、フランスではシラクは賛成派、サルコジーは反対派、ドイツではシュレーダー前首相は賛成派、メルケル首相は反対派ということで、時に政争のネタに使われることもあります。ジスカール・デスタン元フランス大統領などは「トルコが入ったらEUは終わり」とまで言っています。


 とどのところ、アルメニア虐殺、キプロス、クルド問題など色々あるのですが、結局「ムスリムが大半を占める国がEUに入るのぉ?えぇーー?」という単純な感覚が背景にあるのだと思います。懐疑派にとっては、なにかとケチをつけるテーマは多いほうがいいのです。私も「トルコがEUメンバー」というのはちょっと違和感があります。ただ、トルコ人は総じて「自分たちは中東ではない。欧州だ。」という拘り強いんですよね。あのこだわりって何なんだろうといつも思います。それって、単純に言って「中東はレベルが低い。自分たちはレベルの高い欧州だ。」という歪んだ優越感なんじゃないかと思えるときもあります。その仮定が正しければ、結局、トルコのEU加盟ってのは賛成派も反対派も「誰かが誰かを見下す」という中に推進力を有しているのではないか(欧州はムスリムを見下し、トルコは中東を見下し)ということなのかもしれません。


 今のトルコの首相エルドアンはEU加盟交渉開始に漕ぎ着けたということでお国では相当な人気です。今は夢を見させることができる時期なので、それでいいでしょう。エルドアンが政権にいる間くらいは夢を見続けさせることができるでしょう。ただ、真実の時はいずれ来ます。トルコ国内にある「なんだかんだ言って上手く行くんじゃないか」という変な期待感には危ういものを感じます。EUがバシッとトルコを切り捨てることはさすがにしないでしょうが、かといってそう簡単にトルコをお仲間に入れることはしないでしょう。どうなるかねぇ....、と密かに注目しています。結論が出るのは.....、まあ、そうそう近い将来じゃないでしょう。