忘れられない一言、まあ色々あるのですが、一番忘れられないのは「Ca te plait pas?(サ・トゥ・プレ・パ)」。フランス語です。日本語に訳すと「お気に召さなかったかしら?」が少しくだけた感じです。


あれは私が外務省の研修生としてフランスにいた時ですから10年前になります。23歳でした。研修も2年目に入り、私は北フランスのリールという町に住んでいました。どうしても南仏のラテンのノリが嫌いな私はちょっとどんよりした感じの北フランスでの生活に馴染んでいました。この頃にはフランス語を普通に理解できるようになり、テレビのお笑い番組で笑えるようになっていました。


リールはフランス第4の都市なのですが観光地ではないので、日本人など全く居らず、私は大学でも地域コミュニティでもちょっと珍しい存在でした。そんな中知り合ったのが、アルジェリア系フランス人のアイーシャ。イスラム圏に良くある女性名です。顔も異国情緒を醸し出していました。話せるようになったとは言え、いまだたどたどしい私のフランス語を理解しようとしてくれる女性でした。年は私よりも1、2歳くらい上ではなかったかと思います。


どういうきっかけだったかはあまりよく覚えていないのですが、まあ仲良くなりました。「The Cure」というイギリスのグループが好きだという、ちょっと奇妙な趣味も一致していました(http://www.youtube.com/watch?v=SHifYcWpWjA )。私が当時乗っていたルノー19で何度かドライブに行ったこともありました。まあ、私の勘違いでなければ、私がフランスにいた時に「最も恋愛と呼べるようなものに近づいた」時期だったろうと思います。


そんな中、アイーシャが家に呼んでくれました。夕食を作ってくれるとのこと。当時23歳の緒方青年は色々と期待しながら行きました。まあ、普通に夕食が出てきました。普通ならばここで「美味い」とか何とか美辞麗句を並べるところです。今思いなおせば、インチキくさいイタリア人になったつもりで、歯が5センチくらい浮くような言葉を並べておくんだったなと思うのですが、無粋な九州人緒方青年は黙々と食べ続けました。「出されたものは全部食べるのが礼儀だ」、「食事中にベラベラ喋るもんじゃない」というのが基礎教育として身についていたので、それをそのまま実践したわけです。ホントに黙々と食べてました。


そこで痛恨の一言が来たわけです。とても不安、不満の入り混じった怪訝そうな顔で、アイーシャは私をマジマジと見て「Ca te plait pas?」。まあ、この文脈だと「おいしくなかった?」くらいが妥当なところでしょう。さすがの鈍感な緒方青年も「しまったなぁ」と思ったのですが、どんなに取り繕おうとしても、まだそこまでのフランス語能力は無く、やればやるほど言い訳がましくなってしまいました。なんとなく、その後はシラーッとした雰囲気が流れ、結局アイーシャとは「普通の知り合い」の位置までグーーーンと引き戻されてしまいました。


当時、フランスでは「アイーシャ」という曲が大ヒットしていました(http://www.youtube.com/watch?v=D2DPa1eGMpo&mode=related&search =)。昨日、CDを整理していたらこのCDが出てきました。


サビの部分は、
Aicha, Aicha, ecoute-moi(アイーシャ、アイーシャ、聞いてくれ)
Aicha, Aicha, t'en vas pas(アイーシャ、アイーシャ、行かないで)
Aicha, Aicha, regarde-moi(アイーシャ、アイーシャ、僕を見て)
Aicha, Aicha, reponds-moi(アイーシャ、アイーシャ、答えてくれ)


まあ、私のケースはこの曲のようなところまでも行かなかったのですが、それにしても痛恨の一言(+怪訝な表情)でしたね「Ca te plait pas?」。今でもフラッシュ・バックのように脳裏に甦ってきます。


といっても、その後、私の立ち振る舞いが変わったかというと決してそうでもありません。今でもメシは黙々と食ってます。間違っても歯が浮くような「美味い」が口から出てくることはありません。言うだけ白々しいような気がするので。