先月、WTOドーハ開発アジェンダの交渉が頓挫しました。昔、外務省でWTOを担当する部局の総務担当課長補佐をやっていたものとしては感慨深いものがあります。当時は2004年9月にメキシコのカンクンで行われた閣僚会合など色々と大変でしたが、今でも構図はあまり変わっていません(閣僚会合の時、あまりに疲れて閣僚会合の部屋の側のソファーで豪快に寝ていたことがあったのですが、当時の川口外相とゼーリック・アメリカ通商代表がそんな私の姿を指差して、「ほら、うちの代表団も疲労困憊で頑張っているのよ」と話題にしたという変な話もありました。)。


とても簡単に言うと、ポイントは農業交渉です。報道を見ていると、補助金削減を迫られるアメリカ、市場開放を迫られるEU・日本、非農業分野で開放を迫られる途上国、くらいの感じです。まあ、大まかな構図としては間違っていません。ただ、日本の置かれているポジションについてはあまり深刻そうな記事がありません。せいぜい三つ巴、四つ巴くらいの感じで報道されています。そこは全く間違っているのです。


農業で日本が関心があるのは、基本的に関税引き下げなどの市場開放部分だけと言い切っても良いくらいです。ここでは日本のポジションはとても悪いのです。日本の農産品の関税は高いです。今、WTOで話されているのは「今後は関税で保護していくような貿易政策はダメ。高くても100%くらいの関税にしておくことにしましょう。」といった感じのルールです。日本は実質的に100%を越えるような関税で保護されている農産品が多いので、今のままだとガクッと関税が減らされます。一応、センシティブ品目(保護の必要性が高いもの)を上限関税の例外として認められるようにしていますが、日本が欲しているのは全体の15%くらいの品目を例外にしようとしています。もうここまで行くと「例外」とは言えません。アメリカなどはせいぜい全体の1%くらいしか例外は認めないと言っています。


実はアメリカ、EU、途上国の間では、この関税引き下げの考え方についてあまり差がないのです。上限関税を100%くらいにするのもOKなら、例外を比較的制限的に考えるのもOK(いずれにしても途上国には少し緩やかなルールが適用される)、ということです。今、アメリカは補助金削減を迫られるので、カウンターアタックとして他の国に更なる市場開放を求めていますが、私の相場観では補助金について、米・EU・途上国間でいつか折り合う日が来ます(ただ、それはブッシュ政権下ではないでしょう)。そうしたら動きは早いです。市場開放の部分についても怒涛の勢いで厳しいルールができてくるでしょう。そして、それは日本に相当厳しいものになるはずです。


実はこの構図、15年前のガット・ウルグアイ・ラウンドの時と似ているのです。アメリカの政権が民主党になり、補助金分野で折り合ったら、あとは市場開放分野でも怒涛の勢いで進んでいく、正にそんな感じでした。今はその前の凪の部分に当たります。ウルグアイ・ラウンド(1986~1993)でいえば1991年にダンケル・ペーパーが出たくらいの位置に今あるような気がしています。92年、アメリカが選挙の真っ只中にある内に、(当時補助金で攻め立てられていた)EUは大規模な農政改革を実施、93年にクリントン政権が始動し始めたら、同年末には纏まってしまいました(私は貿易交渉というのはアメリカの民主党的なエリートの頭に馴染みやすいと思っています。逆に共和党政権は関心が低いです。)。そして、筋の悪いかたちでのコメの市場開放を迫られました。また、いつか書きますが、あの市場開放は出来が悪かったのです。


交渉は決裂しています。しかし、日本の農業交渉におけるポジションは事実上「孤軍奮闘」に近いんですよね。WTOにおける日本のイメージは、日本人(の有識者)が考えるよりもはるかに悪いです。この件については山のように思うことがあるのでつらつらと書いていきます。