国立市という東京の多摩地区の都市で「平和都市条例」の審議が行われています。住民の方々の署名を受けて、市議会で議論が進んでいます。かなり盛り上がっているようです。内容は以下のようなものです。


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 まあ、色々なことが書いてありますが、推進派の方々にとって最も重要なのは第5条の「無防備地区」の部分のようです。これは有事法制の一環として日本が締結したジュネーブ諸条約第一追加議定書第59条にある「無防備地区」に関するものです。簡単に言うと、紛争中であっても、幾つかの条件を具備したらその地域を「無防備地域」と宣言することができて、紛争当事者はその地域を攻撃しちゃいけませんよ、という内容のものです。その目的はといえば、有事法制の枠組みの中から国立市だけを切り離して、紛争とは一切無関係でいたいということだろうと理解しています。戦後平和主義の一つの形態だと思います。


(参考)ジュネーブ諸条約第一追加議定書第59条(条約の全文はhttp://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/treaty/pdfs/treaty159_11a.pdf
第五十九条 無防備地区
1 紛争当事者が無防備地区を攻撃することは、手段のいかんを問わず、禁止する。
2 紛争当事者の適当な当局は、軍隊が接触している地帯の付近又はその中にある居住地区であって敵対する紛争当事者による占領に対して開放されるものを、無防備地区として宣言することができる。無防備地区は、次のすべての条件を満たしたものとする。
(a)すべての戦闘員が撤退しており並びにすべての移動可能な兵器及び軍用設備が撤去されていること。
(b)固定された軍事施設の敵対的な使用が行われないこと。
(c)当局又は住民により敵対行為が行われないこと。
(d)軍事行動を支援する活動が行われないこと。


 この動き、全国的にあちこちで盛り上がっているようで、他の市町村でも条例案が出ているようです。国立市は知識層の多い都市で、政治意識も高いのでこういった議論が盛り上がりやすい素地があります。


 さて、この国立市の取組みですが、残念ながら今のままでは実現不可能だと思います(仮に条例が成立したとしても)。ここの部分の主語は「紛争当事者の適当な当局」です。国防に責任を有するのは国であり、このような宣言は一元的に国が行うことが想定されているといって良いでしょう(http://www.kantei.go.jp/k/houan/buryoku/0304/q27.html )。この条約には様々な義務が紛争当事者に課されています。国立市がその義務をすべて履行できることはないでしょう。条約の都合のいい権利の部分だけをつまみ食いして、それ以外の義務の部分は考慮しないというのでは「ご都合主義」の批判は避けられないと思います。また、国立市がどんなに「オレは無防備地区を宣言するぞ」と言っても、国が「いやいや、それは困る」といって対立したらどうなるのでしょう(そういう事態は想定したくないですが)。あくまでも、ここでは一元化された意思決定メカニズムの枠内で無防備地区宣言に関する事務が運営されなくてはなりません。


 とは言え、単にダメだしをするだけなら誰にでもできます。もう少し進んで、「これなら国の政策ともギリギリ折り合えるのではないか」というラインを狙って修正してみたいと思います。黒の太字部分が私の修正、赤の部分が解説です。法令用語として気になる部分も多々あるのですが、そこまでやると収拾がつかないので内容面だけの修正に留めます。


● 前文

(第一段落から第三段落まで略)
→ 気にならない部分がないわけでもないのですが、どちらかといえば思想の表明なので差し支えないと思います。


国立市平和都市宣言に謳われているように、この世に正しい戦争などというものはなく、住民の生活と環境を守るためには、平和の維持こそが唯一の有効な手段であることを確認し、ジュネーヴ諸条約第一追加議定書における紛争時に際し、国立市が同条約に規定されている「無防備地区」として宣言されうるような条件を整備することを目的とし、成立のための4条件を積極的にみたすことにより国立市平和都市宣言の精神を具現化するまちづくりを実現するために、ここに国立市平和都市条例を制定します。

→ 国立市に可能なのは、「無防備地区」として国が宣言することができるような条件整備までです。それ以上のことは国が判断することです。あくまでも「宣言され『うる』」という可能性を整備した上で、あとはケースバイケースでの判断になるでしょう。


● 第1条 (目的)

(略)

→ 特に問題ないのではないでしょうか。


● 第2条 (平和的生存権の保障)
1 国立市に居住するすべての人は平和のうちに生存する権利を有する。
2 平時のみならず戦時および武力攻撃予測事態や武力攻撃事態等においても、その目的の軍事、非軍事を問わず、日本国憲法及び関連法令の定めに反して、人権の侵害、また景観、文化環境および自然環境の破壊がおこなわれてはならない。
→ 武力攻撃事態関連法には種々の地方公共団体の責務が規定されています。憲法のみならずそういった法令に反してはいけませんよ、といういわば当たり前のことを明確にしたものです。

● 第3条 (市の責務)
1 国立市は、国際紛争を解決する手段としての国権の発動たる戦争と武力による威嚇又は武力の行使戦争に関する事務をおこなわない。
→ 「戦争に関する事務」が明確でなく、拡大解釈されるおそれがあるので、憲法第9条第1項に反するような事務はやりませんよ、ということを明確にしました。武力による威嚇や武力の行使まで入れてあげているので、より充実したと言うこともできます。


2 国立市は、市内における新たな軍事施設の建設計画に際しては、これを認めない旨を政府に表明する。
→ 「軍事施設」が明確でなく拡大解釈されるおそれがあること、軍事施設の建設については国のにその権限があること、国立市がそれに反対するのは種々の条約及び法律に反するおそれがあることから、あくまでも意見表明に留めました。まあ、自治体が徹底的に反対すれば建設することはないでしょうから実態としてはこれで十分だと思いますが。

3 国立市は既存の軍事施設の撤去・廃止が実現するよう努力する。
→ 気にならないわけではないのですが、努力規定なので究極的には差し支えないのではないかと思います。


4 国立市はその他第1項乃至第3項この条の規定に反する行為をおこなわない。
→ 言いたいのはこういうことではないかと思います。少なくとも「乃至」ではないでしょう。


● 第4条 (非核政策)
1 国立市は非核三原則を遵守し、市内における核物質兵器の製造・配備・貯蔵はもとより、その持ち込み・飛来・通過をも禁止する。
→ ここも何かの勘違いだと思います。非核三原則は「核兵器」に関するものであって、原子力の平和的利用を排除していません(不拡散条約でも同様)。このままだと、国立市は「原子力で作った電気は使うけど、その原料は見たくない」ということになります。それはあまりにも身勝手です。

2 国立市は劣化ウラン兵器を含むすべての核兵器やその他の大量破壊兵器、劣化ウラン兵器の製造、運搬、使用等を禁止し廃絶するための措置を、わが国ならびに関係諸国の政府、国際連合をはじめとする国際機関、関係諸団体などに働きかける。
→ ここも何かの勘違いです。劣化ウラン弾は核兵器ではないのです。あれは単に劣化ウランを使うと硬度が増して、戦車を貫通しやすくなるだけで、核分裂反応を使った兵器ではありません。あと、ここで言う措置を働きかけることは政府の政策とそぐわないところがあるかもしれませんが、そこは国立市としての意図表明として差し支えないと思います。


● 第5条 (無防備地区の積極的運用)
1 国立市は、市内に戦闘員、移動可能な兵器および軍用設備が存在しない状態を実現するようが維持されるよう努める。
→ 国立市には既に軍用施設が一部ある(第3条3項にも述べられているとおり)ので、あくまでも実現に向けた努力ということになるでしょう。これも努力規定ですので、市としての努力の方向性を示したものとして理解し、あまり深くは追求しません。


市内に固定された軍事施設がある場合、それら敵対的な目的に使用されることのないよう国に働きかけるしてはならない
3 国立市は、敵対行為を認めない旨を政府に表明する
4 国立市においては、軍事行動を支援する活動をおこなってはならない旨を政府に表明する
→ これらのことは国の権能ですから、市としてできるのは政府に働きかけを行ったり、意見表明したりすることまででしょう。それは市の権能の範囲内です。


5 ジュネーヴ諸条約第一追加議定書第1条に規定される事態に際しては、同第59条の規定に基づき、第1項乃至第4項に示された4条件をみたす地域を、国立市は無防備地区と宣言する。


→ さて、ここまで色々と書いたところで、むしろ、第5条全体について以下のような全面的書き換えをした方がいいのではないかと思いますので、上記の第5項を最大限生かしつつ私なりの対案を書いておきます。

まず、細々と各条件を列挙するのは賢くないと思います。原案は主語が国立市だったり、そうでなかったりして、条例案としてはあまり出来がよくありません。原案の第5条第1項から第4項を満たすことと、ジュネーブ条約第一追加議定書第59条第2項の規定を満たすこととは若干のずれがあります。むしろ、4条件は引用するだけに留めた方が賢いと思います。

これならばOKでしょう。国からケチがつくこともないでしょう。どういう反応になるかは分かりませんけど。

(対案)
第5条
国立市は、平時においても、ジュネーヴ諸条約第一追加議定書第59条第2項に規定される4条件を満たすための諸措置の整備を進める。更に、国立市は、同議定書第1条に規定される事態に際しては、国立市が同条約上の無防備地区と宣言されることを希望し、その旨を継続的に政府に働きかける。

第6条 (平和行政の推進・予算の計上)
(略)


→ 特に問題はありません。


(以下、略)


まあ、こんなところではないでしょうか。なお、私が書いたのは「これなら国の法律ともぶつからない」という案であって、私がこの条例にあるような思想に賛成しているかどうかというのとは別の話です。


明日は採決です。議論が楽しみです。