北朝鮮のミサイル発射、憤激を巻き起こしています。単独制裁、安保理での制裁決議といった話も上がっています。ちょっとここで、私が感じるところのこの問題の実相について書いてみたいと思います(少し悲観的かつ否定的なトーンになりますが、決してそれは私が望む姿ではないことをご理解下さい。)


 まず、公海に向かってミサイルを打つ行為が国際法上どう認識されているかというと、スパッと「国際法違反」と言えるようなものはないはずです。公海自由の原則で、ミサイルを打ってはいかんと言えるような多数国間の規律はないのです。あえて挙げるとすれば、国連海洋法条約の以下の規定です(この規定を受けて、国際水路機関(IHO)と国際海事機関(IMO)は事前通報が適当な事項の一つに「ミサイル発射」を挙げる決議を採択していたり、国際民間航空条約(シカゴ条約)の付属書で「民間航空機の航行に危険を及ぼす恐れのある活動を行う際には、事前に関係国航空当局間で調整を行わなければならない」と規定していたりします。ただ、これらの文書は法的な拘束力がありませんので、一般論として文書としての重みが少し落ちます。)。


第八十七条 公海の自由

. 公海は、沿岸国であるか内陸国であるかを問わず、すべての国に開放される。公海の自由は、この条約及び国際法の他の規則に定める条件に従って行使される。この公海の自由には、沿岸国及び内陸国のいずれについても、特に次のものが含まれる。

(略)

2. 1に規定する自由は、すべての国により、公海の自由を行使する他の国の利益及び深海底における活動に関するこの条約に基づく権利に妥当な考慮を払って行使されなければならない。


漁業をしていたり、航行をしている船等には妥当な考慮を払いなさいよ、ということです。では、ここで「妥当な考慮を払ったかどうか」ですが、払ってないと考えるのが普通でしょう。ただ、このあたりはかなり解釈の余地を残しています。北朝鮮が「一応、事前に対象海域を調べて船がいなさそうだと思った」とでも強弁したら、それが屁理屈であっても、北朝鮮の行為が紛れもない国際法違反との主張を貫き続けるのはなかなか苦しいかもしれません。


しかも、注目しなくてはならないのは、ロシアがあまり積極的に批判をしていないことです。今回、日本では「日本の近くを狙ってミサイルを打ってきた」と言わんばかりに盛り上がっていますが、実はミサイルが落ちたのはロシアの排他的経済水域です。ロシアは排他的経済水域での資源を損なわれた等の理由で北朝鮮に違法行為を主張することができるでしょう。あと、ナホトカあたりでは住民デモがあったとも言われています。しかし、ロシア外務省は「北朝鮮のミサイル発射は挑発的行為」だと非難したものの、それ以上に激昂しているという話は聞きません。今回、最も憤慨してもおかしくないロシアがサラッと非難しているだけなのは押さえておく必要があります。国際社会では、「ロシアですら我慢してるんだから、実害のない(領海や排他的経済水域内で落ちたわけではない)日本が突出するのはおかしい」なんていう議論は大いにあり得るところです。それが現実だと思います。


今、日本が弾道ミサイル開発や実験などの即時中止を北朝鮮に義務付けるとともに、ミサイルや大量破壊兵器開発につながる恐れのある資金や物資、技術が同国に渡らないよう加盟国に強制する制裁決議案を国連安保理に出していると報道されています。中露が反対している以上、原案のままでは通らないでしょう。何かを義務付ける決議ができればかなり成功だと思っていいです。むしろ、開発・実験を控えるよう呼びかける議長声明(拘束力なし)くらいにレベルが落ちてくる可能性の方が大きいです。特に難しいのが「ミサイルや大量破壊兵器開発につながる恐れのある資金や物資、技術の規制」です。これは特定のしようがないのです。ミサイル開発のための物資、技術は太宗において民生技術と重複するので(これを汎用品と言います。)、これを規制しようとすると「北朝鮮の経済発展をも阻害する」という反論になってしまいます。しかも、ミサイル開発・実験そのものを規制することについては、途上国側からの反発すらあり得るでしょう(権利意識の高まった途上国は先進国側から自分達だけに都合の悪いルールを強いられることに反発する。しかも、自国でミサイル開発をやっているのなら尚更(例:インド、パキスタン)。)。


特に、中国は面子を潰されたとはいえ、強硬措置に出ることには反対でしょう。強硬措置に出てしまえば、折角、中国が大事にしてきた六者会合が潰れてしまいます。北朝鮮に唯一きちんと口を聞ける国という地位も大切にしたいと思っているはずです。中国が飲めるような安保理としての意思表示に留まるとしたら相当に強硬度の下がったものにならざるを得ないでしょう。


 日朝平壌宣言に反するという見方もあります。同宣言には以下のような文言があります。


「朝鮮民主主義人民共和国側は、この宣言の精神に従い、ミサイル発射のモラトリアムを2003年以降も更に延長していく意向を表明した。」


一見、ミサイル発射はこの宣言に反しているように読めます。しかし、ここは注意が必要です。ここでいうモラトリアムは米朝間でのモラトリアムで、その対象は「長距離弾道ミサイル」です。今回発射されたミサイルが何なのかは分かりませんが、北朝鮮は「あれは長距離弾道ミサイルじゃない。その証拠に近海に落ちたじゃないか。」と言ってくる可能性大です。そもそも、長距離弾道ミサイルというものの定義も不明です。長距離弾道ミサイルだと言われるテポドンであっても、発射距離が短い時にまで長距離弾道ミサイルと呼ぶのでしょうか。私にはよく分かりませんが、まあ、そういう抗弁をし得るだけの材料は北朝鮮にあるわけです。しかも、日朝平壌宣言の解釈権は日本のみが持っているわけではありませんから、日本が「いや、あなたが打ったミサイルは長距離弾道ミサイルだ。そして、それは日朝平壌宣言違反だ。」と言い張っても、北朝鮮が「そうではない」と言い張れば徹底的に抗弁し続けることには一定の困難が伴います(勿論、日本政府内のポジションを決めるという意味において「長距離弾道ミサイル」と断定することは意味があります。)。


 政府は単独制裁として「万景峰92号」など北朝鮮の船舶の入港を禁止しました。それなりに効果はあると思いますが、象徴的なものに留まるでしょう。逆に金融面での制裁(支払、資本取引、輸出入等の許可制)は効果があると思います。一国だけでは効果が薄いといった説明を政府はしているようですが、それは一国でも制裁をし得るよう法改正をしたことの趣旨とモロに反します。単独制裁ができるツールを国会から授権されておきながら、「それは効果がないからやらない」というのはおかしな話です(私はやらないことそのものがおかしいと言っているのではなくて、「効果がないから」やらないと言っているのがおかしいと言っているわけです。)。中国等を経由した迂回送金、迂回輸出は勿論防げませんが、それでも北朝鮮に与えうる効果は万景峰号の入港禁止とは比較にならないでしょう(財務省や経済産業省が講じる許可制の制度は本当に強力です。)。


 今後の見通しについて否定的なトーンで書きました。繰り返しになりますが、これは私が望む姿ではありません。佐々淳行という方が言っていました、「危機管理の基本は『悲観的に計画し、楽観的に行動する』だ。逆にその反対(楽観的に計画し、悲観的に行動する)は最悪の危機管理である。」と。私も同感です。今後の見通しについては少し厳しい見立てをしつつ、実際に動くときは楽観的にやっていくことでいいのだと思います。そういう思いで書いたものです。