今、日本の外交に大きなフロンティアが広がっている地域があるとしたら、それは中央アジアだと思います。国で言うとウズベキスタン、カザフスタン、タジキスタン、キルギス、トルクメニスタン、アフガニスタンくらいですが、まあ、ここに新疆ウィグル自治区(東トルキスタン)、モンゴル、コーカサス(アゼルバイジャン、グルジア、アルメニア)などを入れて広く考えてみるのもいいと思います。


簡単に纏めると幾つかの特徴があると思います。これだけではないかもしれませんが、概ねこういう感じかと思います。

● 国が小さい

● 大国に挟まれている

● 外海に面していない

● 政治的に不安定だ

● イスラム教徒が多い

● 天然資源が出る


今、この地域を巡って熱いやり取りがなされています。中国は中央アジア諸国に政治的・商業的に進出しており、ロシアもかつてのソ連諸国への関係を取り戻すべく、オイルダラーと軍を背景に影響力を行使しつつあります。元々この地域はイスラーム主義が進出しており(厳格なワッハーブ派の影響もあるらしい)、有名どころではウズベキスタンのIMU(Islamic Movement of Uzbekistan)、ヘズベ・タフリールなどテロ組織と言われています。このあたりのイスラム組織は相互に繋がっており、アフガニスタンのタリバーンからウィグル独立組織等まで、今でも結構暗躍しています。「ロシアの柔らかいお腹(脆弱な地域)」なんて言われたりします。中露はこの地域が不安定化することを非常に警戒しており、影響力の行使に躍起になっています。


これに対して、アメリカは、9.11以降中央アジア諸国に目をつけ、キルギスのマナス、ウズベキスタンのハナバードに空軍基地を置きました(ただ、アメリカの空軍基地設置のホンネは多分中国の監視)。これに対し、中露は「上海協力機構」という組織を使って、テロ対策のお題目で中央アジア諸国を巻き込み、アメリカを排除しようとしています。この「上海協力機構」、欧米中心の世界観に対抗する組織に成長しつつあります。中露、中央アジア諸国、イラン、インド、パキスタンなど、ユーラシア大陸の大半を占める国が加わりつつあります(一部はオブザーバー)。特に中国は「上海協力機構」を使って、色々な外交的攻勢を掛けています。もう少し日本も注目した方がいいと思いますけどねぇ。今はテロ対策くらいで協力しているだけですが、もしかしたら「緩やかな軍事同盟」的な役割を担うのではないかと思っています。


勿論、天然資源を忘れてはいけません。カザフスタンのカスピ海側にあるカシャガン油田、テンギス油田は相当なものだと聞いています(たしか、伊藤忠が進出していたはず)。トルクメニスタンは天然ガスで潤っています。かつて私がタジキスタンを旅行した際、地面から天然アスファルトがゴボゴボ出ていました。あれは石油資源がある証拠でしょう。タジキスタンでは金もかなり取れるようでした。カザフスタンにはウランも出ます。中国は中央アジアからパイプラインを引いて石油を輸送しようとしています。インド洋に資源を出す話もありますが、イランやアフガニスタンを経由しなくてはならないため、あまり上手く行っていません。アメリカはカスピ海の対岸アゼルバイジャンのバクーからグルジアを経て、トルコのジェイハンに資源を出すバクー・トビリシ・ジェイハン・ラインを建設しています。これから資源をめぐって、中央アジアを取り込もうという動きは加熱していくでしょう。


まあ、ここまで来ると、20世紀前半のイギリスの政治家、ハルフォード・マッキンダーが唱えた地政学の議論が想起されるわけです。マッキンダーは、それまでの歴史が海洋国家優位の歴史だったのに対し、鉄道の整備などにより輸送等が容易になり、大陸国家を支配する勢力が優勢になるという理論を唱えたわけです。もう少し具体的に述べると、マッキンダーは世界をユーラシア内陸部のハートランド、内側の三日月地帯、外側の三日月地帯とに分け、「東欧を支配するものが、ハートランドを支配し、ハートランドを支配するものがユーラシアを支配し、ユーラシアを支配するものが世界を支配する」と唱えたわけです。当時の海洋国家イギリスが新興国家ロシアに対して脅威感を感じていたことの理論的裏づけを試みたということなのだろうと思います。


まあ、マッキンダーの議論は当時は反響を呼んだものの、当時の実態が上記の理論についていかなかったので、むしろ「学術的な裏づけのない、感覚にのみ依拠した論」くらいの扱いになってしまいました。多分、大陸国家対海洋国家というテーゼは論点設定としては適切ではなかったのでしょう。勿論、今もハートランド理論が想定した時代とは違います。中央アジアを支配する勢力が世界を支配する、みたいな時代ではありません。ただ、中央アジアをめぐる今の争いあいはあたかもハートランド理論を思い出させます。


かたや日本。日本のこの地域に対する認識は非常に乏しいです。色々原因はあると思うのですが、私は世界史教育に原因があると思います。中央アジアが出てくるときは「辺境」としての扱いなわけです。中国史、中東史、欧州史を学ぶ際の辺境としてしか出てきません。常に「中央文明にチャレンジしてくる外敵」という位置付けです。東欧を襲ってくるフン族(451年カタラウヌムの戦い)、マジャール族の襲撃(951年レヒフェルトの戦い)等で出てくるイメージだと思います。そもそも中央アジアという地域を統一的なかたちで知る機会が日本にはないわけです。どうしても「シルク・ロード」的な異国情緒の範囲を超えないでしょう(私はNHKスペシャル「シルク・ロード」は大好きですが)。


もっと分かりやすく言うと「ロード・オブ・ザ・リング」のイメージです。あの映画の敵、欧米人にはあれが中央アジアなんだろうというのが私の直感です。東方にいる得体の知れない騎馬民族で、歴史的に何度か自分達を脅かした、そういう存在なんでしょう。その世界観が日本にも十分すぎるほど投影されています。ちなみに、ロード・オブ・ザ・リングに出てくる小怪物はオーク(Orc)という名前です。あれは英語のOgre(醜い、怪物)というのと語源が同じじゃないかと思っています。更に進んで、Ogreの語源はたしか「ウィグル(Uighur)」です。私の推論が正しければ、やっぱりロード・オブ・ザ・リングは中央アジアに対する歴史的な恐怖感が潜在意識にあるんじゃないかと思っています。


話が飛びましたが、中央アジア、日本ではあまり注目されていませんが(外務省内でも全然注目されていない)、もっともっと重視していっていいと思うのです。天然資源という即物的なな視点があることは言うまでもありませんが、日本外交の広がりという観点からも重要性は高いです。日本と中央アジアという関係で捉えるのではなく、日中外交、日露外交を推進していくときに日本が中央アジアへの影響力を有しておくことは、中露にとっては「不気味な要素」になるわけです。そして、中央アジア諸国は中露の影響力を甘受しつつも、非常に中露を恐れています。この微妙な感情をきちんと読み取って、日本が暖かく手を差し伸べれば飛びついてきたいと思っているはずです。ちなみに、彼らは我々と顔が似ていて親近感が湧いてきたりもします。


そういう中、8月下旬に小泉総理が中央アジアを訪問するそうです。良いことです。滅多にないことですから(残念ながら今は優先度が低いので、長期政権にならないと足が向かない)是非活用してもらいたいです。ただ、彼らに発するメッセージはそんなに複雑である必要はないと思うのです。「We will be by your side(我々は側にいます)」、これだけです。「中国、怖いだろ?ロシア、嫌なやつらだろ?大丈夫、我々は貴方達を支えるから。」、これ以上のメッセージは要らないのではないかと思うわけです。チマチマしたプロジェクトを並べ立てるのではなく、日本の姿勢を明確に示してあげることができれば訪問自体は100点満点です(きっと良い首脳間の写真も撮れるでしょうし)。


中央アジア諸国、単なるロマンティシズムの対象を越えて、外交のフロンティアになっていくと信じて疑いません。