30.1.12最終


④ホソク



22.3.2

人々の中にいるのが好きだった。

ファーストフード店でアルバイトを始めたが、常に笑顔で元気でいなければいけなかった。その事は僕には良かった。

僕の人生は笑うことも、活気に満ちたことも無かった。いい人より悪い人を見てきた。それが逆に良かったかもしれない。

無理にでも明るく笑って大きな声で話し愉快に対応していたら、本当に僕がそんな気持ちである気がした。大きく笑って気分が良くなり、親切に接したら親切な人になった。

厳しい日もあった。家に帰る時は一歩踏み出す事も難しかった。迷惑な客が多い日も。それでも皆がいる時は、今より耐えるのが少し楽だった。

時々、店をいっぱいに埋め尽くすお客様を見ながら皆のことを考えた。

何も言わずに転校したジン。

ある日の朝消えたナム。

退学後、連絡が取れなくなったユンギ。

どこでどのような事件を起こしているのか分からないテヒョン。

そして、救急室での姿を最後に学校に戻ってこなかったジミン。

ジョングクは先日までは制服で下校する姿を窓越しに何度も見たが、何故か店には立ち寄らなかった。

あの頃は過ぎ去ってしまったのか。

お客様が入ってきた音に、大きく歓迎の挨拶をした。元気な作り笑いをしドアの方を振り返った。

これまで無理に道化を演じる印象だったが、厳密には違うらしい。

明るく元気に笑って、そうしたら気分良くなって、親切にもなれた。初めこそどうだったかはわからないが、このやり方はホソクに合っていて、ホソクが自分を良くしていった様子がわかる。ただ、絶妙なバランスで精神を保っているとは思う。

辛い時、仲間といたら耐えられた。仲間と離れた後、どうだったか。

メンバーのその後、ジンが転校していたのは新情報。グクはユンギの退学の件で自分がいなかったら何か違ったのだろうかと感じていた事もあり、ホソクが呼ばない限りは店に立ち寄ったりしなかったかも。むしろ声がかからない事が答えだと思ったり。


※追記 スメラルドノートより



22.5.12

非常口のドアを開け、階段を駆け下りた。心臓が張り裂けそうなくらい走った。

病院の廊下ですれ違った顔は明らかに母さんだった。

振り返った瞬間、エレベーターのドアが開き、必死に人を押しのけて進んだが、母さんが非常口に入って行く姿が見えた。焦る気持ちで階段を2段飛びしで降りた。休まず、階を降りた。

"母さん!"

母さんが止まった。僕は一歩踏み出した。母さんが振り返った。僕も階段をまた一つ降り、母さんの顔が見えた。

その時だった。かかとが階段の角で滑り、重心が前に傾いた。倒れると思いぎゅっと目を閉じると、誰かが僕の腕を掴んだ。そのおかげで重心を掴むことが出来た。振り返ると、驚いた顔をしたジミンがいた。

礼を言う暇もなく再び振り返ると一人の女性が見えた。驚いた顔。横にいる小さな男の子が僕を見つめた。母さんじゃなかった。女性の顔をじっと眺め、何も言わずに階段の上に立っていた。

どうやってその場を切り抜けたのか思い出せない。ジミンが何故いるかも聞かなかった。頭の中が複雑すぎた。女性は母さんではなかった。

僕は最初から知っていたのかもしれない。遊園地に一人で残された日から10年を越える時間が過ぎた。母さんも年を重ね、記憶とは異なるだろう。会う事ができても、母さんだと気づかないだろう。僕はもう母さんの顔をほとんど覚えていなかった。

後ろを振り返った。ジミンは何も喋らず付いてきた。高校時代、応急室で別れた後、ジミンはずっとここの病院で過ごした。出て行きたくないか?と尋ねられた時に、どうしなければならないかと悩んでいた姿を思い出した。ジミンも僕のように自身を縛り付ける記憶に囚われたまま、どうする事も出来ず閉じ込められているのではないだろうか?

ジミンに一歩近づいた。

"ジミナ、ここから出よう"

何が母だと思わせたかは問題では無くて、絶対に母だと確信して追ったのに、我に返ると知らない女性だった。

ホソクは実の母に会えば必ず分かると、親子の絆みたいなものを信じていたかも。

どうやら母の顔をもう思い出せないらしい。つまり手がかりがない。いわゆる絆ではどうかというと、間違えてしまう。方法が無くなると、母親に会うという選択肢が無くなってくる。母親に会って幸せになりたい、のがホソク。

ジミンがこの場にいた事が後押しになる。おそらくだが、ジミンは病院から出たいんじゃないの?とホソクは感じている。側から見れば、ホソクもジミンと同じ。方法が分からないだけ。ジミンがいた事で客観的に自分を捉えることが出来て、母親にこだわる自分は、過去の記憶に縛られて身動きが取れなくなっている自分だと気付く。

囚われたままでは幸せになれない。過去の呪縛から抜け出そう、という考えを持てるまでになったホソクの話。



22.8.13

練習室の真ん中でジミンとその子が立っていた。準備動作をして待つ5秒間が長い。音楽が流れると、二人は最初の動作を始めた。

少し前までその子と一緒に練習した振り付けだった。僕は見守った。足首のせいでしばらく踊る事が出来ないと知った時、本当に苦しかった。他の人がダンスを踊る姿をただ見ることは、凄く息苦しかった。

しかし、ジミンの練習を手伝いながら気づいた。直接ダンスを踊れないという事は然程問題ではない。何とかダンスを続けている限り、僕は幸せになる事が出来る。

ジミンと練習をする時、小さなミスさえも許せなかった。ジミンはタイミングを逃すか、動作が小さかったりした。その度に音楽を止めてチェックした。

ところが集中して見ていると、もっと大きなものが見えた。一緒に練習する時はミスだと思っていたが違って見えた。ミスと未熟さがかえって独特なアクセントを作り出した。ジミンには自分だけのタイミングと表現があった。ジミンは存在そのものが輝いて心を動かすダンスを踊っていた。

音楽が終わった。ジミンの踊りも終わった。ジミンの顔が興奮と喜びで輝くのが見えた。その横にその子も立っていた。数日後には海外に行ってしまうのだろうか。目が合った。親指を立てて見せると、その子は大きく笑った。

変な事だった。母さんと一つも似た所が無いのに、母さんの顔をよく覚えていないのに、なぜ似てると思ったのだろう。

ふと心の何処かが痛くなった。治っていない足首がズキズキした。

ダンスに関わる事で幸せな気持ちになれている。

ホソクは孤児院にいたという偏見で辛い思いをしてきた。こうあるべきという世間のルールに苦しめられてきた。

ジミンのダンスで、ダンスの振り付けはこうあるべきという物が無いと気付く。他人がミスだと思う物も、ジミンらしい表現だと感じている。そう思えたのは、思い込みを捨てた子と、ジミンが喜びで輝いているから。

足を怪我して苦しみながらも、踊るという事にこだわらなくてもダンスに関わっていたら幸せだと気付き、気持ちを立て直せている。

ダンスも、幸せになる方法も人によって違う。他人にどう思われても、物事は見方や自分の感じ方で変わる。そんな話の流れがホソクの心を救っている。

海外に行く女の子。自分でも何故かわからないが母に似ていると感じてしまったと。他人に母親の姿を見たのは、notesでは2回目。この子の存在も、過去から抜け出すための後押しのエピソードになっている。祝ってあげられそうな様子からも、ホソクは先に進めだしている。

ただ、他人に母の姿を見るくらい根底では母を探している。だから、心の傷は治っていないし、くすぶって切なさが残る。