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Theatre

観劇の備忘録。独り言。

The Cryptogram (暗号) 原作:David Mamet  翻訳/演出:小川絵梨子

登場人物の断片的な会話だけで進むストーリー。まるで暗号のような言葉の向こうに透けて見える「愛」。美しく切ない舞台でした。
マメットの自叙伝的な本だそうです。意味をなさない会話、すれ違う互いの言葉。日常会話では普通にあることなのですが、そこに何か謎が隠されているようにも見え、観客は緊張の中でストーリーを追うように仕向けられます。断片的な言葉は観る側に自由な空想を膨らませる余地を与えます。観た人の数だけ裏のストーリーが現れる。そんな凝った脚本でした。
劇場で配られたあらすじを書いた紙をなくしてしまったので、備忘録としてストーリーを書き出しておきます。アマゾンで入手した英語の脚本も参考にしましたが、細かい台詞は違っているかもしれません。

登場人物は三人のみ。ドニー(安田成美)は30代後半の女性。彼女の息子ジョン(坂口湧久/山田瑛瑠Wキャスト)は10歳前後。そして三人目はデル(谷原章介)。彼はドニーとその夫ロバート夫婦の昔からの友人のよう。夫のロバートは最後まで登場しない。
設定は1959年、第二次大戦後のアメリカ(もしくはイギリスの地方)。舞台はドニーの家のリビングルーム、キッチンに続くドアそして二階に続く階段。家具も階段も白っぽい灰色で統一されており非常にクール。装飾は一切なく家庭の暖かみは感じられない。セットはこの一場面だけ。

<一幕>
明日は父ロバートと湖畔の小屋に泊まりに行く予定のジョン。夜が更けても寝ようとしない。なぜかリビングにいるデル。そして父ロバートはなかなか帰って来ない。単調なピアノの調べをバックにジョンとデルの会話で芝居はスタートする。
湖の家に何を持って行くか、どうして眠れなくなるのか、ジョンは矢継ぎ早にデルに質問する。一つ一つの質問に優しく誠実に答えるデル。
そこにキッチンからものの割れる音とヒステリックなドニーの声が聞こえて来る。心配する二人にポットを落としただけだと言い返すドニーの声。
やがてドニーは紅茶のセットを持ってリビングに現れる。まだ眠っていないジョンを見つけて怒り出すドニー。
父の不在、母のヒステリックな態度、母とデルの断片的な会話。ジョンは自分をとりまく世界が壊れつつある事を感じ取る。不安と焦燥感で彼は自分の感情も現状もそして要望もうまく説明出来ない。彼の話の多くは質問に終始する。いらだつドニー、なだめるデル。ストーリーは噛み合ない会話の応酬で進んで行く。子供の不安感、恐怖感が痛い程分かる。子供の質問にはほとんど答えようとしない母親。彼女もまた起こっている出来事に対処しきれず子供に語れる答えをもっていないのだ。
寒がる子供、抱きしめる事のない母親、破れた毛布、パイロットナイフ、誰が撮ったか分からない写真、なくなった本、三つ目の不幸。これらは三人の会話の中で繰り返される言葉。意味はあるのか?何も明かされない。
そんな中ロバートの置き手紙が見つかる。内容はドニーに別れを切り出すものだった。
<二幕>
翌日の夜、ジョンはどうやら高熱を出したよう。リビングでジョンのパジャマを着替えさせるドニー。そこへ薬の袋を持ってデルが飛び込んで来る。ロバートの行方は知れないまま。
昨夜に続き、取り留めのない質問を繰り返すジョン。熱のせいか質問はより不思議な内容になっていく。「死にたいと思った事ある?」「それは悪い事じゃないんでしょう?」「寝る前に歌が聞こえる事ある?」そして「お父さんはいつ帰ってくるの?」「眠りたくない」
そんなジョンをドニーは問答無用で寝室へと追いやる。デルがジョンの不安を和らげようと必死であるのと対照的に。ジョンが寝室に下がり、ドニーはデルとくつろぐ。しかし二人の会話が進むうち、隠されていた事実が明らかになって行く。なぜロバートはデルに従軍記念のナイフを渡したのか。それは口止め料だった。デルがロバートの不倫に協力した事への代償。それを知ったドニーは激怒しデルを追い返す。一人リビングで泣き叫ぶドニー。そこへ寝たはずのジョンが降りて来る。「お母さん、死んでいるの?」そして「暗闇の中で、僕の部屋の中で、ロウソクの灯りが見えたんだ」
<三幕/終幕>
一ヶ月後の夜。リビングは段ボールだらけだ。引越し準備の様子。忙しそうな母に質問を繰り返すジョン。質問には答えず、人生は思い通りにはいかない、自分でやり過ごすしかない、誰も貴方を助ける事は出来ないと冷たく告げるドニー。そこに久しぶりにデルが贈り物を持ってやって来る。ジョンには父親のナイフを、ドニーにはなくしたはずの本を。話したい事があるというデルをジョンは避けようとする。
デルはドニーに本を返そうとするが、それはドニーのものではなくデルの本であった。
またロバートからデルに託されたナイフは戦争の記念品ではなく、ロンドンのマーケットで買い求めたガラクタだと判明する。
今まで事実だと思っていた事が次第に覆って行く。
ドニーはまだ自分をだましたデルを許す事ができない。君自身の心の平安の為に僕を許してくれと願うジョン。自分はどうしようもない中年のゲイ。でも君を愛してると告げる。ドニーは相手にしない。自分をだます男達はうんざりだと繰り返すだけ。
デルはドニーに破局の原因は君にもあるはずだと詰寄る。長い事ドニーとジョンを見て来て自分にはそれが分かったと言い出す。激怒するドニー。階段の上にまたもジョンが現れる。
ジョンはまだ毛布に執着している。もう箱詰めしてある毛布を出してくれと懇願するジョン。
「毛布を持っていて良いって言ったのに!」「僕の名前を呼ぶ声が聞こえるんだ」
こうして三人が三人とも最後まで自分が本当に言いたい事を言わずに幕が閉じる。この後にもっと大きな衝突が起こるであろう予感を残して。

繰り返される言葉に何か違う意味があるのは明白です。ただ台詞のテンポが早く、さらに台詞の上に台詞がかぶさるように話されていて、聞いているだけでは全ての言葉に意味を持たせるのは不可能です。私は初見ではいくつかのキイワードが感じ取れた程度でした。
が、暗号の解が分からずとも問題はありません。これは少年ジョンの視点で描かれている物語です。子供は大人の話の裏の意味等理解のしようもありません。この物語の全てが暗号のように謎に満ちていて当たり前なのです。ジョンの視点にたってこの物語を鑑賞すれば、彼が感じている孤独感・不安感、母親への思慕、これらは明快です。それを感じ取れれば十分な気がします。
出演者三人とも素晴らしい演技でした。セリフ回しも凄かったが体の演技も秀逸でした。寒くとも母に抱きしめてと言わないジョン。必死に毛布を巻き付ける仕草にどんなにか母親を求めているかが分かります。デルがジョンにむける慈愛に満ちた眼差し。熱のある彼に必死になって薬を飲ませようとする姿。まるで父親のようです。一方デルはドニーに対しては遠慮がちな態度です。けれども彼女を大事に思っている事は態度の端々ににじみ出ます。ヒステリックな態度に終始するドニーですが、ジョンの幼少時の思い出の服を丁寧にたたんでいく姿に彼女も本当は息子を愛おしく思っている事が明らかです。暗号など解かなくとも彼らの間に存在する愛ははっきりと見えます。あれだけの膨大な、テンポの難しい台詞を話しながら、こうした型もきちっとつける役者達に脱帽です。こういう芝居にキャスティングされる子役が芸達者なのは分かっていましたが、安田さんと谷原さんには舞台役者のイメージがなかっただけにちょっと驚きました。

以上長文でしたがアウトライン終了。
次はページを変えてネタバレで解読した暗号を並べてみます。









「二都物語」の感想はまだ書けそうもないので、先にこちら「next to normal」を書いておきます。

2009年のトニー賞で主演女優賞、楽曲賞、編曲賞、翌年2010年にはピューリッツァー賞を受賞したミュージカル。日本初演でございました。アウトラインはこんな感じ。

2013年9月6日(金)~9月29日(日) シアタークリエ
2013年10月4日(金)~10月6日(日) 芸術文化センター 阪急中ホール

脚本・歌詞=ブライアン・ヨーキー 
音楽=トム・キット 
オリジナル版演出=マイケル・グライフ
日本版リステージ=ローラ・ピエトロピント
訳詞=小林香

ダイアナ(Wキャスト)=安蘭けい、シルビア・グラブ
ゲイブ(Wキャスト)=小西遼生、辛源
ダン=岸祐二 
ナタリー=村川絵梨
ヘンリー=松下洸平 
Drマッデン/Drファイン=新納慎也

父と母、娘と息子の4人の現代アメリカの平凡な家庭のはずだった。
慌ただしくも明るい朝の風景の中、母親であるダイアナはサンドイッチ用のパンを床一面に敷き詰め始めたりして、行動が次第に不自然になっていく。
そんな精神を病んでいる彼女に、夫のダン、娘のナタリー、息子のゲイブは優しく接し、なんとか回復させようと努力する。しかし…。

公式からの抜粋ですが、そそらないあらすじです。これを読んだ段階では行くつもりはゼロ。精神を病んだ主人公とその家族の物語を観るのに一万円以上って自分的には無しです。ただyoutubeで見たBW版のアーロンの唄が素晴らしくて、話の内容が暗くても音楽だけでも聴きに行くかの気持ちでフラリと行ってみました。

結果9月はこの舞台にド嵌まってしまいました。

ブロードウェイ版と同じく、骨組みだけの三階建てセット。一面の電飾ボールに光り輝く背景。これはかなり素敵です。二階三階にバンドメンバーが配置されているのも格好よい。ブロードウェイにいる気分ですよ。席に着いただけでワクワクしてきました。

そして始まるプレリュードの音楽。

圧巻でした。
たった6人の登場人物で唄う36曲のナンバー。心に刻み込まれる曲の数々。
固定された舞台セットでありながら目まぐるしく変わるシーン。躍動感にあふれた動き。
そして何より語られるテーマ 「next to normal=普通の隣」
泣きました。
ラストシーンでは泣きすぎて終わってもすぐに立てなかった。
なぜここまで涙が出るのか、何に泣いているのか。
悲しみの涙でもなく、嬉しさの涙でもなく、感動とも微妙に違う。
強いて言えば、自分が「許され」そして「解放」されたように感じたのです。

先月の「二都物語」で受けた衝撃はキャストとオーケストラそしてスタッフの完成度の高さに寄るものでしたが、「next to normal」は何よりも何よりも作品自体の力が凄い。こんな作品を日本語で観る事ができるとは。今のトーキョーって素晴らしい。有り難いです。観て良かった!

内容についてもっと書いておきたいのですが、ネタバレになるのでここでいったん終了します。