20年前・・・ | 大野城市白木原ピアノ教室ル リアン

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個人レッスンを中心に
グループレッスンも開催しています。

ちょうど20年前の話・・・・


陣痛がきた・・・


出産予定日は7月中旬だったため、5月までレッスンをし6月から産休に入った。


当時たくさんの生徒さんがいたため、2人の先生に家にきてもらい、私の代わりにレッスンをして頂いた。


その期間は3カ月。


5月の最後のレッスンが終わってから、お腹が痛くなり、病院へ行き、薬をもらって1日中寝て過ごした。



通っていた産婦人科は、新しい病院へ建て直しをしていた。


プレハブに通院していたが、出産の時までには完成する予定だった。


新しい綺麗な病院で出産することを夢見ていた。


だから、お腹痛くなっても病院ができあがるまでは出産したくなかった。


しかし20年前の6月1日の朝、陣痛がきてしまった・・・。




10分間隔


予定日よりかなり早い33週。


早産するかもしれないってことはわかっていた。


なぜなら、お腹の中に2人いたから・・・・


病院へ電話すると「入院の準備してきてくださいと」と・・・


こんなに早くなると思ってなかったから準備してない・・・


痛みがおさまる10分で準備をし、病院へ向かった。


「先生・・・まだ産みたくありません・・」


「ここの病院で産みたいです」




しかし未熟児で産まれてくるの為、小児科がある大きな病院に入院しないといけないと言われました。


先生があちこちに電話をし、やっと見つかった病院、かなり遠い大学病院。


救急車で運ばれていきました。


「先生、よくなったらここで産んでいいですよね?帰ってきますから・・・」


と伝えた。


「いいですよ」と言ってくれた。ほっとした。


大学病院へつき、検査をうけ、お腹の痛みをこらえながら一晩過ごし

た。



次の日


痛みが落ち着いてきたので、これで帰れると思った。


すると


「今日産みましょう!」


「え?」いやだ~~~!!!


ここで産みたくない~~。


心の中で叫んだ。



実は私が妊娠中毒症になっていた。


赤ちゃんは元気ですが、お母さんの命が危ない・・・


「へ??」


もう新しい病院で産みたいなんて言ってられなくなったショック!


「わかりました。お願いします。」



もちろん帝王切開です。



部分麻酔がかかっているが、


「いた~い」と叫んでいた。



一人でてきて、産声をきいた。


あと一人・・頑張れと自分に言い聞かせた。


やっと二人目でて産声をきいた。


その瞬間、全身麻酔をかけられてずっと寝ていた。〔約1日半〕


無事双子の男の子を出産しましたチョキ


早産だったため、小さかったドキドキ


長男は2000グラムちょっとあったが、次男は1924グラムしかなかった。


しばらく保育器。



私が先に退院し、1週間後に長男だけ退院し、そのまた1週間後に次男が退院した。


退院してからの双子の子育てはいうまでもない・・・。



もうあれから20年たちました。








大学病院ではもっともっと小さく生まれてきた赤ちゃんとの出会いがありました。〔800グラム〕


その小さな赤ちゃん、一生懸命生きようと保育器のなかで頑張っていました。



そのお母さんも頑張っていました。



出産にはドラマがあります。



本当に無事生まれたことに感謝しますドキドキ