このブログは
2017年に28回にわたって
連載した「恋バナ」ブログを
再掲載してます
再掲ですが、
追記訂正している場合が
有りますので、その点
ご了承ください。
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結婚が決まってからは
結婚も、
ちゃんと「結納」から始まり
父の言う通りに進めました
式場も、兄と同じ
大阪の東洋ホテル ←今は有りません
当時は、
大阪でも一流のホテルでした
段階を踏んだので
2月に結婚準備始めて
式は翌年1月15日…
ちょっと、長くなりました
父の意地もあったと思います
「頑固さ全開です」
そう感じました
この点は、
父に感謝しています
普通の嫁として、
妻を迎えてくれました
結婚後は、
甘い甘い結婚生活が…
と思いきや、
結構大変でした![]()
「妻を説得して、
子供を産むこと」
「仕事を変えたり、
起業したり」
思いもよらないことが
続きました。
ただ、妻にお金の心配だけは
させないようにしました
家事も
出来るだけサポートしました
35年間、毎日の食器洗いは
ずっと私がしてました
育児(オムツ期)の時、
妻に
「これは、私はしない」
と一つだけ
宣言したことが有ります ←私のこだわり
それは
「ウンチの時の
オムツ交換」です。
別に嫌だった訳では有りません
たから、緊急時の
漏れるウンチは処理しました、
オシッコは処理しました
これは、
「母親してのあなたしか
出来ないことだよ」
そう言いました。
障害者だから
と甘えていては
子育てなんかできないよ
そういうつもりでした。
分かってたかどうか、
不明だけど(笑)。
これは「私の仕事」と
思っていたようです
今は、私も
孫のウンチ、どんどん
喜んで処理する
甘々、爺さんに
なっちゃいましたけどね![]()
でも、
娘達のあの頃は
「布おむつ」…
大変でしたよ~
特に乾かない冬は。
一番難問だったのは
親との同居
結婚して、隣の市に3年半
長女が1歳7カ月までは
父母とは
別に暮らしていました。
でも、
経済状態もあったし、
やはり
昼間に耳の聞こえない妻と娘が
二人きりは色々問題もあり…
同居するのが、
一番良いと思いました
※これは前回書かなかったけど
実は、「いつかは同居する」
と言う、
父との約束が有りました。←今だから言える
結婚許す代わりにね…![]()
ただ…
あれだけドタバタが有りました
妻よりも、
お義母さんが心配しました
お義母さんに言いました
「私の仕事は自宅でします
外では働きません
必ず常に、妻の傍にいます」
と説き伏せました…
30年後に24時間365日になる
とは思ってもみなかったけど![]()
家は、
二世帯住宅に改造しました
住むのは二階です
父母は来ないように
玄関を二階にも設けました
食事、洗濯、家事全て別々
トイレも別です
ただし、
風呂だけは共用です
二階に台所を作りました
(私が…リフォームしました)
二世帯にするために
かなり時間もかかりました
相当、お金もかかりました…
それで、
家の経済状態も傾くのですが…
同居生活は、
父が施設に入るまで、
30年続きました
妻の父への評価は、
終始変わりませんでした
「あなたには悪いけど、
私は、
お義父さんが大嫌いです」
一貫して言ってました
でも
それで良かったと思います
今頃、天国で、父と妻
結構仲良く、
昔話話してるかもしれません
私の悪口肴にね(笑)。
続きます~![]()
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過去の自分へのコメント
結婚生活は
楽しかったけど
やはり障害者との結婚は
いろいろ予想外なことが
起こりました![]()
だから
もし娘たちが
私と同じような結婚するなら
大反対しようと思ってました![]()
結婚後に何が起こるか
分かってましたからね![]()
でも、
反対しても最後まで
反対しきれないとも思った![]()
それは妻と結婚して
幸せだったから…
←甘いぞジイさん
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