世間的には、終戦記念日
もう50歳以下の人には
ピンと来ないですね。
私だって、戦後9年後の
昭和29年生まれですので
体験は無し、
しかし、私の両親は正に
戦争の時代を生きていました。
昭和20年8月15日は
太平洋戦争の終戦記念日
その翌年の
昭和21年8月15日は、
父母の結婚記念日なんです。
なんで、終戦記念日に結婚?
ずっと疑問でしたが
残念ながら聞き忘れました(笑)。
でも、何となく分かる気がします
終戦記念日を結婚記念日にして
自分たちの将来と日本の将来を
明るくしたい
なんて思ったのでしょうね![]()
父母は見合い結婚だったそうです
それも、親が勧める
昔ながらのお見合いですね。
当時は戦争で多くの働き盛りの男が
戦死してしまい、
男女の人口バランスが
相当崩れていたらしい。
母も、親の勧めで
ほぼ父を知らずに結婚←なかなか凄い
母によれば
「サラリーマンで真面目そう」と言う話で
結婚を決めたそうです。
こんな事、今考えれば、
どこか別の国の話ですよね。
でもまあ、実際は聞くと現実は
大違いだったらしい
家には、姑や小姑(父の兄弟)が
大挙同居していて、家政婦状態
私には優しかったお爺ちゃん(父の父)は
父以上のヘンコツ爺さんで…←コラ
母は銀行勤めでしたから
財布を任されていたそうですが
父の方は結婚しとたんに
サラリーマンをさっさと辞めてしまい
自営業を知らない間に開始。
母の方は「騙された」と
私達兄弟(兄と私)に
いつも言ってました(笑)。
でも、考えたら
母が偉かったのでしょうね。
揉めることもなく、離婚もなく
70年も寄り添いました。
父も、私の知る限り
浮気もしてません ←たぶん![]()
結局、親の勧めでの結婚こそが
ベストだと父も思ってたはずです。
戦後の高度成長期には少し変化して
見合いよりも、恋愛優先の時代になり
今のカオスの時代は、
ほぼ恋愛に制限なしですね。
父も私達には自由恋愛の時代と
言ってた気もしますが…
父は長男だったので、
きっと家長(もう死語)として
責任みたいなものを
感じてたのでしょうね。
父の弟(私の叔父さんです)が
30歳過ぎたら
ほぼ無理やり見合いをさせました。
かなり強引でして、
たぶん数回会っただけで
結納まで済ませてしまいました。
ところが…
結納済ませた直後に
叔父から父に「実は…」と言う話で
叔父も気が弱かったのでしょうね
既に好きな人が居るとは
ずっと言えなかったらしい。
後のすったもんだは
小学生の私には
サッパリ分かりませんが
父も自由恋愛を
認めたようです![]()
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兄貴が「この人と結婚する」
と言った時も
彼女が、
父があまり好きではない
某宗教を信じてる
と言っても、
兄との結婚を
無条件で認めました。
余程、叔父のことが堪えたようで
「人の恋路を邪魔する奴は
馬に蹴られて死んじまえ」は
江戸時代の都々逸だけど
きっと、そう感じたのは
違いないですね。
そんな父だったけど
私と妻の結婚は
許せなかったようです。
まあ、今になって考えると
見合い結婚して
大正解だった父にとっては
仕方ないことですね(笑)。
今の私なら、子供が
私と同じような結婚する
と言ったら
大反対でしょうね、
父の気持ち分かるわ…![]()
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でも娘たちが、
それでも結婚すると言ったら
反対はしないけど…
(いや、出来ないよね)
8月15日、父母の結婚記念日
いつも、父母と私夫婦の
「結婚争いの終戦記念日」
なんて思ってます![]()
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最後に結婚を認めてくれた
父母に感謝しています![]()
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父母は会えなかったけど
こんな可愛い、ひ孫が居るんだよ…って
言いたいよね(笑)
(孫がいじってるのは、
娘の鍵…鍵大好きです![]()
)
この写真の孫が持っているのは
横浜の娘が、
ジーパンをリメイクしたバッグです。
こんな能力あるなんて、
もう嫁さんの裁縫力を超えました![]()
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う~ん、
新コロナとの終戦は
いつになるのでしょうね。
もちろん、戦争と比べたら
ダメかもしれませんが
なんとなく、
長い戦いになりそうです。
治まっても、新しいウイルスが
出てきそうな気がします。
マスク、手洗い、うがい
最近は、帰ったら
上から下まで洗濯
新コロナ戦争、
終戦まで
頑張りましょう![]()
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