りんりんの心の美容日記 -12ページ目

りんりんの心の美容日記

人はいつからでも輝ける
心の在りよう(思考・意識)が現実の創造の源
美しく心豊かになる方法や、自分軸を持つための記事、
気づきのキッカケ等・・様々な視点から
毎日情報発信をしています。

 【覚悟とは】


覚悟って苦しい経験をする覚悟ではなくて、本心(御心)の自分を生きる覚悟であり、本当に喜びに生きる覚悟であり、本気で生きることであり、感謝に生きること。


これは何も「感謝しましょう!」とかいう表面的なことではなくって、本気で生きると、感謝は「しよう」としなくても湧いてくるものだから。





先週末は真凛塾のコンサルもしていて、

覚悟できている人は瞳を見ればわかるし(表面的に見るとわからないかもしれないけど)、画面越しでも深く対話していると表面的ではない 微細なレベルで伝わるところや深いところから明確に見えるところが多々あります👁


先週末にセッションしていた方は、まさに自然と本心(御心)と一致されていて1年前とは別人😳というか(本来の姿に還られていて)、日々心のお掃除や本気で生きているのが明確にわかりました👁

(これは少し前に歯科医の先生が「予約の数日前に🪥慌てて歯磨きをしたのか、日々しっかりケアしているのか見たらわかる」と仰っていたのに似ていると思う。真剣に取り組んでいる専門のプロから見たらわかることも多いですから)








ちなみに「覚悟」は一度できたら「はいOK!もう終わり」というものではなく、ステージが上がったところでまた覚悟が必要な場面は出てくるもの。


そして真理を理解するのは、ある意味、人生というゲームを攻略する上で大切。

(真理と違うことをしても結局ただ遠回りした後にやることになるから)


自我の都合よく真理を現実逃避に使うのではなく(一生懸命やって、間違えたり失敗するのは全然いい)、真凛塾でもよく言っているのですが、真理は机の上でお勉強するものではなく、日々を日常をしっかりと地に足つけて本気で(深刻ではなく)生きることだから。


そして本気だからこそ出会える大変なこともあるけれど、それに比例して学ぶことはめちゃくちゃ大きいし、次第に大変なことすら楽しめる器になっていきますし、それは決して消えない財産になります


その過程で、以前と反応が自然と変わってきて、感謝「しよう」としなくても自然と感謝が湧いてきて「あれ?私、大丈夫?」と頭では戸惑うこともありますが(自我を基盤に生きてきたから)、今回お便りに書いてくださっている方ように、どんなことが起きても深いところで絶対的な安堵感がある上で、自然と愛ダダ漏れで皆んなため(自他のため、一体、全体のため)に動ける人になります。


なぜなら、

本心(御心・真我)は感謝そのものだから。

故に感謝で始まり、感謝に溶ける。

(これを頭でするとおかしくなります)



これは沢山の悩める人を見てきて感じることでもあり、厳しい言い方をすると苦しい現実を生きている人って、自分の見たくないものを頑なに拒絶している面があります。(私自身の経験も含め)

 

ただ、その人だけのせいとかそんな愛のない目で見るんじゃなくって(もちろん自分を救えるのは自分なのですが)、私たち皆んなの生き方が生んでるっていう「まず私が変わっていこう」という意識が持てるといいと思う。

 

私もいつもそう思って生きてる。


すると、マイケルジャクソンの「HEAL THE WORLD」の歌詞の一節(「Make a little space, Make a better place小さくたっていいから良い場所にしていこうにあるように、もっといい世界を創っていけると思うのです。


私は今週も来週も真凛塾のコンサルが入っていますが、改めて感じているのは、「すべて師」だということ。


今回のコンサルをはじめ、クライアントや日常で関わっているもの全ててあり、今回の母もそう。


クリちゃんはあのまま入院していたら、もう少しあと何日か分からないけど、もったかもしれないけれど、たくさん管をつけられて手の施しようがない状態のクリちゃんをずっと狭いところに入院させるより、クリちゃんの1番安心する自宅で面倒みたり、最後を看取りたい、という母の強い愛と覚悟、勇気、優しさに私は涙が出ましたし、母や父を尊敬しています。


(退院するとき、すでにクリちゃんは呼吸が浅く、もうインシュリンも🆖ご飯も🆖、水分だけあげてくださいと言われたそうで退院した日の夕方に天国へと🌈


もちろん、これが正解だと言いたいわけではなく、クリちゃんの意志が母に伝わっていると感じたこと、又、母が真剣にクリちゃんを愛し抜いた上の決断だからです。


そして今日、今真凛塾にご参加くださっている 別の方からメッセージをいただき、私たちは繋がっている💫と感じたのが、

14年前にマロンちゃんというマルチーズを飼ってらしたそうで、そのマロンちゃんとの別れに罪悪感を感じでいたそうですが、今回のクリちゃんの件をキッカケに長年の罪悪感が涙と一緒に溶けていく感覚だったのだそうです。





私も罪悪感の種が溶ける感覚がまさに同じでした。事象は違えど、日々内観して、お掃除をしてたり本気で生きていると溶けるんです。


昨日も母から電話があり、クリちゃんの病院の先生からお花が届いたそうで、お菓子を買って先生にこれまでの御礼を伝えに行ってくると言ってました。


また、私はまりんの肝臓ばかり意識を向けていたけれど、心臓もしっかり見ていこうと思いました。


普段おてんばまりんも本当に優しくて、

今回、ポロリと静かに涙した私に気づいて、そっと寄り添ってくれるんです。



そんなまりんを見ていると、ふと、まりんともいつかはお別れがくることを時々想像します。


いや、もしかすると敢えて想像している節すら感じるときもあります。


あくまでも私の場合ですが、

「別れなんて悲しいから考えない!」ではなく、「いつか来るそのときのために日々この子との時間を大切に過ごそう!」と思うのと同時に、やはり最後まで愛し抜いて、お見送りさせていただくことは幸せなことだと思うのです。


又、私たちは完璧ではありません。


どのような選択をしたとしても

ワンちゃんもそれを理解しています。


私は中学生の時に飼っていたマルチーズのマミちゃんのお尻を、夜中にけっこう強く叩いたことがあります。


はい。当時の私は反抗期 真っ只中で、

毎晩のように深夜に帰宅してました。


両親は下の奥の部屋で寝ていて、家の中は真っ暗。私の部屋は2階だったので、電気をつけたら親が起きてくると思い、真っ暗なまま忍び足で階段を上がろうと廊下を歩いていると、見えなくてマミちゃんの💩を踏んだりして「もう〜💢」ってなってるところにマミが喜んで私を迎えてくれているのに、まだ未熟だった私はイライラをマミにぶつけて、お尻をペーン!!🤛と。。。


そしたらマミが「キャン」って鳴いたんです😳💦 私は我にかえって、「マミ、ごめんね、ごめんね」って謝ったのだけど、彼女は翌日もケロッとしていて🐶変わらず喜んで私のところにきてくれるんです。


つまり、何が言いたいのかというと、ワンちゃんたちは飼い主さんをどんなときも愛しているんです。


なので、マロンちゃんはご実家で飼われたいたことや、名付けられたのがご本人だったことetc…からもそんなに長年、罪悪感を持つ必要はなく、マロンちゃんも望んでいないんです💛


私もクリちゃんを看取ることは出来なかったですが、不思議とクリちゃんの存在をすぐ側で感じるんです😌




愛する存在が亡くなるのは悲しいですが、

敢えてその時のことを考えたり、人や動物が死ぬということを知っていると(魂は死なないけど)、当たり前の日々が当たり前ではなくなります。





そして、亡くなったワンちゃんたちの願いは、飼い主がまた笑顔になることです。


そこにはステップが必要なときもあります。(涙が出るなら、出るに任せるのです。

そこを抑圧してしまうと、逆に時間がかかることもあります)



クリちゃんは天国で

今も笑顔なんだろうな💛🐶☺️





皆さまありがとうございます💜




 


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【人間関係で、なぜ誤解が生じるのか?これを知っておくと冷静に対処できるようになる!】





先週の金曜日に

Podcastを配信いたしました。

https://goo.gl/2gBdev

今回の放送は、【人間関係で、なぜ誤解が生じるのか?これを知っておくと冷静に対処できるようになる!】そして、『どういう人と付き合うべきか?』というテーマでお送りしています。(第314回)


私たち人間の脳に備わっている機能について知っておくと、お便りいただいた相談者さんの悩み「誤解されて辛い」という事態に冷静に対処できるようになる。


心が弱っている時やネガティブになっているときほど決断や判断が鈍ったり、悪友が寄ってきやすい。(そのような時に重要な決断をしない方がいい)


日頃から表層的なところしか見ていないと、例えば、真理のメッセージに関しても表層的な解釈になる。その具体的な解決法


悪い友と交るな。卑しい人と交るな。

善い友と交われ。尊い人と交まじわれ。

ブッダの言葉)

ここでのポイントは、ブッダは「気の合う人とだけつるんでいればいい」とは言っていないこと。これはもちろん個々の自由。

確かに気の合う人と過ごす時間は愉快で楽なもの。又、「りんりんさんならどう思いますか?」というご質問に対する私の回答



etc…是非お聴きください(╹◡╹)♪

https://goo.gl/2gBdev



……

ということで、

すでに今回の放送をお聴きくださり、

ご感想もいただいていますが、


本当に人との出会いは軽視できないと私も常々感じています。と同時に「ご縁を大切に!」という言葉にとらわれて、明らかに悪影響でしかないのに「ご縁を大切にしなくちゃ!」となると、これまたズレてくる。。


なので、やはり、「自分はどうしたいのか?」「自分はどう在りたいのか?」「どう生きたいのか?」を真剣に自分に問い👂向き合うことも大切。


そんでもって、エゴの損得勘定で人を秤にかけるのは智慧じゃないし、私の美意識から大きくズレるから、ブッダの別の言葉


「どのような友をつくろうとも、どのような人とつき合おうとも、やがて人はその友のような人になる。人とつき合うというのは、そのようなことなのである。それ故に賢い者は、自分は果物籠が中にいれる果物に影響されるようなものであるという理を見て、悪人と交わるな。善人と交われ。」は大切だと感じます。


そして何より、

自分で考えて行動や決断した結果を

人のせいにしない、

自分のケツは自分で持つ。

これに尽きると思う。


そうすると本当にご縁は

有り難いな🙏になります☺️✨



……

話は変わって、私事(我が家事)ですが、


一昨日の34日(金)PM18時半ごろ

クリちゃんが虹の橋を渡りました。

(実家のマルチーズ12歳)


4日前に実家の母から電話があり、近所の薬局に15分ほど買い物に行ってて帰宅したら、クリちゃんがひっくり返って痙攣していたそうで、普段ぜんぜん鳴かないクリちゃんがキャンキャン鳴いていたそうで、すぐに病院に連れて行き、緊急入院したということでした。


診察の結果、血糖値が600を超えていて(他にも心臓等も悪く)、インシュリンを打てる状態ではなく、酸素ボンベ?や点滴等をし、先生から危険な状態だと言われたとのことでした。


その後クリちゃんは、2日間入院し、母が病院に様子を見に行き、先生と話し合い、母が自宅で看取りたいという意志を伝えた結果、自宅に連れて帰ってきてずっと抱っこしてると。


そして一昨日の夕方、母に抱っこされて、静かに息をひきとったそうです。


私は昨日、母から電話で知らされたのですが、母は最初、泣きながら「クリちゃんは本当に親孝行で可愛い立派な息子だった」と言っていました。


私より一足早く逝ってくれて、

こうして見送りできたから、と👂



私もそう感じました。


クリちゃんは大好きな母に抱っこされたまま逝き、幸せだったと思います。


ここ数日、ただひたすら祈っていたのですが、最初は奇跡を起こしてください!!という祈りだったけど、その後クリちゃんが苦しまないようにお願いします!という思いに変わり、(途中、私が今年も5月に帰省するから会いたいよ〜!という思いも出てきたりしたけど)、最後は何故かクリちゃんに対する感謝が湧いていたところでした。


クリちゃんにまた会うことは出来なかったけど、いつも笑顔と愛を振りまいていて、甘えん坊で、本当に優しい天使みたいな子でした。




又、2019年の4月にまりんが門脈シャントの手術をしたとき、一人で始発に乗って岡山の病院にまりんを連れて行き、手術の前日に実家に帰ったときや手術当日もクリちゃんからたくさんの元気玉をもらいました。




母は「クリちゃんは裕子のことが1番好きなんよ」っちいつも言ってくれて、毎回、電話でもクリちゃんに声かけて〜と言われ、一生懸命に話しかけていた、ついこの前までが懐かしいな。


私は東京なので、一緒に暮らしていたわけではないけれど、ワンちゃんたちって「愛してるよ、大好きだよ、可愛いね」という言葉なのか、声の揺らぎなのか、はたまた一緒のときは体温なのか、振動なのか、抱っこする質感なのか分からないけど、そこにこころが在るか否か、を彼ら・彼女らはよく知っている。


とワンちゃんに限らず、

私たちは「愛していること」を

伝えることができる。


これを大事にしたいと

改めて思いました。


動物の目は優しい。

悲しい時はそっと側に寄り添って


これまでクリちゃんのことも気にかけてくださった皆さま、本当にありがとうございました。







悲しいけれど、

天命を全うして神様の元に行った

クリちゃんに心からありがとう。


そして、クリちゃん命だった母も

幸せだったと思います。

(母も力強く、そう言っていました💞




















今日も来てくれてありがとう🙏^ ^♡





 


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「戻りたい。変わりたい。還りたい。」


このような思いが
心の奥深いところから湧いてきたのは
何年ぶりだろう?

だけど、以前の「戻りたい、変わりたい」は

「私が満たされたい」とか
「私が癒されたい」であり、
「私が人生を上手くやりたい」だった。


もっというと、

若い頃の「目覚めたい、悟りたい」は、

「苦しみから逃れたい」が隠れていた。


その後の紆余曲折を端折って単刀直入にいうと、苦しみや恐れから逃げるのやめたら数年前に急に「とはこれまで認識していたではない。それは空っぽで、何にもないようで空っぽじゃない」という明らかなる気づきでした。


そして、もう一つ明らかになったのは、「私が満たされたい」というのはダミーで実は「わたし」が全てを満たしていて、「わたし」が森羅万象すべてに満ちていたということでした。


それからももちろん、肉体を持った個人としての「私」は相変わらずここに存在しているのだけど、これまで反射的・反応的に持っていた感情や感覚に、違和感が生じてきたのでした。




あ、話を戻して、

今の「戻りたい、変わりたい」は、

「もっと自分の本質を生きたい」とか

「この世の中に天の御心を表す」という

深い魂の望みのようなもの。



自我やエゴという性質の一つの特徴は、
結局、「自分」「自分」なんです。


私の幸せ

私の生き残り

私の正しさのために

他人をジャッジしたり、

外側のせいにしたり(=被害者意識)

外側のコントロールできないことを

コントロールしようとしてエゴ的偽りの

安心と安全を(一瞬)得る。


自我自体は単なるシステムであって悪ではないし、社会生活を送るために必要な「境界線」という意味での自我は健全でもあります。


そして、明々白々な気づきの後、少しずつ自我(個人としての私)が戻ってくると、

本来私たちは愛であり、愛されているということを忘れ、また忘れた前提の恐れからの幸せ乞いのゲームに夢中になる。


私もそうです。


そうするとまたダミーが顔を出してきて、
あっという間に現実社会で「上手くやっていくこと」や、競争に勝つことへとすり替えられ、それを遂行しようとする謎のモチベーションへと入れ替えられる。


「私」という小っちゃい「損得」をベースとした「思考」に飲み込まれる。


すでに愛されていることを忘れ、

愛することを忘れる。


あっ👁

そう気づいては、自分へ戻る。


これを何度も繰り返しながら、どんな自分も観察し、源と一致する時間が徐々に増えてくると、真の望みが顔を出してくる。


それは、

それなりに上手くやる「私」を捨て、

サヨナラすべき自分に感謝して別れ、
何もない空っぽだけど全てに満ちている

無防備なままの自己で、

もっと愛のままに

天の御心を表したいという望み。

これはモチベーションではなく、

深いところからのパッションです。


将来をあれこれ心配している時、

心が源から離れていて頭が忙しいとき。


なので、意識を「いまここ」に、

そして呼吸に意識を合わせて、

心を「いま」に戻して


私はこの新年、「今年の目標」というものがなく、ただ真っ白な「2022年やりたいこと」リストに「ただ今に愛を注ぐ」と書いて(真凛塾1期にご参加くださった方のパクリです)、ニヤニヤと喜びながら眺めていました。


改めて、ただ今に愛を注ぎ、

パッションに従った結果がどうであれ、

それを受け入れ(カルマヨギの真髄)、
未知を楽しみたいと思う。




……

ということで、

呼吸の話もしていますが、

先週の金曜日にPodcastを配信しています。


https://goo.gl/2gBdev



今回の放送は、【自我には理解できないメッセージ】(第312回)、【ただ○○をあなたの元へもたらしなさい】(第313回)というテーマでお送りしています。2週分です)


「大丈夫」という感覚こそ信頼していい。


私が「神」という概念を信じていない理由。(概念は方便であり、言葉はフィクションを含む。じゃあ神とは何なのか?)


被害者でいる限り、幸せになることはない。


★ 「信心開発すれば生死すなわち涅槃なりと悟り知る」(by 親鸞)

信心開発=悟りとは本心開発のこと。

(=中村天風さんが言われた 霊性心)


「いつか」にばかりフォーカスすると、最も大切な今を取りこぼす。


教えをただ「へ〜そうなんだ〜」と聞くだけではなく、自ら検証や実験しないと真に腹に落としていけない。


人は自我信仰か、真我を信仰しているかのどちらかを信じている。


イエスが2000年以上前に説いた

「神の国はあなたの内に存在している」

「神の国(極楽)をあなたの元へもたらしなさい」

これが私たちが知るべき全て。

(では、あなたの元にもたらすとは具体的にどういうことなのか?)


etc…是非お聴きください(╹◡╹)♪

https://goo.gl/2gBdev




……

写真は昨年の6月の私。

ある素敵なものと出会い、幾つか仕入れてそこに創作?を加えていました。



まだ1つしか完成してないけど、30時間以上かけて無心で愛を注ぎ、作業している時間や、夜な夜なバガヴァッド・ギータを聴きながら作業している時間がすでに至福で、まだ公表していなかったのですが、この度、たまたま話の流れでクライアントさんが購入したいと仰ってくださり、お嫁にいきます。


またこのような時間もつくっていこう😊

(出来たら公表します


まりんも見守ってくれていたワン🐶💕




最後に昨日は母の誕生日でした。

昨日、久しぶりに電話したら父がケーキを買ってきてくれたそうで喜んでいました。


そういえば10年くらい前までの私は、母が歳を重ねることが怖かったのだけど、今は「ただ愛したいだけ」になり、喜んでいる母を感じ、私も喜ぶというシンプルな「いま」に喜びと感謝が湧いてくるようになり、これだよなあ〜って昨日、つくづく感じてました🙏🥰



今日も来てくれてありがとう🙏^ ^♡


 


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