【人は、見ているものを信じているんじゃなくて、信じているもの(思い込み)で現実を見ている】
わたしたちは、見ているものを信じているんじゃなくて、信じているもの(思い込み)で現実を見ている。
つまり、目の前の現実は、
「わたしは わたしを こう思っている」
(=わたしは わたしを こうだと信じている)
っていう現時点での答え。
そして、目の前の現実は、あなたの中に“どんな思い込みがあるか” を様々な事象によって、気付かせてくれてるだけ。
……
又、誰かのことが「純粋だなあ」って目に映ったのなら、それは、あなたの中にある純粋さが見せたもの。
誰かを素敵だなって感じるのは、あなたの中にある魅力を、相手を通して見ているということ。
逆にいうと、誰かの行動に腹がたつのは、自分が「正しい」と思っていることを相手がしなかった時や、自分に「許可してないこと」「禁止してること」を相手がしてる時。
(相手の”行動そのもの”というより、“相手に感じたこと”がポイント)
目の前の相手に何らかの感情を抱くとき、それを客観的にみていくと、自分がどんな思い込み(無意識に信じてること)があるか、どういう風に自分が自分を思っているのか、がよくわかります(╹◡╹)
もちろん、いい悪いはないし、自分の中の好き・嫌いが明確になることで生きやすくなることもありますが、自分を苦しめる思い込みは、変えた方が楽だよね。
(自分が何を思い込んでいるのか?は、寸分の狂いなく現実に現れていますから)
なので、何かしら嫌な感情に揺さぶられたときは、
「目の前の相手は、自分に何を教えてくれているのだろう?」って視点で見ると、宝が見つかります(╹◡╹)✨
というのも、これも先日話していたことなのだけど、わたしは、昔、こんな体験をしました💁🏻♀️
それは上京してしばらくして(1年くらい)出会った一回り歳上の素敵な女性がいて、有難いことに何故かわたしのことを面白いって言って可愛がってくださいました。
その女性は、自由気ままに好きなことをしていて、いい意味でワガママで、存在だけで経済的にも精神的にも豊かさを、かなり体現している人でした♡
田舎っぺのわたしには会ったことのないタイプの方で、「いいな♡」って思う反面、「わたしとは住む世界が違うよなあ・・」って、なんだか凹む気持ちが出てきたのです。
けど、その時 ふと気づいたのです。
「あ、わたしの在りたい姿(在り方)を見せてくれているんじゃなかろうか🤔」と。
当時のわたしは、「苦労しなければ 必死に頑張らなければ豊かになってはいけない」という思い込みを持っていて、又、昔から&プライベートはワガママではあったけどw東京で1人で頑張っていくには、仕事では社会的な顔というか「周りがわたしに抱くイメージを壊しちゃいけない」とかって無意識に思っていて、周りの目を気にしたり、周りの期待に応えようとばかりしていた。
だけど、そうじゃなくイキイキし、上手くいってる人を目の当たりにして👀
あ、そっか💡それでいいんだあ!
なーんだ、そういうことかあ🤔と♡
そう納得したら、だんだんと周りの目を気にすることが減ってきて、本来の自分を取り戻し、現実の流れが変わってきました。
つまり、凹んだことから宝を見つけたのでした(╹◡╹)🙏
以上、というシェアでした💁🏻♀️
……
写真は、一昨日行っていたビューティーワールドジャパンin 東京ビックサイト💄
今日も来てくれて有難う🙏^ ^♡
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りんりん🔔



