病院に入院ができないのであれば、夫を依存症の回復支援施設へ入れようと、ダルクへ連絡しました。


夫が薬物依存症になる前、時折りTVニュースやドキュメンタリーで観たことがあるダルク。



私が若い頃、テレビで観ていたダルクのイメージは、

刺青のあるヤクザあがりの男性が、覚醒剤などで刑務所から出所後、行き場所がなく、そこで無気力に生きているイメージでした。


テレビの放映方法の問題かもしれませんが、


元犯罪者の末路のような感じで、


「死ぬまで『今日一日だけは』とクスリをやらない日を積み重ねていくだけ。」


と話す元ヤクザを観て、とてもこわいイメージを持っていました。



ダルク入所にあたり、なるべく遠くで、しかも街の中にあるダルクではなく、人里離れた山中のダルク数件に電話で問い合わせました。


私の夫は市販薬の依存症の為、街にあるダルクだと、薬局に行ってしまう恐れがある為です。


しかしダルクでも、やはり夫が日本語を話せないことがネックになりました。



自助グループによるミーティングが、依存症の回復の肝となるので、日本語が話せないと、ダルク入所不可。」


またこの時は、毎月のダルク費用をとてもじゃないけど、私が捻出できないと思い、あきらめました。



人が一人、生活するとなると、これくらいはかかりますよね。

決して高くはないですが、しかし一般的な子育て世代からの捻出は厳しいです。



この時は一旦、ダルク入所をあきらめましたが、


この後、ダルクとは色々あり、また時系列を追って書いていきます。