(発症から初期治療…動注療法~手術~抗がん剤治療までの回想です)
動注療法(動注化学療法)から1ヵ月半後、平成24年7月24日に手術が決まった。
「広汎性子宮全摘術+リンパ郭清」
手術は8時間の予定。
8時間ってすごいよねぇ。
先生、お昼休みあるのかしら。トイレとかどうするんだろう。
予定通り、手術の2日前に入院。
【手術の前日】
しばらく何も飲めなくなるからと言われ、必死で水を飲んだ。
ギリギリの時間まで飲み続けた。
・・全部おしっこで出るけど。
【手術当日】
明け方からキョーレツな浣腸をしてお腹をキレイに。
普通の下剤や座薬はあまり効果がない私も、さすがに速攻急降下しました。
準備も整い。
手術室へは付き添いの家族と共に歩いていく。
夫と手を繋いで歩いた。
またココに戻って来れますように…。
そんなことを考えながら。
夫と母と別れ、R先生と手術室へ。
初めて見る光景。
思ったより明るい部屋。
沢山の機械。
ベッドに横たわり、麻酔の準備がされる。
とてもとても怖かった。
そんな私の肩を「大丈夫、大丈夫」と言いながら、優しくトントン叩いてくれた看護師さん。
不安が薄れていく。
あの暖かい手は今も忘れてない。
そして意識がなくなった。
…肩を叩かれ名前を呼ばれ、目覚めると、夫と母と弟がいた。
手術前、既に手術が終わっていた同室の人から
「怖いことなんかないよ。寝て起きたら全部終わってるから」
と言われていたけど、本当にそうだった。
生きていた…とか
無事に終わった…とか
先生ありがとう…とか
家族との感動の対面とか
そういうのは何もなく、ただ頭と体がすごく重い。
酸素マスクで声は出せなかったけど、何か語りかけられて頷いた。
大丈夫だよって伝わったかな。
そしてまた眠った。
後から聞いた話。
手術は予定より1時間くらい早く終わったらしい。
付き添ってる間、やることもないので夫には会社に行ってもらい、母だけが残っていた。
R先生が疲れきった顔(に見えたそう)で出てきて、
『無事に終わりました。リンパへの転移もありませんでした』
そう言って、ビニール袋(!?)に入れた私の子宮を母に見せてくれたそうです。
R先生の上司?にあたる先生も一緒に手術しますから…と事前に会って説明されていたのに。結局、私も母も当日一度も会うことがなかったんだけど、ちゃんとやってくれたのだろうか…。
未だに謎です。