今回のミリタリーメカシリーズでは、世界初のロケット戦闘機「メッサーシュミット Me163コメート(ドイツ語で彗星の意味)」をご紹介します。(^O^)
Me163コメートは1944年5月、第二次世界大戦中にドイツが実戦投入したロケット戦闘機です。
第二次世界大戦中に開発されたロケット兵器といえば、ヴェルナー・フォン・ブラウンが開発し、ロンドンを襲ったV-2ロケットがあります。
実は、このMe163コメートは、そのロケットの開発資源をプロペラ式戦闘機のエンジンに搭載するという構想から誕生しました。
終戦までに400機が生産され、連合軍の爆撃機の迎撃などにあたりました。
連合軍は、Me163コメートの驚異的な上昇力と速力(最大速度時速960km)そして重武装(30mm機関砲2基)に度肝を抜かれました。
しかし、飛行時間が極端に短い(8分ほど)うえに、ロケットエンジンに対応した滑走路がある飛行場が限定されていたため、連合軍はMe163コメートが配備されている基地を避けるようになりました。
このため、Me163コメートは敵機と交戦することさえできなくなりました。結局、戦果としては爆撃機16機撃墜のみと言われています。
また、当時はロケットエンジンの信頼性も低く、爆発や故障による不時着、墜落が絶えませんでした。
調べていて信じがたいと思ったのですが、Me163コメートは飛行時の重量を少しでも軽減させるため、離陸後は車輪を脱落させていました。
着陸のときは、なんと胴体内に収納していた橇(ソリ)を引き出して着陸していました。この橇は胴体下に1本だけで形状が細くされていたため、当然着陸時のバランスが悪く事故を多発させていました。
しかも、橇ですから当然自力で移動することができず(専用のトラクターでけん引していた)、着陸後は格好の標的となりました。
このように欠点だらけのMe163コメートでしたが、搭乗員たちは高速飛行性能を非常に高く評価し、さまざまな欠点も「悪女の魅力」として本機を愛好したようです。(;^ω^)
本機は、実戦では残念ながらほとんど戦果をあげることはできませんでしたが、戦後のロケット開発に大きな影響を与えることになります。
ちなみに、日本軍は潜水艦で持ち帰ったMe163コメートの設計資料をもとに、1945年7月、試作機のみであったもののロケット戦闘機「秋水」を開発しました。
これ見た目Me163コメートにそっくりです。さすがコピー大得意の日本です!資料はドイツから持ち帰る途中で、アメリカ軍の潜水艦攻撃を受けてかなり失ってしまったのにもかかわらずです・・・。
今回の記事はYoutubeの動画も参考にしました。
形が丸っこくて尾翼もない飛行機で、なんとも愛嬌がある戦闘機に思えます。(^_^)
次回の「ミリタリーメカシリーズ」では、ドイツの戦車を取り上げようかと計画しています。