平均気温が徐々に上がり、厄介なことに花粉が飛び始めた。
3年ほど前、東京生活を始めてしばらくたったころに花粉症を発症し、
現在も喉と目のかゆみに悩まされながらこの記事を書いている。
季節の変わり目というのは、とかく色んなもののバランスが崩れやすい。
発注を担当しているソフトドリンクは、在庫と店頭の商品と売れる数のバランスが取れず、
その微妙な判断に頭を悩ませている。
体調だってそうだ。花粉症に加えもとより季節の変わり目に体調を崩しやすい。
そして人の心も、この時期になるとよく揺らぐ。
自分含め、周りで大小いくつかのトラブルが起こっている。
それもこれも季節の変わり目のせいだ!などと言うつもりはないが、
少しくらい責任転嫁したっていいだろう。
こうやって文字にして言葉を伝えることは、実は簡単なようで難しい。
人は会話をするとき、表情やしぐさ、口調、声のトーンやイントネーションを無意識に使い分け、
より的確に意思や情報を伝えようとする。
前述した全てが封じられた文字での意思伝達は、当然ながらトラブルの温床にもなり得る。
文字での会話は、受け手側の姿勢が通常の会話以上に重要になってくる。
受け手側次第で、どんな解釈もできてしまうからだ。
実は繰り返して言うほど大したことではないのだが、
何となく文字を扱っているといつの間にか失念していることがある。
もしくは、最初から念頭にないことだってある。
この『意識の欠如』が近年大きな問題になっているネットでのトラブルの元凶であることは間違いない。
しかし、当の本人たちには意識が欠如している自覚はない。
わかっているつもりになっている。
これが一番危ない。
もちろん通常会話でもトラブルは起こる。これもまた自明の理。
人間に個性がある以上合わない人間が出てくるのは必定であり、
この個性の差から生み出される軋轢が、皮肉にも人間みな兄弟みなナカマという薄っぺらい絆のニセモノがはびこるのをギリギリのところで食い止めてくれている。
仮に人間みな兄弟であったとしても、こんな大所帯の兄弟に軋轢が生じないわけはない。
少し考えればわかることだ。
人間関係なんていう矛盾だらけの不安定な環境をそれらしく整えようとすると、どうしてもうまく思っている位置に収まってくれないやつが出てくる。
そいつに対して何を思うかは人によるだろうが、
環境を整理すべくそいつに攻撃を仕掛けてしまうと、それが崩壊の序章となる。
長らく友達だと思っていたやつから急にキツイ言葉を浴びせられる、
という経験をしたことがある人も多いだろうが、
それはそいつが自分の思った通りの形になってくれないものをぶっ叩いて変形させようとしているのだ。
もちろん大人しく変形してやるもよし、猛反発してやるもよし。
ひとつ言えることは、「叩いて変形させる」なんて手段を平気で友達にとるやつは、
割とロクなやつじゃない。
時に言葉より行動が勝ることがある。
行動は百ほど束ねた言葉よりも強く、それゆえにタチも悪い。
先日、女子プロレスにおいて割と大きな事件と言うか騒動があった。
詳細は割愛するが、この騒動は『行動』がもたらしたものだ。
思いのたけを全て行動・行為に反映させることは、
まさにハイリスク・ハイリターン。
うだうだ言うよりもまず行動!というハタ迷惑なことを言ってくる奴は、割と多い。
他人にハイリスク・ハイリターンの道を強制するという、とんでもないことをさらりとやってのける。
そこに痺れる、憧れる。もちろん嘘だけど。
どうしようもなく落ち込む時だってもちろんある。
自分を省みて改善点を捜すのも大事だが、
たまには責任転嫁してしまうのも大事だったりする。
うまくいかないのは周囲が邪魔をするせい。失敗するのは環境のせい。
うまい具合にどうしようもない次章に責任をなすりつけることができたら、
もうちょっと肩の荷も軽くなるはずだ。
そればっかりになるのは最悪だけれども。
もっと気楽に行こう。気楽に。
言葉も心も人も、ほんっとにややこしい。めんどくさい。邪魔くさい。
23年しか生きてないひよっこでも、もう全てを投げ出したい!と思ったことは一度や二度ではない。
なんでこんなめんどくさいことばっかやんなきゃいけないの?と思うこともある。
それでも生まれてしまったからには先へ進むのが『世界』の義務だし、
悪いことばっかじゃないから、この先に待ってるいいことを見てみたいからゆっくりでも歩こうという気になる。
何の因果か人生なんていうまきびしだらけの道を何十年も歩かされることになって、
もういい加減足の裏がぼろぼろだわーもう歩けないわー歩きたくないわー、となった時に、
それまで血にまみれながらも踏みしめて来た道を振り返って、
よく歩いたなぁ、お疲れ自分。
と最終的には自分を慰めてやれるような、そんな人生になったらいいなと思う。
気楽に行こう。
3年ほど前、東京生活を始めてしばらくたったころに花粉症を発症し、
現在も喉と目のかゆみに悩まされながらこの記事を書いている。
季節の変わり目というのは、とかく色んなもののバランスが崩れやすい。
発注を担当しているソフトドリンクは、在庫と店頭の商品と売れる数のバランスが取れず、
その微妙な判断に頭を悩ませている。
体調だってそうだ。花粉症に加えもとより季節の変わり目に体調を崩しやすい。
そして人の心も、この時期になるとよく揺らぐ。
自分含め、周りで大小いくつかのトラブルが起こっている。
それもこれも季節の変わり目のせいだ!などと言うつもりはないが、
少しくらい責任転嫁したっていいだろう。
こうやって文字にして言葉を伝えることは、実は簡単なようで難しい。
人は会話をするとき、表情やしぐさ、口調、声のトーンやイントネーションを無意識に使い分け、
より的確に意思や情報を伝えようとする。
前述した全てが封じられた文字での意思伝達は、当然ながらトラブルの温床にもなり得る。
文字での会話は、受け手側の姿勢が通常の会話以上に重要になってくる。
受け手側次第で、どんな解釈もできてしまうからだ。
実は繰り返して言うほど大したことではないのだが、
何となく文字を扱っているといつの間にか失念していることがある。
もしくは、最初から念頭にないことだってある。
この『意識の欠如』が近年大きな問題になっているネットでのトラブルの元凶であることは間違いない。
しかし、当の本人たちには意識が欠如している自覚はない。
わかっているつもりになっている。
これが一番危ない。
もちろん通常会話でもトラブルは起こる。これもまた自明の理。
人間に個性がある以上合わない人間が出てくるのは必定であり、
この個性の差から生み出される軋轢が、皮肉にも人間みな兄弟みなナカマという薄っぺらい絆のニセモノがはびこるのをギリギリのところで食い止めてくれている。
仮に人間みな兄弟であったとしても、こんな大所帯の兄弟に軋轢が生じないわけはない。
少し考えればわかることだ。
人間関係なんていう矛盾だらけの不安定な環境をそれらしく整えようとすると、どうしてもうまく思っている位置に収まってくれないやつが出てくる。
そいつに対して何を思うかは人によるだろうが、
環境を整理すべくそいつに攻撃を仕掛けてしまうと、それが崩壊の序章となる。
長らく友達だと思っていたやつから急にキツイ言葉を浴びせられる、
という経験をしたことがある人も多いだろうが、
それはそいつが自分の思った通りの形になってくれないものをぶっ叩いて変形させようとしているのだ。
もちろん大人しく変形してやるもよし、猛反発してやるもよし。
ひとつ言えることは、「叩いて変形させる」なんて手段を平気で友達にとるやつは、
割とロクなやつじゃない。
時に言葉より行動が勝ることがある。
行動は百ほど束ねた言葉よりも強く、それゆえにタチも悪い。
先日、女子プロレスにおいて割と大きな事件と言うか騒動があった。
詳細は割愛するが、この騒動は『行動』がもたらしたものだ。
思いのたけを全て行動・行為に反映させることは、
まさにハイリスク・ハイリターン。
うだうだ言うよりもまず行動!というハタ迷惑なことを言ってくる奴は、割と多い。
他人にハイリスク・ハイリターンの道を強制するという、とんでもないことをさらりとやってのける。
そこに痺れる、憧れる。もちろん嘘だけど。
どうしようもなく落ち込む時だってもちろんある。
自分を省みて改善点を捜すのも大事だが、
たまには責任転嫁してしまうのも大事だったりする。
うまくいかないのは周囲が邪魔をするせい。失敗するのは環境のせい。
うまい具合にどうしようもない次章に責任をなすりつけることができたら、
もうちょっと肩の荷も軽くなるはずだ。
そればっかりになるのは最悪だけれども。
もっと気楽に行こう。気楽に。
言葉も心も人も、ほんっとにややこしい。めんどくさい。邪魔くさい。
23年しか生きてないひよっこでも、もう全てを投げ出したい!と思ったことは一度や二度ではない。
なんでこんなめんどくさいことばっかやんなきゃいけないの?と思うこともある。
それでも生まれてしまったからには先へ進むのが『世界』の義務だし、
悪いことばっかじゃないから、この先に待ってるいいことを見てみたいからゆっくりでも歩こうという気になる。
何の因果か人生なんていうまきびしだらけの道を何十年も歩かされることになって、
もういい加減足の裏がぼろぼろだわーもう歩けないわー歩きたくないわー、となった時に、
それまで血にまみれながらも踏みしめて来た道を振り返って、
よく歩いたなぁ、お疲れ自分。
と最終的には自分を慰めてやれるような、そんな人生になったらいいなと思う。
気楽に行こう。