「タバコは百害あって一利なし!なんにもいいことがないし体に悪いし金がかかるし最悪!やめるべき!」と、嫌煙家は口を揃えて言う。

が、それは嘘だ。

多大なるリスクはあるが、タバコを吸う=喫煙者になることで得るものは多くある(あえてメリットとは言わないが)。

個人的に一番大きいと思うのは、『喫煙者の気持ちがわかるようになる』ことだ。
かつて喫煙者になった時、あまりの肩身の狭さに驚いた。
喫煙所は少なく、歩きタバコは罰せられ、飲食店では白い目で見られる。
そういう逆境にさらされながらもタバコを手放さない、あるいは手放さないのが喫煙者だ。
この世の中で喫煙者は年々マイノリティになりつつあるが、
嫌煙家並びに非喫煙者の皆様においては少し喫煙者の気持ちも汲んであげてほしい。
彼らも割と大変なのだ。
もちろん喫煙を推奨しているわけではないので誤解なさらぬように。

冒頭からタバコの話で煙たい限りだが、
別にタバコの話がしたかったわけではない。
仕事でタバコの補充をしているときにふと思いついたネタを、文章に起こしてみただけの話だ。
案外この文章起こしというのは大事である。
どんなことでも、文章にしてみるのとみないのでは大きな違いがある。

例えば。
ものすごくキュンキュンする恋物語のワンシーンを思い浮かべたとする。
ああ、このシーンをクライマックスに持って来れば面白い物語になるぞ、と思う。
が、実際書いてみるとそうはいかない。

頭の中に浮かんだもの、浮かんだことをそのまま文章にするというのは、実はとても難しいのだ。
文章力はもちろん語彙力や表現力など、必要とされる能力は数多い。
ならそれをどう鍛えればいいのか?
一番いい方法はこうやってブログを書くことだ

内容は何でもいい。
日記でもふと思いついた疑問や言葉でも連載小説でもアニメやゲームのレビューでも何でもいい。
ただ文章を作成しながら考えるというこの工程がもたらすものは非常に大きい。
我々物書きはそのことを身をもって感じている。

よくTwitterで考えをまとめるために連投している人がいるが、
それよりもブログに書く方がよっぽどうまくまとまる。
もちろんブログにはブログの制約や不便さがあるけど、
Twitterを不毛な連投でまとめるぐらいならブログ書けばいいのに、とよく思っている。


このブログ記事を読んで何か思うことがあれば、まずそれを自分のブログに書いてみてほしい。



※8/27:追記

この記事の投稿後に、Twitterでブログを書くことについて短いやりとりがあった。
そこで言ったことを以下に追記しておく。


上記の通り何か思ったことがあれば自分のブログに書いてみてもらいたいのだが、
クローズのブログや日記では意味がない。
オープンなブログに書くことで、「伝えるための文章」を考える力を養うことができる。
ぜひ、人に伝えるための文章でブログを書いてもらいたい。
その気があるならば、その記事を公開しURLでもなんでもコメントでいただければ幸いだ。
書く楽しみと読む楽しみ、両方を味わえれば、これからの執筆意欲がわいてくるのではないだろうか、という考えだ。

まぁ要するに、鍵付きの日記に書いても意味はねーよ、ってこと。
オープンにいこう。
『忙殺される』というのは、非常にいい言葉だ。
言ってしまえば『死ぬほど忙しい』という意味でしかないのだが、
受け身の言葉にしてしまうことで否応なしに要件や仕事が押し寄せてくる、
自分の力では如何ともしがたい状況をうまく表現できる。
さらに、世の中で大抵『死ぬほど』と形容される事柄は実際は死なないようなことであることが多いが、
あまりにも忙しければ本当に死ぬ可能性があることも、この言葉の説得力に厚みを持たせている(同様の例に『死ぬほど暑い』などが挙げられる)。

なぜ『忙殺』などというワードを今回のブログの書き出しに選んだか。
それは、たまたまTwitterでそのワードを目にした瞬間に、この書き出しの文章を閃いたからだ。

日常は、注視すると発想の宝庫である。
前に書いた日差しの話もそうであるし、見た夢の記憶なども発想のキーとなり得る。
日常で見かけた光景をどのように文章にしようか、とすぐに考えてしまうのは、
全ての物書きの『性(さが)』とも言えるものではないだろうか。

だとしたら。

ふとした感動をいかに交互にするかと考えている我々物書きは、
考えようによってはものすごく傲慢な人種だとも言えるのではないだろうか。

このブログ、書き出し以外は考えながら書いている。
行き当たりばったりの文章だ。
たまにはこういうのも、悪くない。
気がつけば7月ももう後半。
台風と共に鬱陶しかった梅雨が去り、いよいよ本格的に夏が始まる。
私はというと、つい先日--この三連休の初日、土曜日。
冷房の効いたコンビニ店内にいたのに、目が回るほどの忙しさで大量の汗を流しながら店内を駆け回り・・・
結果、軽い熱中症になってしまったようだ。
そのため、今日の昼過ぎまで、実に3日近く頭痛が抜けなかった。
同僚はなんともなかったというのに。

思い当たるフシはある。
中学でも高校でも、夏の部活で最初にばてるのは大抵私だった。
そりゃまぁ暑さに弱い体型ではあるけど、
ここまで来ると「個人差」が影響している可能性も否定できないと思う。
つまり、痛みへの耐性とか、アルコールの強さとか、そういったものと同じように、
私は暑さへの耐性が低いのではないか、というわけである。
言い訳がましくなっているが、そう思うんだから仕方ない。
給水は大事。早め早めに。


閑話休題。


今日もまた素晴らしい天気だった。
広がる真っ青な空と、遠くに見える入道雲。
かき氷とか冷たい飲み物が入ったグラスなんかと一緒に写真を撮れば、ごくありきたりな「夏」のイメージ画ができてしまいそうな、
まぁとにかくいい天気だった。
基本的には快晴だったのだが、一度だけ薄い雲が日差しを遮り、少し曇った瞬間があった。
その瞬間、太陽の光に覆い尽くされていた風景が、空の色を吸い込んだような青色に染まった。
仕事中にも関わらず、その光景に私は息を呑んだ。
絶景でもなんでもない、ただのアスファルトの駐車場が、自然の一瞬のきまぐれでここまで美しくなれるものなのか、と。

本当はこの話、小説の中で使いたかった。
いやまぁ使うけど。
しかし感動は新鮮なうちに、と思ったのでここに書いておいた次第。

つい鈍りがちな「感動する能力」、
この夏に鍛え直しておくのもいいかもしれない。