"震災の傷跡”どころか、未だに家族の消息がわからない方も大勢おられ、
復興という言葉を口にしてよいのかどうかとまどってしまいます。
無関係のような顔をして毎日を過ごす自分が後ろめたくもあり、
でも、募金以外にこれと言って、今は何もできない自分を素直に認め
ここぞという時に頑張れるように健康に気をつけて、
元気と勇気をチャージしながら、いつも通り過ごさせて頂いている毎日です。
さて、テレビでは、震災の事もそうなのですが、とにかく放射能の事が大変話題になっています。
当然ですよね、これはきっと、誰も想像し得なかった?由々しき事体だからなのです。
先ほどNHKのニュースで、東京23区とその周辺都市では
水道水を乳児には飲ませないようにと、東京都から発表が出たと報道されました。
乳児に飲ませてはならない水を、私なら、とっくに乳児ではないうちの長女にだって、
絶対に飲ませたくないと思ってしまいます。
私自身だって、できることなら飲みたくないと思うでしょう。
国や各メディアは、特に放射能の問題には、
「冷静に・・・」「パニックにならずに・・・」と繰り返しています。
ほうれん草を○○g食べたって大丈夫、だとか、
「直ち(今すぐ)に健康に害を及ぼすものではない」だとか、
安心させるために必死になって報道しています。
でも、こうやって、「大丈夫だ~、大丈夫だ~」と連呼しながら、
一方で「水道水を小さな子どもに与えてはダメ」だとか、とても怖いことを言うのです。
そのギャップが大変不気味で、だからよけいに心配になり、勘繰ってしまうのです。
「放射能汚染が怖いから、私は報道されている以上に用心して、自分と家族の身を守る!」と
声高に言ってはいけない雰囲気がある気がしてならないのは、私だけなのでしょうか・・・?
「何言ってるんだ?国があんなにも大丈夫って言っているじゃないか!!
そうやって騒ぎ立てる人がいるからパニックにつながるんだよ!」」
朝の某情報番組のメインキャスターが、街の声に怒りをあらわにしながら、そんな事を言っていました。
でもね、家族の健康を守るためには何だってするっ!って気概で生きている私たち母親までも
不安な気持ちを押し殺して、気にしないふりをして過ごしていなければいけないのでしょうか・・・?
買占め、買いだめの事にも、少し思うことがあります。
被災地に送れなくなるほど、他の人の分まで独り占めして買占めるのは、
これはどう考えてみてもおかしいと思います。
本当は、常日頃から災害時に備えて、ある程度必要な物を備蓄し、
懐中電灯なども電池切れになっていないかチェックしておくべきなのです。
そんな事はいつだって、みんなきっとわかっている・・・。
でも、それを完璧に行えている家庭なんて、本当はそんなに多くはない。
東日本であんな大惨事となり、ビックリして急いで電池を買いに走り、
トイレットペーパーやオムツやミルクを、普段より少し多めに買いに走ることは
それは、『買占め』ではなく、『備え』なのではないのかなぁ?と・・・。
トイレットペーパーの買い置きがなくなったから、買って両手に抱えて帰宅して
テレビをつけるとキャスターが、「買占めは絶対にやめて下さい!」と言っている。
被害妄想なのかもしれないけれど、なんだか恥ずかしいことをしている気になってしまう・・・。
でも、いざという時にすぐに備蓄がなくなって困った事になる前に、
備えておくことは必要なのではないのかな・・・。今はそれをしてはいけないタイミングなのかな・・・。
私が住む大阪では、電池以外のどの物資も、特に品薄になって手に入らなくて困ることもなく、
販売する小売店だって、『お一人様○パック』みたいな制限をかけるでもなく、
普通に、いいえ、よく売れるからだろうけど、いつも以上に堆く山積みされて売られている。
残念ながら、普段から災害時の備えをやってこなかったなら、
せめて今、恐怖を目の当たりにしたこんな時だからこそ、
防災を意識して、必要な物を節度ある量を、買い揃えたっていいんじゃないのかな・・・。
私の言っている事はおかしいのだろうか?
きっと、住んでいる場所の置かれた状況によって違うのだろうとは思う。
この先はきっと、水の買占めが起こることでしょう。
私は怖がりな性格だから、年に一度は防災物品をチェックしているし、
水もある程度は備蓄してあります。
でも、今日、あの水道水のニュースを聞いて、
ペットボトルの水を買いに走る人を見ても、
責める気持ちにはどうしてもなれません・・・。
本当に大切なこと・・・。
平静を保つため、心に浮かんだ恐怖や疑問からあえて目を背けることではなく、
パニックにならず冷静に、真実を見極め判断し、身を守るために自分で備えること
それが一番重要なのだと、私はそう思うのです。