♪ 戦前にも「庭園を楽しもうとした視覚障害者がいた」という記事をみつけた。 | 京都盲唖院・盲学校・視覚障害・点字の歴史

京都盲唖院・盲学校・視覚障害・点字の歴史

視覚障害教育の歴史を研究しています。京都盲唖院、古河太四郎、遠山憲美、鳥居嘉三郎、石川倉次、好本督、鳥居篤治郎、小野兼次郎、斎藤百合、エロシェンコ、楽善会、雨宮中平、点字

 大阪朝日 昭和10年8月15日 (漢字は現行のものに変更)

  心眼で名園〝観賞〟 盲人四人が揃つて 神戸から金沢兼六園へ

天下の名園の名を慕ひ遠くは九州辺りからまで兼六公園に杖をひく人はひきも切らず終日観賞逍遥する人で賑はつてゐるが十四日朝は四人の盲人がわざわざ神戸から名園を観賞すべく訪れて来た、この人達は神戸林田区二葉町神戸鍼按学校教諭岡崎與三吉さん、亀屋庫五助さんたちで夏季休暇を利用して各名所旧跡を訪ね十四日朝山代温泉から来沢したものである

 兼六公園はどんな工合ですかと逆に質問して見ると山崎山の芭蕉の日を撫しながら憮然として「心理的に申しますなら一木一草の香にも名園の古雅な味にうたれます、一石の配置、配水の妙味も枯淡なゆかしさをしみじみ感じます」

と語つて「今日はこれから市内の盲唖学校を訪ね夜行でまた山代に帰ります」(金沢)