京都空襲・京都盲唖院史料 | 京都盲唖院・盲学校・視覚障害・点字の歴史

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視覚障害教育の歴史を研究しています。京都盲唖院、古河太四郎、遠山憲美、鳥居嘉三郎、石川倉次、好本督、鳥居篤治郎、小野兼次郎、斎藤百合、エロシェンコ、楽善会、雨宮中平、点字

京都にも複数の空襲があった。その内、西陣への爆撃については、老舗「山中油店」さんが、今も爆弾の破片を表通りに面して展示なさっている。ここは、京都盲唖院を創立した古河太四郎の生れた寺子屋・白景堂の目と鼻の先だ。ごく近い。
http://www.geocities.co.jp/HeartLand-Renge/3393/kusyu.html

一たびは原子爆弾の投下目標地ともされた京都。結果として除かれたのは、文化財保護のためではなく、他の政治的理由だった・・・。・・・原爆や大空襲にみまわれなかったことが「京都盲唖院史料」を消失させなかったとは言えよう。まぬがれた喜びとしてでなく、戦を拒否する意思を添えて、そう思う。