161 史料「拝領の御杖に咽ぶ感激」昭和18年・信濃毎日 | 京都盲唖院・盲学校・視覚障害・点字の歴史

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     拝領の御杖に咽ぶ感激
        パッと心眼が開いた
         戦盲勇士に漸く春の訪れ
                昭和18年4月21日・信濃毎日

【須坂】戦盲勇士が心眼を開く春の訪れ-昭和十四年中支戦線で両眼を祖国に捧げ失明したが屈せず強く生き銃後に再起奉公しようと悲壮な決意に燃え雄々しく東京盲学校失明傷痍軍人教育所で二年八ヶ月蛍雪の修業を積み去る廿日東條首相から激励の訓示を受て卒業した上高井井上村福島出身I一等兵は卒業記念に北白川宮妃殿下御手づから賜はつた杖若宮様から興亜の人柱として御散華遊ばされた御父永久王殿下御伝記本庄軍事保護院総裁の銭箱、揮毫鍼灸錬成会顧問菊池寛氏の色紙など沢山の土産に開業準備の品々を買ひ整へて東京に勤めてゐる弟S君(二四)に付添はれてこの程懐しの吾家へ帰つた、一日千秋の思ひでこの日を待つてゐた母親Tさん(五八)は誰よりも喜び涙さへ浮かべてゐた、I一等兵は昨年八月亡くなつてゐるお父さんの霊に報告

 「眼は見えなくもお蔭様で銃後の一人として立派に起てるやうになりました、お母さんはお引受けしました、第一線にご奉公できないのが何より残念です」

また目下大陸に活躍中の兄H上等兵へも知らせた、I君は感想を次の様に語つた

 「一時は光りを失ひ顧みれば涙の二年八ヶ月でありました、卒業に際し深き御仁慈を賜つてゐる北白川宮様へ御礼言上にお伺ひいたしました処、杖等をお祝ひに頂き、尚帰る時御玄関前まで大妃殿下を始め皆様でお送り下され無上の光栄に浴し私如きものがこんなにして戴くかと思つたら急に心が明るくなりました」【写真は宮家から贈られた杖と東條さんからの祝の品白木綿三反をお母さんに見せるI君 略】