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密教僧のブログ

幸せになる人間と不幸になる人間は何が違うのか。目に見えない世界の法則を密教僧が解き明かします。

第三の目(サードアイ)は眉間のちょっと上のくぼみあたりにあります。よく「第三の目が開く」と言いますが、パッチリ開くのではなく、今までになかった皮膚感覚が生まれてきます。第三の目、つまり第6チャクラが活性化すると、肉眼では知覚できないビジョン系の能力が発達して、透視、遠隔視(リモート・ビューイング)などができるようになります。

私のやり方はカンタンです。


(1)アファメーション(宣言)
第三の目は厳しい修行を積まなければならないとか、時間がかかるという先入観は捨て去りましょう。自分にはできない、ムリだという考えは能力の開花を妨げます。「私に限界はありません。私の能力は無限大です」と毎日強く念じてください。自分の潜在意識へのすり込みが最初の一歩です。

(2)呼吸法・瞑想
心落ち着く場所で行ってください。1から5まで心の中で数えながら、ゆっくりと息を吸い込み、お腹(丹田)をふくらませます。そこで1から3まで、呼吸をとめます。そして、1から10まで数えながら息を全部吐き出します。(5セット)


呼吸法を行った後で、目を閉じて瞑想をします。座ってもいいし、横になってもかまいません。無念無想で、ただし自分の意識を第三の目に置きます。(5~10分)


呼吸法の回数と瞑想時間はあくまで目安です。好きなだけやってください。毎日続けると進歩が早いです。

第三の目が活性化してくると…
眉間のあたりを指で圧されている感覚、くすぐったかったり、ぴくぴく痙攣したり、今までになかった皮膚感覚がでてきたら、まちがいなく第三の目が開きつつあります。そのうち目を閉じていても白い光が見えたり、鮮やかな光の粒子がくるくる回るのが見られるようになります。

第三の目の限りない能力とは…
エスパーカードの透視ができるようになったぐらいで喜んではいけません。上には上の段階があるのです。そのプロセスをご紹介します。


1 天眼通
開封されていない手紙、ドアの向こうの出来事、地球の反対側の出来事まで見えるようになります。この段階で見えるのは、テレビのような2次元的な映像です。

2 慧眼通
 ・「多眼」が開くと、物体を一度に多方面から立体把握できるようになります。また体の中のすみずみまで内視できます。
 ・「析眼」が開くと、見ると同時に、見た対象物の本質的な情報をキャッチします。
 ・「追眼」が開くと、前世の出来事や風景を見るようになります。
 ・「予眼」が開くと、未来の出来事が見えるようになります。

3  法眼通
見るだけで、何かに作用することができるようになります。
たとえば、スプーンを見ただけで曲げたり、物を見るだけで移動することもでき、 患者を見ただけで病気治療ができます。

4 佛眼通
法眼は見ることで物事をコントロールしますが、佛眼が開くと見なくてもよくなります。その人がいるだけで、自動的に病人は治癒でき、不幸なカルマが解消されます。

一生のうちに、どこまで超能力を引き出せるでしょうか。人間は全脳細胞の3%程度しか使っていないといいますが、3%だけでもこれだけスゴイのですから、どれだけのパワーを秘めているか想像するのも難しいぐらいです。また反面、脳を3%前後しか使っていないレベルで、できる人だの、できない人だのを振り分けるのも、考えてみれば小さい話です。自分の無限の能力を信じて、豊かな人間になりたいものです。

 

 

 

第三の目を簡単に開眼する方法ですが

 

 

 

 

モルダバイト(隕石)を瞑想時、額にテープで貼って行うと、開眼が早いと思います。ものすごいパワーを秘めた石で、あまり長時間貼っていると頭がジンジンするほどです。

 


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当ブログでは、「密教僧考案商品」「全脳エネルギー変換のための音楽」の他にも、読者の方が、コメント欄で良書などを紹介されております。偽物が多く出回る世の中で、貴重な情報でございます。
よいものはよいものとして、今後もご紹介していきたいと存じます。他にもよい書籍、商品などございましたら、遠慮なくコメント欄でご紹介下さい。本当に徳、力のある先生のご紹介でも結構です。(本物に限ります。)私も確認し、本当によいものであれば記事で、ご紹介させて頂きたく存じます。※波動の悪いコメント、情報は反映できませんので、ご了承下さい。


 

 

 

人は自分で気づいていなくとも、心に多くの傷を負っていて、それが体に影響を及ぼしたり人間関係に悪影響を及ぼしたりすることがあります。

慢性的な病のほとんどはこの心の深いところの傷が影響しており、体を治しても心が癒されないとなかなか治らない場合があります。

嫌なことがあると、嫌なことを考え、嫌なことがあるとまた起こる。そんなときに「ありがとう」と言うと、その不幸の連鎖が切れるのであります。


これはシンプルですが、人生の深遠な智慧です。本当に深遠で大事なことはとてもシンプルなものだと思います。

でも、あまりに心の傷が深いとその言葉を心のなかで言うこともできない程の場合もあります。


自分の力でどうにもならない場合は、以前紹介した「カルマを焼き払う強烈な力がある秘石」など

持つと、急激に運勢が良くなりますが、なかなか手に入るものではありません。手に出来た人は、幸運ですが


「因縁を消滅させ運命を変える秘法セット(霊石・霊音CD)」などを持つと、過去からの因縁は相当、軽減され運勢が良くなります。※ヤフーで出品されているものです。


また、上記のような道具に頼らなくとも、お金をかけずに、悪い因縁を切る方法は、「光明真言を1000遍」「ありがとう100万遍」唱えるのも良いでしょう。

※ただし、気持ちを込めて唱えないとあまり効果はありません。うわべだけ、口先だけで唱えても無意味であります。


また、波長の低い人と関わる人は、負の影響を受けて、なかなか運勢が良くならないのも事実であります。人間関係は非常に大事であります。誰と関わるかで、大きく運気が変わるのであります。 ※企業なども波長の低い・意識の低い人間が集まると確実に、会社は潰れるのであります。


人を許せない人は自分を許せない人だと言います。なので自分が嫌いな人は人を本当には愛することができません。

心に許しがもたらされると愛が受け入れられるようになり、心に静けさが訪れ普通に生きていられることのなかに感謝や幸福感を感じられるようになります。

り返される「因縁」から来るさまざまな出来事のほとんどは、すべて過去世、または先祖の行いから来るものです。

因縁(カルマ)は消えない限り


因縁によって起こる出来事は何度でも、同じようなことが繰り返され、解消されるまで同じパターンが起こり続けます。

何か不運なことが起こったとしても、その時点でカルマは解消されているので、それを恨みに思ったり、失望したりたりしないでください。

それを変に「なんで自分がこんな目に合わないといけないのだろう、と思ったりするとパターンは消えないのです。

死にいく人にとっては、末期の水はありがたいものです。


昔は、家で亡くなる方が多かったので、末期の水といって、水が飲めないような状態でも脱脂綿かガーゼに、水を浸して口を潤してあげたものです。そうすると、亡くなる人の体内に、一滴でも二滴でも水が入っていくわけです。臨終を迎えた人には、それはそれはおいしいと感じるものなのです。


ガーゼを小さくたたんで水に浸し、これを絞って唇の上にたらしてあげると、赤ちゃんがおっぱいを吸うようにして飲みます。口も何もきけないような状態でも、水だけは受け付けてくれます。


ただ、現在は病院で亡くなる方がほとんどですから、こうした習慣がだんだん見られなくなりました。

それでもやはり今、死にいく人にとって、末期の水は大変ありがたいものですから、してあげたいものです。


生命は水から誕生したといわれます。死にいく人が、あれほどまでに水を喜ぶのは、水が命ある人間の原点であるからでしょうか。ですから、末期の水をさしあげて送ってあげるべきだと思います。どうしてもできないなら、亡くなった後でもいいので、してあげて下さい。


霊安室に安置されたときは、コップ一杯のお水を必ずお供えしましょう。


時々故人の霊は、現世に戻り、残された家族の様子を見ています。

ですから、現世にいる私たちが、お墓や仏壇の前で、手を合わせながらいろいろな事を報告しなくても、故人は自分が大事に思っている家族の状況を理解しています。


しかし、私たち自身が報告する事によって、故人は愛情を表現されたと感じる事ができるのです。

たとえば、亡くなったおじいちゃんの孫が、受験に合格したとします。

帰ってきた孫が仏壇の前で、合格を報告してくれたら、おじいちゃんは、「この子は、自分のことを忘れていなかったんだ」と嬉しく思うのです。ですから、わかっているとしても、こちらから報告することは無駄なことではないのであります。

敷地が道路よりも下にある地所は、家相上よくありません。道路よりも低いところや階段の近辺には、浮遊霊がたむろしやすいのです。

仏様というのは、地中の中に埋められますが、そこが一番安住できる場所なのです。
それが、実際、供養してくれる人がいない霊の場合、本当は大地の中にいたいのに、それができずにふらふらとさまよいつづけ、そのあげくに浮遊霊となってしまい、人間にとりついては、「寂しい、寂しい」と訴えつづけ、何か障りをもたらします。
浮遊霊を避けるために、家は道路より上のほうに建てるべきです。
人間は、あたたかい布団にくるまれると、静かで落ち着いた気持ちになり、安心するものです。

浮遊霊には、そんな安住の場所もなく、いつも道路の低いところ低いところと行きたがります。低いところほど浮遊霊にとって落ち着いた気分になれるものなのです。

心霊写真などによく現れる浮遊霊は、低い土地の、しかも丈のあまりない草のなかにいることが多く、そのあたりにたむろしていますが、この事からも浮遊霊の性格を知る事ができるでしょう。
階段をコンクリートにすると、浮遊霊も住心地が悪いために敬遠します。低い場所を利用して家を建てる時には、まず、人工的にコンクリートなどでしっかりと固め、土の部分や自然の環境を残しておかないほうが いいでしょう。
それよりも、できるならば、道路よりも低い土地に家を建てないほうが無難なのであります。
土地を選ぶ時、田んぼを埋めたすぐ後の土地は避けるのが賢明です。田んぼには水がつきものですし、水のあるところには、動植物がたくさん住みつきますので不成仏霊の巣となり霊障をもたらす事があります。

そのような場合、何か腰が抜けたような感じに襲われたり、家中みんなの体調すぐれなくなる事があります。

このような場合には、お酒を薄めて、少しずつ家の建っている地面にかけてやる事です。そして「居心地が悪いでしょうが、私たちを守って下さい。」とお願いする事です。


霊と水との関わりにはとても深いものがあります。成仏していない霊がさまよう時、たいていは土の下や水のある湿った場所に行きたがるので、そのような土地を購入する時には、十分に霊を鎮める処置をしてから家を建てるべきであります。


私達を守ってくれるのは死霊だけではありません。

生霊というと悪いイメージをもつ方もおりますが、生霊もすごいパワーを発揮してくれるのです。

人間関係のなかで、生霊となってつく守護霊は母子に関わるものがもっとも多く、ほとんどがそれだと言っても過言ではないほどです。


子を思う母親の念というのは非常に強く、生霊となって息子にしっかりとりついているという事はたくさんあります。


あるお母さんが、常に息子さんの事を案じ、無事を念じ、生霊となって交通事故から救った例など

母親の愛情が生霊にまでなってわが子を救うという話は、たくさんあるのです。


霊には死霊と生霊があります。

二つの霊の違いですが、死霊は死んでいる霊が、私たちにいろいろなメッセージを送る時に出てくるのであります。ときにそれらは、悪い動作をする場合もあります。どうして悪い動作、つまり、霊障になる行動に出るか、それは生きている人間が霊に対して悪い行為をしたからか、または、現在もしつづけているからなのであります。


生きていた時に受けた、いじめや虐待に対する恨みつらみを、霊になってからもそのまま抱いて霊の世界に入ると、霊は霊障によって現世での仕打ちの酷さを訴えたりします。そのような怨念を抱いている霊は、霊界に入っても、なかなか成仏できません。


そして、現世で酷いいじめ、虐待をした当の本人に対し、様々な恨みつらみを投げつけてくる、それが霊障をもたらす死霊です。


一方、死霊の中には、守護霊として日夜私達を守ってくださる、ぜひついて欲しい霊もいます。守護霊となって現世にいる私達を守って下さる霊は、霊界では幸せな状態にいます。先祖供養をしっかりやってもらっている霊は、現世の人を助けられるだけのエネルギーをもっているのです。



生霊ですが、これは現世に生きている人が生きている人につく霊です。その一つは、相手に対して恨みつらみをもつあまり、恨みを抱いている相手につく霊です。もう一つは、恨みつらみとは逆に、ある特定の人を心配したり、愛情を抱いているために念を送り、それが生霊となるケースです。


愛情で生霊がつく例としては、親が子供を思うときなどがそれです。寝ても覚めても息子の事が頭から離れない、そんな時に母親の霊が生霊となり息子につきます。親のパワーが常時子供のところにいっていると、その子供が親の事を何かしらのサインで感じ取ったりするのです。たとえば、何かふとした拍子に、心配する母親の声が聞こえてくるといった空耳のたぐいがそうなのであります。生霊が来ている証拠なのです。


生霊は、ついている相手に、何らかの動作で示すことが多く、その動作を空気で感じさせるのです。


生霊の動作は比較的穏やかで、いわゆるラップ現象にまで至る事はまれで、ほとんどありません。

大きい音を出すのは、だいたい死霊が多いものです。


今、日本の社会は、あらゆるものごとが二極化しています。それは、さらに進むでしょう。


お金持ち、貧困、そのどちらかふたつの道しかなく、中間はなくなりつつあります。


しかしながら、格差社会は決して悪い事ばかりではないのであります。格差があるところにはチャンスがあるのです。すべての人に成功者となる可能性が残されているのです。


では、幸福な成功者となるために必要なものは何なのでありましょうか。それは、欲望なのであります。欲望こそが人を成長させ、運を呼び、幸福、成功へ導く原動力となるのです。


幸せになりたい、精神性を上げたい、それも欲なのです。


欲望が少ない人はこれから先、貧困になる可能性が高いでしょう。これからの時代は欲望の強い人だけが成功し、社会を改善する力をもつのです。


「お金持ちになれなくても、出世できなくとも、今のままでかまわない」


昨今、そのような草食系といわれる人が増えてきているようですが、そのような考え方は、もう通用しないでしょう。自ら動かなければ何も得られないどころか、すべてを失う可能性があります。もはや現状維持という選択肢は存在しないのです。


欲望が小さいということは、エネルギーが小さいという事なのです。


他人に関心がなく、政治、経済にも興味がなく、人を好きになる事もない。一生独身でも、低い給料でも不満をもたず、自分の親を幸せにする気もない。そんな人が増えて社会が良くなるはずがないのであります。


花が大きく咲き誇りたいと願うように、人はお金が欲しい、愛が欲しい、健康で長生きしたいと願います。

人が欲望を抱く事は、ごく自然な事であり、人の欲望は、宇宙の活動の一部であるともいえます。

その事を弘法大師空海は誰よりも理解していたのであります。


閉塞感が蔓延している今の日本にこそ欲望を否定することなく、それをエネルギーにかえるという真言密教の教えが求められているのです。


弘法大師空海の残した有名な言葉で、


「貧を済ふに財を以てし、愚を導くに法を以てす」


という言葉があります。貧しい人を救うのはお金である。だからお金を儲ける事も大切で、そのためには人のもつ欲望に火をたきつける事が必要である。誰しもがもっている欲というエネルギーが、人々を救う大きな力になると説いたのであります。


もちろん欲のエネルギーは、使い方を間違えれば身を滅ぼす事になりかねない事はいうまでもありません。


ですから精神性も高める必要があるのです。





弘法大師空海が、若き日を振り返ってつぶやいた言葉であります。

 

自身の進むべき道に迷い、悩み苦しみ、その岐路に立ち何度も泣いたと「性霊集」で述べられています。

 


超人的な弘法大師様ですら「経路未だしらず、岐(ちまた)に臨んで幾度か泣く」
進むべきか、退くべきか、岐路に立った時に本当に悩まれ涙を流されたのです。

 

そうした苦悩があったればこそ成長され、悩むことによって真の道筋をたどることができたのでしょう。

 

弘法大師様は「悩む力」が推進力になるとお説きになられています。


希望というのは、根拠がなくても明るい気持ちでいることで沸いてきます。

運の良い人は、辛い出来事が続いても前向きに悩むのであります。元気でくよくよしないのです。

その精神が道を切り拓いていくのであります。

 

 

 

 

以下 孫正義さんのお言葉。

 

分野は違えど、成功される方は、信念を持っているのであります。

 

強い信念が道を切り拓いていくのであります。

 



◎高い志を持って真正面から取り組むことに躊躇すべき理由はありません。

 

 

◎人生に手遅れは無い。

 

 

◎「お前は天才だぞ」親父はいつもそう言いました。

 

 

◎「本当に何もないけど情熱だけは無限にある」と言いました。

 

 

◎「一人ででも世を一新させてみせる。」その位の志を持てば大概の困難は小さな物に見えてくる。

 

 

 

 

すべては「心」が生み出すのであります。