私たちが思考する時、ある種の電磁気的なエネルギーが中枢神経で発生するのであります。
そのエネルギーが末梢神経に伝わり、筋肉を微妙に動かして言葉となる。
言葉は音の組み合わせで出来ている。
音は音波として物質で満たされた地上の空間(空気)を伝わって他の人の耳に達するのであります。
その時、耳が捉えた音の組み合わせは聴覚神経から中枢神経に電磁気的なエネルギーとして伝わり、中枢神経は電磁気的な信号を言葉に解釈しています。
会話というのは人間相互間の情報のやり取りだけでなく、実はエネルギーのやり取りでもあります。
電波は真空中でも伝わるが、音波は空気が無いと伝わらない、人間の聴覚能力を越えて捉えることが
出来ない音が超音波であります。
人間は音波を電波にしたり、電波を音波にする装置を科学技術によって作り出し、人間の探査領域を拡大させたのであります。
一つ一つの音に良い悪いは無いが、音を組み合わせることで情報を作ることができるのであります。
情報は目的を持つので、ネガティブなものもあればポジテブなものもある。
これが言霊、真言、マントラと言われるものである。
アーと言う音声は誕生の音、創造の音と言われる。
破壊の音が「オー」であり
維持・持続が「ンー」であります。
神社の狛犬は「アー」音と「ンー」音を表現しております。
「アー」の音声は副交感神経を刺激し体温を下げ血液をアルカリ化させる力をもっております。
「オー」の音声は交感神経を刺激し体温を上げ、血液を酸性化させます。
両者をバランスさせるのが「ンー」と言う音声であります。
繰り返し繰り返し唱えられた言葉は潜在意識に定着し、その言葉が私たちの行動を導くようになる。
思いと言葉は相乗効果となって現実世界に姿を現す。
日常的にマントラを唱えることは潜在意識を変える方法であります。
※良くも悪くもであります。
言葉が宇宙法則と一体になったとき、言葉は強い力を発揮するのであります。
私たちは日常生活の中で言葉に注意し、言葉を大事にしなければならないのです。
言葉のコントロールは生活とカルマ(業)のコントロールであり、ヨーガそのものであります。
これをマントラ・ヨーガという。
真言(マントラ)のパワーの源泉
真言には、不思議なパワーが、なぜ秘められているか
分かりやすく簡単に言いますと、こういうことであります。
真言(マントラ)には、霊団が控えているということであります。
地上の人々が、真言を使って、誠の心で祈ったとき、真言を降ろした天上の霊にその誠の思いが通じ、霊の守護・指導を受けることができるということであります。
つまり「マントラ」の力の源泉は、天上の霊のパワーだということであります。
天上の霊と地上の人々との間には、「マントラが響けば駆けつける」という契約、そういう契約あると考えると分かりやすいでしょう。
平たく言えば、真言(マントラ)が、SOSの合図になっているという事であります。
真言(マントラ)を唱える時の注意点
マントラは他の言語に翻訳してしまうと力を失うのであります。
真言(マントラ)を降ろした霊の守護・指導を受けたいのならば、真言、サンスクリット語の「マントラ」を唱えなければならないのであります。
日本語に翻訳してしまうと、言葉の意味は同じでも、マントラとしては通用しなくなってしまうのであります。
例えば、
密教には、虚空蔵菩薩求聞持法という有名な修行法がございます。
一定の作法に則って真言を百日間かけて百万回唱えるというもので、これを修した行者は、あらゆる経典を記憶し、理解して忘れる事がなくなるという修行法であります。ようは天才になれると言う事であります。
虚空蔵菩薩真言
ノウボウ・アキャシャ・ギャラバヤ・オン・アリ・キャマリ・ボリ・ソワカ
日本では通常こちらが唱えられますが、こちらはサンスクリット語ではないため、いくら唱えても何の効果もないのであります。
Namo akasa-garbhaya, Om alika mali muli svaha
ナモ アーカーシャ ガルバーヤ オン アリカマーリマウリ スヴァーハー
こちらのサンスクリット語の真言(マントラ)を唱え、三密相応してはじめて霊験が現れるのであります。
以前、私のところに来た相談者が、どこかで虚空蔵菩薩真言を毎日口ずさむだけで天才になったり、運が良くなると言われたので、毎日唱えたが、何の効果もないと申しておりました。当然の事であります。
サンスクリット語でないマントラを口先だけで唱えて、誰でも幸せになってしまうのであれば、世の中の人が皆唱えるでしょう。 そして皆が幸せになってしまうはずであります。
しかし、そんなバカな話はないのであります。
サンスクリット語は、古代の聖者たちが瞑想中に、天上の霊から伝えられたもので、それぞれの音の波動が、人間の各チャクラのヴァイブレーションに対応している極めて特殊な言語であります。
ですから、真言(マントラ)をサンスクリットで唱えることには特別な意味があるのであります。
般若心経なども、「マントラ」の部分を言葉の意味が分からなくても、「ガテー、ガテー、パーラーガテー、パーラサンガテー、ボディ、スヴァーハー」と唱えていると、このマントラの霊団、すなわち地上に通信を送った天上界の仏教系の霊団の誰かが、自動的に引き寄せられてくるという仕組みになっているのであります。
ただし、マントラを唱える時に、大きな問題点がありますので、以下をよくお読みください。
真言(マントラ)を唱えた時、恐ろしいのは、その霊団の活動を撹乱しようとしている地獄霊たちも、近くに忍び寄ってきているという点なのであります。
マントラに引き寄せられるのは、それを降ろした霊団だけではないという事なのです。
密教の真言を唱えていると、天上界の密教系の霊も来るのでありますが、地獄界に堕ちた密教系の霊たちもやってくるのであります。
そして、天国と地獄の綱引きが始まるのであります。
マントラ行法を行なっている人の心の状態に応じて、どちらか一方が主導権を握るということなのであります。
天上界の霊がついてくれれば、これは心強いことでありますが、地獄界の霊に取り付かれたならば、大変なことになってしまうのであります。
そういう意味でマントラ行法には、非常に恐ろしい面があるのです。
たとえ神仏が降ろした「真実の言葉 マントラ」であったとしても、よこしまな心でそれを唱えるならば、神仏の守護・指導を受けることは決してできないのであります。
それどころか地獄霊たちに憑依されてしまう可能性があるという事なのであります。
以前の記事で、人格の伴わない者が、霊的な修行をしても無意味と申しましたが、そのような事からなのであります。
性格の悪い者が、真言を唱えれば唱えるほど、地獄の霊に憑依され不幸になってしまうのであります。
邪教(怪しい新興宗教)のお経などは、そもそもが地獄霊から伝えられた言葉であり、非常に強力な負のパワーでありますから、そんなお経など唱えようものなら、唱えれば唱えるほど、地獄霊、魔物を呼び寄せて驚くほど不幸になるのであります。一家離散、自殺、精神疾患、難病 など、ありとあらゆる不幸を、これでもかと言うほど引き寄せるのであります。
日常の行いの悪い者が、形だけの先祖供養で、お経や真言を唱えても、さらに不幸になって行くばかりであります。
私のところに、相談に来られる方のほぼ全員が、いろいろな神社、寺で開運祈願をしても効果はなく
むしろ悪くなっていると言います。また、あらゆる開運商品を購入しても全く効果が無かったと言いますが、それも上記と同様で、よこしまな心で祈願された護符などを頂いてしまったならば、開運されるどころか負の波動を持つ護符に低級霊が寄り、運気がさらに下がる事さえあります。開運商品も似たような事であります。
私も以前は、多くの開運商品を見聞きし、自分自身でも購入してきましたが、その中で唯一、心の波長を上げる訓練ができる商品が、強力願望達成・金運波動CDでしたので、このブログでも紹介させて頂きましたが、まずは、自分の心の波長を上げなければ、何をするにしても良い方向へは行かないと言う事であります。
心の波長が低い者は、同じく低い者と関わります。
祈願をしてもらいに行く、神社や寺も、波長の低い神主や僧侶を自ら選んでしまい、すべて悪い方へ
悪い方へと行ってしまうのであります。
波長の高い者は、波長の高い神社や寺を見つけて行きますので、さらに運気は上がります。
※波長が高く、徳のある神主や僧侶は、とても地味です。派手な宣伝などする事は、まずありません。神社、寺の規模の大小も全く関係ありません。有名である、なしも関係ありません。むしろ有名でない寺などの方が、徳の高い僧侶がいるものです。
※神主の方は分かりませんが、僧侶の階級も全く関係ありません。現代の仏教界では、大僧正であるから波長が高い、徳が高いというわけではないのです。
余談ですが、どこの地域にも評判の悪い病院があるかと思いますが
波長が低いがために、波長の低い医師のいる悪い病院へ救急車で運ばれ、助かるものも助からずに亡くなったという方もたくさんおります。これも偶然ではなく必然なのであります。
すべてにおいて、自分の波長が同調したところへ引っ張られて行くのであります。
心の波長が低い者が、どんなに真言を唱えたり、開運祈願をしてもらったり、開運商品を購入しても幸せになる事は無いと言う事であります。
まずは、心の波長を上げる事が重要なのであります。
魂の波長については「誰も書けなかった死後世界地図Ⅰ」という本がとても分かりやすくて良いでしょう。
大切なのは、「思い」と「行ない」を正しくして、心を清め、周囲を光明化していく努力。
これが正法の要諦であり、この根本をつかむことなのであります。
そうした努力もしないでマントラや言霊のパワーを利用していると必ずどこかで間違って、最後には取り返しのつかないことになっていくのであります。
※真言(マントラ)をサンスクリットで唱えるのは、あくまで自己の修行の時であります。先祖供養で使用する場合、通常の読み方で問題ありません。先祖供養は、あくまで真心でするものであります。特にお経を読む必要はありませんが、読みたければ真心を込めて読むと良いでしょう。