ずいぶんとネガティブなことを考えている。
別に意識してるわけじゃない。
いや考えている時点で意識してるわけしているのかもしれないけれど。
どうしてこうも、暗い話題にしか思考が回らないのか、って。
あたし、いる?必要?
ただそこにいるから、人の視界に映って、人間として認められているだけだと思う。
人の視界には映っているけど、たぶん絶対意識されてはいない。
電柱とか草とかと同じなのかもしれない。
ただ、あたしがそこにいて、周りの人の視界に入り込んで。
それが、あたしの人格を意識して映しているのか、ただの風景として映っているのかわからないけど。
考えるのは、自分の存在している意味。
あたしは他人が、もっと限定すると通りすがるだけの他人はもとよりいつもそばに居てくれている他人が必要なわけで。
友達で親友でかけがえのない人も、所詮は他人なんだって思うと、あたしにとって重要なヒトもそのヒトにとってあたしは必要ない存在なのかな、って考えるしか頭が向かなくて。
あたしが今生きている世界が、誰かが客観的もしくは感情移入している物語ならば、どれほどいいことか。
あたしの生きている今は、1人の人間の人生としては、淵に立たされているわけで。
このままだと親のスネかじりな人生の繰り返しなわけで。
だれか他人に必要とされたいって考えても、いまのあたしを必要としている人物は思いつかなくて。
あたしは、やらかした事を忘れることができなくて引きずるタイプだから、いま1番近くにいる間逆なタイプの友達があたしを果たして必要としているか分からない。
引きずらないでコロコロ感情かわる友達は、きっとあたしが居なくてもやっていける。
あたしは何かに執着しないと、固執しないと生きていけないから。
人生、長く生きていれば新しい出会いがあるだなんて、そんなのいらない。
新しいは、あたしにとってみれば怖いの他、なんでもないんだから。
好きだよとか、愛してるとか、嫌いとか、そういう言葉、言葉より存在があたしには大切なわけで。
あたしは求めるばかりで、行動しないからいけないんだ。
アクションおこさないと何も手に入らないって分かってはいるけど。
なんか、自分が何にどう感じて、どんなことを求めているのか、わからない。
ただ被害妄想が激しいだけの、面倒な人でしかない。
いまのあたしは、誰かに、何かに、社会に貢献しているわけではないから、人として存在して、人として行動して、人として考えていること事態がもはやおぞましい。
これからも、他人にとってあたしは風景の一部なのかもしれない。
あたしはあたしを必要としてくれる人が必要だけど、他人はあたしを風景の一部、重要な何かと思わずに過ごすのだろう。
まえは、人と人が(あたしはノーマルだからここでは男と女って事で話はすすむわけだけど。別に同性同士の関係でも結局は同じだけど。)、なぜつきあうのかわからなかった。
あたしは本当に好きな人に出会っていないから、つきあう意味が分からないのだろうけど。
なんとなくで過ごしてきたから。
たぶん好きな人となら幸せだと感じるだろうあらゆることを、特別な感情を持たない相手としてきたから。
いまでも、つきあう意味はわからないけど、お互いがお互いに必要としあう姿は、いまのあたしには羨ましくて仕方がない。
きっと、必要とされたいだけなんだ。
血縁者じゃない誰かに。
血がつながっていても他人にはかわりないけど、血がつながっていれば、つながっていないよりも感情が大きいから。
だからつながっていない人に必要とされたいんだ。
何の生産活動も、社会貢献もできていない自分。
ただ電気を、ガスを、エネルギーを消費して二酸化炭素を吐き出す。
そんないまの状況は、あまりにさみしくて。
毎日思うよ、学校通いながら。
すれ違う人とあたしは、ただの他人で、すれ違う人には必要とし必要とされる相手がいるのだろう。
あたしは毎日を生きていく上で、何も影響のない人間なのだろう。
1人で部屋でつぶやく言葉は誰に向けられたものでもなく、誰に向けたいのかもわからない。
ただ、好きって言いたくなる。
好きって伝えたくなる。
いまのあたしは、自分だけが苦労している、苦しんでいると勘違いしているただの感情の塊だと思う。
親のおかげで人並みの生活環境を与えられて、何不自由なく生きているのに。
いまの不満は自分でしか解決できないことなのに、自分は不幸だと不満ばかり漏らすただの感情の塊。
きょうを生きているだけで幸せって思えないのは、最低ラインの暮らしは両親によって満たされているから。
きっとなにも頼るものがなくなったら、きょうを無事に過ごせましたって、あらゆることに感謝できるのだろう。
もう眠ろうかな。
死んだように眠りたい。
眠っているように死にたい。
眠っている姿は、さながら呼吸をしていない冷たいカラダのようで。
死に急ぐものでもないし、むだに命を落とし、死にたいと思うものでもない。
どうせそんな勇気もないし、あたしは生きるけど、抜け殻のような状態でしか生きられない、いまのままでは。
もっと楽しい思考回路を備えて生きることはできんのかね…。
あたしって本当に面倒なやつだ。
あたしが他人なら、あたしとつき合うのはごめんだ。
浮き沈みが激しすぎてついていけない。
さぁ、呼吸を伴って眠ろう。
あしたが幸せだと思える1日であると希望をたくして。
別に意識してるわけじゃない。
いや考えている時点で意識してるわけしているのかもしれないけれど。
どうしてこうも、暗い話題にしか思考が回らないのか、って。
あたし、いる?必要?
ただそこにいるから、人の視界に映って、人間として認められているだけだと思う。
人の視界には映っているけど、たぶん絶対意識されてはいない。
電柱とか草とかと同じなのかもしれない。
ただ、あたしがそこにいて、周りの人の視界に入り込んで。
それが、あたしの人格を意識して映しているのか、ただの風景として映っているのかわからないけど。
考えるのは、自分の存在している意味。
あたしは他人が、もっと限定すると通りすがるだけの他人はもとよりいつもそばに居てくれている他人が必要なわけで。
友達で親友でかけがえのない人も、所詮は他人なんだって思うと、あたしにとって重要なヒトもそのヒトにとってあたしは必要ない存在なのかな、って考えるしか頭が向かなくて。
あたしが今生きている世界が、誰かが客観的もしくは感情移入している物語ならば、どれほどいいことか。
あたしの生きている今は、1人の人間の人生としては、淵に立たされているわけで。
このままだと親のスネかじりな人生の繰り返しなわけで。
だれか他人に必要とされたいって考えても、いまのあたしを必要としている人物は思いつかなくて。
あたしは、やらかした事を忘れることができなくて引きずるタイプだから、いま1番近くにいる間逆なタイプの友達があたしを果たして必要としているか分からない。
引きずらないでコロコロ感情かわる友達は、きっとあたしが居なくてもやっていける。
あたしは何かに執着しないと、固執しないと生きていけないから。
人生、長く生きていれば新しい出会いがあるだなんて、そんなのいらない。
新しいは、あたしにとってみれば怖いの他、なんでもないんだから。
好きだよとか、愛してるとか、嫌いとか、そういう言葉、言葉より存在があたしには大切なわけで。
あたしは求めるばかりで、行動しないからいけないんだ。
アクションおこさないと何も手に入らないって分かってはいるけど。
なんか、自分が何にどう感じて、どんなことを求めているのか、わからない。
ただ被害妄想が激しいだけの、面倒な人でしかない。
いまのあたしは、誰かに、何かに、社会に貢献しているわけではないから、人として存在して、人として行動して、人として考えていること事態がもはやおぞましい。
これからも、他人にとってあたしは風景の一部なのかもしれない。
あたしはあたしを必要としてくれる人が必要だけど、他人はあたしを風景の一部、重要な何かと思わずに過ごすのだろう。
まえは、人と人が(あたしはノーマルだからここでは男と女って事で話はすすむわけだけど。別に同性同士の関係でも結局は同じだけど。)、なぜつきあうのかわからなかった。
あたしは本当に好きな人に出会っていないから、つきあう意味が分からないのだろうけど。
なんとなくで過ごしてきたから。
たぶん好きな人となら幸せだと感じるだろうあらゆることを、特別な感情を持たない相手としてきたから。
いまでも、つきあう意味はわからないけど、お互いがお互いに必要としあう姿は、いまのあたしには羨ましくて仕方がない。
きっと、必要とされたいだけなんだ。
血縁者じゃない誰かに。
血がつながっていても他人にはかわりないけど、血がつながっていれば、つながっていないよりも感情が大きいから。
だからつながっていない人に必要とされたいんだ。
何の生産活動も、社会貢献もできていない自分。
ただ電気を、ガスを、エネルギーを消費して二酸化炭素を吐き出す。
そんないまの状況は、あまりにさみしくて。
毎日思うよ、学校通いながら。
すれ違う人とあたしは、ただの他人で、すれ違う人には必要とし必要とされる相手がいるのだろう。
あたしは毎日を生きていく上で、何も影響のない人間なのだろう。
1人で部屋でつぶやく言葉は誰に向けられたものでもなく、誰に向けたいのかもわからない。
ただ、好きって言いたくなる。
好きって伝えたくなる。
いまのあたしは、自分だけが苦労している、苦しんでいると勘違いしているただの感情の塊だと思う。
親のおかげで人並みの生活環境を与えられて、何不自由なく生きているのに。
いまの不満は自分でしか解決できないことなのに、自分は不幸だと不満ばかり漏らすただの感情の塊。
きょうを生きているだけで幸せって思えないのは、最低ラインの暮らしは両親によって満たされているから。
きっとなにも頼るものがなくなったら、きょうを無事に過ごせましたって、あらゆることに感謝できるのだろう。
もう眠ろうかな。
死んだように眠りたい。
眠っているように死にたい。
眠っている姿は、さながら呼吸をしていない冷たいカラダのようで。
死に急ぐものでもないし、むだに命を落とし、死にたいと思うものでもない。
どうせそんな勇気もないし、あたしは生きるけど、抜け殻のような状態でしか生きられない、いまのままでは。
もっと楽しい思考回路を備えて生きることはできんのかね…。
あたしって本当に面倒なやつだ。
あたしが他人なら、あたしとつき合うのはごめんだ。
浮き沈みが激しすぎてついていけない。
さぁ、呼吸を伴って眠ろう。
あしたが幸せだと思える1日であると希望をたくして。
あと6キロだー★




」って思ってる。

