親にしてもらえなかったをこんなふうに捉えてみる | 40代本質を輝かせるセラピー☆東京

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潜在意識をつかさどるもう一人の自分。気がつくことで深い癒しが起こります(´∇`)
この潜在意識のメッセージがあなたを導きます!
望む現実を創れる自分になろう!

感謝の心は忘れがちあせる

親からしてもらえて当たり前だと思っていたことが

たくさんあったと気がつくかお


一緒にごはんを食べに行って


さっと食事代を出してくれるのは


昔付き合っていた彼ぐらいDASH!

今、一緒に母と行く外食で当たり前のように

私の分もだしてくれる。




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今独立してみて、食事代を当たり前のように出してくれることに


いつも不思議な気持ちで眺めているウサギ


私はなんでこの人に保護されているんだろう。


もう今は、自分は大きく強くなって、

親は昔の面影は残すものの

明らかに弱い存在となり

明らかに小さいこの人が


私のためにお金を出すという。


改めて思うと、、、、


ただ、あなたの元に小さく弱い存在としていた私は

確実にあるときまで

あなたに保護されて

あなたの差し出してくれる

食べ物を食べ

服を着て

どこかへ連れて行ってもらい

具合の悪い時は病院に連れて行ってもらい


そして大きくなっていた。

それに対して本当にありがとう

ありがとうなんて言ってないな。


食べさせてもらえ

住まわせてもらい

それは当たり前って思っていた。


大きくなったら、

細かいことなんて忘れちゃって


今に必死


あれもしてくれなかった。

これもしてほしかった。


ないことばかりにフォーカスしがち。


知らず知らずに作られる思考は

育った過程で発生するわけで。


そこに気がつくと

ああして欲しかったとか。

ああされたから、こうなった

って思うけど。


よくよく考えてみると


人間なんて不完全なもので


不完全な人間が、不完全ながら

育てていくわけで


自分だって

子どもを育てているときに


「母」おとめ座である自分と

「子ども」女の子のままの部分を持つ自分

(エゴまるだしの時

自分が子どもに戻ってるみたいに感じた)


もし、うちの親は最悪だと思う場合は

「子ども」の部分のキャラクターで親をやってしまった

場合なんだろう。


これってなかなか気づきにくいとこだと思うんだけど

大変なの叫びわかってーとか。

こんなにしたのにとかダウン

そんな気持ちの時ってキャラでいったら

母キャラじゃないなーって。


が交互に現れて


時々、間違った配役で

対応するときもあり。

・・・つまり母らしき振る舞いをしていないで

エゴに突き動かされて接していたり。


自分ですら完璧になんてできていない。

そうであろうと思うということと

そうであることはかなり違う。


そして、その「親」という定義も人それぞれ違うし

「子ども」がこうしたら幸せになるっていう思いも

人それぞれに違う。


となると

親が子供に良かれと思ってする愛情表現ドキドキと。

子供が親に求める愛情表現ドキドキも違うわけで。


それが、大きくなっても埋められない溝のように見えたりする。


よく考えたら別な人間グッド!

与えたいものともらいたものが

一致したら、それはそれで奇跡みたいなんだろな。


親もまた揺れ動く人間であることに気がついて

そこから得られた自分のキャラクターを認識した上で

自分がどうなっていこうか、

どういう人間でありたいか

って決めればいいのかなーと


そのあり方にフォーカスしていけると

いいんじゃないかなと思うかお

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