40歳、生活が落ち着き、ようやく何かできる。
高校以来の私の夢。
社会を変えるという夢。
まず、考えたのは、どこかの政党に入ること。
私の思想に一番近いのは、民社党。
民主社会主義の政党。
理念については、大学以来一番親しい。
社会党は少し左すぎる。
私はマルキストになったことがない。
マルクスは宗教だと感じてきた。
社会党の右派、江田さんには親近感があった。
しかし、私の地域に知人はいない。
政治に関わることは、すぐに決められない。
人生の重大事。
そのうち機会があれば、関係ができるだろうと思っていた。
とりあえず、妻が入会したアムネスティ。
当時、世界最大の人権NGO。
ニュースレターなど読むうちに、共感した。
結局、約20年、アムネスティに付き合う。
会合の司会など、人前で話す機会が増え、
私の吃音は、少しづつ消えていった。
50歳の頃、完全に意識しなくなった。
吃音が治ったのは、アムネスティのおかげだ。
そして人権以外の分野に活動を広げた。
情報公開条例をつくる会。
市政に関心をもつ市民の会。
環境を考える会。
中学校の支援をする応援隊。
あるいは、個々の障害者の支援。
15年以上かかわった人もいる。
死ぬまで支援。私が第一発見者。
などなど、
活動を企画、会場手配や宣伝、
資金づくり、ビラなどの資料作成。
当日の運営、それらの全てを行った。
一番、多い年は、年に20回近く、何かやっている。
エネルギーの大半をそそいだ。
つづく