人が生きる、というのは、生きがいや意味を求める長い旅。
74歳の私は、この世と距離を置き始めている。
云わば、この世と離縁の手続きに入っている感じ。
生きがいや意味(価値など)も不要になりつつある。
その分、相当に気楽になれる。
老化、身体の衰え、病気についての不安はある。
これは、人(生きもの)だから当然。
しかし、それも死ぬまでの話し。
そして、人だから、死は体験できない。
人は悲しく、哀れな存在。
これも、仕方ない。
生きものだから当然。
今日は涼しそう(雨模様)なので、
墓まで歩いてみようかと思う。
まだ歩けるか、確かめてみる。
10時頃出発して、
昼食は、コンビニでアンマンと牛乳くらいで済まして。
本屋に立ち寄って帰ろうと思う。
帰宅は2時半くらいだろう。
5年前までは往復2時間だったが、今は約3時間半。
勿論、両手に杖。
荷物は小さなリュック。
老人の散歩は、ゆっくり。
余生のスピード。