今、私の心配ごとの一つ。人類社会の未来です。

 

例えば、数百年後、もし、幸運が重なれば、

人類は生き延びている可能もあります。

 

大きな不安が二つ。

一つはヒトの進化の可能性です。

 

今の文明の方向を見ていると、

脳は退化するのではないかという不安です。

ホモ・サピエンスは、ネアンデルタールに比べて肉体的に退化し、

脳の容量も小さくなっています。

さらに、最近の科学技術のお陰で、

ますます人工的環境の中で安楽さを求める方向になっています。

人工臓器、バイオ、AIやロボットに補助される社会生活、

それらを見ていると、知能も退化する可能性すらあります。

 

私の希望としては、脳が進化してテレパシー能力が発現して欲しい。

現状を見ていると、ヒト同士がこころで感応する共感力は

これからの社会生活で不要になる恐れさえあります。

即ち、寛大さやネガティブ・ケイパビリティの劣化の可能性です。

 

発達障害の方々を見ていると、

健常者に比べて、優れた能力があります。

しかし、今の社会で、発達障害は生きにくくなっています。

また、ヒトの遺伝子の多様性がどこまで保持されるのか、それも不安です。

 

人類がこれからも進化するなら、人工的環境を最小限にして、

未知でキビシイ自然に立ち向かうようにならないと、

可能性がないと思います。

 

もう一つの不安は、科学技術の発達です。

科学技術への信仰が生まれ始めています。

安楽さを求める人の本性があります。

苦痛を回避して、満足と充足を求める本性です。

 

安楽さは魂や精神やこころとは両立しません。

自立や自律という精神的厳しさを厭う傾向です。

 

死という問題さえも、科学技術で乗り越え、

安楽さを求めかねないのが人間です。

もし、人工臓器やロボットやAIで乗り越えようとするなら、

人間には、未来がなくなるかもしれません。

絶滅に至るみちです。

 

はたして人の社会脳は、賢くなれるかどうか、

それが危ういです。

 

もし、22世紀に、国や国境がなくなり、

地球人類社会の一体化が進むなら、わずかに可能性がありますが、

今のように多数の国で分断されて、愚かで無駄な競争をしているようなら、

未来は暗いでしょう。

 

今朝は、私の心配事を書きました。