娘が32歳の時、脳内出血で意識不明となった。
東京で一人暮しだったので、発見が遅れ、救急車で都立病院に入院、その後約半年は両親さえも識別できなかった。
意識のないまま、新幹線で郷里に連れ帰り、三か月ごとに病院をかわり、発病後、約1年で自宅に戻った。
病院にいる間は、一言も言葉が出なく、笑顔もなかったが、自宅で療養するようになり、単語を2つか3つは発することができるようになった。
左脳がほぼ死んで、高度の失語があり。聞くことは、3割くらいは可能かと思われる。読みと書きはほぼできない。
発病前は、楽器が演奏できたが、できなくなった。しかし、音楽への興味は変わっていない。
楽しみは、テレビ、音楽、オセロ、カラオケ、パズルなど、一日中ぼーっとする時間を作らないのが、親の仕事になっている。
半身不随、麻痺していない側も関節の拘縮があり、障害者手帳1級。日常生活で、介助なしでできることは、ほとんどない。
発病する前は、理屈が先に立つ、反抗的な娘であったが、左脳中心から右脳だけになって、性格が天と地ほどに変わり、穏やかで、落ち着いて、不満の少ない、まるで天使のような人間に変わってしまった。
一日に何度も「幸せ、充分よ」と口にする。
天使と暮らす父の日常をブログで綴ろうかと思っている。