9月のドーハの世界陸上で金メダルを獲得した山西利和選手。
彼の事をブログで是非紹介したいと思っていました。彼に是非言いたいことがあります。
彼とは、全く話した事がありませんが、よく知っています。
世界陸上の放送の中で『えっ?』と、思うことがあり気になってました。
レース中の、Qちゃんからのレポートで、『山西選手がレース前日の取材中に急に泣き出してしまったんですよ。』と。理由は競歩をやっている事をご両親が喜んでくれていない、そんな両親が応援に来てくれた。(間違ってるかも、応援にはいってないかも。)と言うような内容でした。
『京大出して競歩の選手じゃ、親は怒るのかなー?世界一になっても喜ばないかもな。』なんて、私も思いました。
案の定というか、なるほどというか、世界一になったにも関わらず山西選手、全く喜びません。
そして後日こんな記事が、この記事を読んで山西君に言ってあげなければ!と。
何のため。誰のため。23歳は自問自答しながら歩いているという。勝敗や速さを競うことが、競技に没頭する理由の全てではない。「それの何がすごいのか。自己満足にすぎないんじゃないか。社会に何を生み出すかを
社会に何かを生み出しているのか?そう言われると確かに返答に困る。
箱根駅伝やサッカー、野球、ゴルフ、ラグビーのように、見るコンテンツとして娯楽のような楽しみを人々に与えているかと言えば、出来ていない。企業の素晴らしい宣伝広告に寄与しているのか?市民ランナーに夢や希望を与えているのか。世の中に財を生みだしているのか。
確かに、上記の人気スポーツのような大きくは影響力を発揮してないかもしれません。大きくは産み出せていないでしょう。
それでも、彼に言いたい。
『山西君の活躍は私に希望を与えてくれてます。勇気を与えてくれてます。ありがとう。』
大河の一滴!
誰か一人でも刺激を受けて、影響受けて、回りを良くしていけば、大きな力になるよ。
競技面のパフォーマンスだけでなく、彼がどんな想いで競技に取り組んでいるか、やらなくてもいい陸上競技を何故選んだのかで自問自答している様子。とても素晴らしいコンテンツです。
大学では哲学を学ぶ人は少なくなったと言います。死が身近ではなくなり、生きる意味を考えるこのなど必要なくなっているのでしょう。
まさに競歩は哲学
『なぜ歩くのか』突き詰めて、いつか答えを聞きたいな!


