もう こころは4年先に向かっている。

 サッカー・ワールドカップのことだけではない。

 2010年 上海で万博が開催される。

 こちらは02年モンテカルロで開催された国際博覧会協会の投票で、立候補国-中国、韓国、ロシア、メキシコ、ポーランドのなかから第4回目の投票で中国が韓国を抑えて選出された。すでに大会旗は昨年の「愛知万博」の閉幕式の会場で、上海に引継ぎ・手渡されている。

 そのテーマは「ベターシティ ベターライフ(城市、譲生活更美好)」、世界の大都市―上海そのものが前面に押し出される。

 08年には北京でもオリンピックが開催される。

 世界の目が「中国」を直視・凝視する、これからの4年である。

 

 1964年 東京でオリンピックが開催され、6年後の1970年 大阪で万博が開催された。

「東京五輪」・「大阪万博」のころと・・・

 

 「団塊の世代」以上の年配者にとっては、「60年安保」から「70年安保」に至る「政治」の時代であり、それはまた日本経済が高度成長へ歩み始める「所得倍増」の時代でもあった。

 日中の国交が正常化(1972年)されるまで、この時代の前半は1957年の「長崎国旗事件」で日中間の交流は途絶えたまま、後半からは「友好貿易」が香港経由で行われ、「万博」景気に沸く大阪ではじめて百貨店での「大中国展」が開催されている。そのころの日中間の貿易取引は往復で30億ドル程度、昨今の70分の1程度の規模に過ぎなかった。

 このころ 中国経済は「大躍進」運動の失敗で疲弊し、66年からの「文革」の発動で政治的にも大混乱に陥っていた。

 

 「文革」終結後の79年、中国が対外開放を宣言、「社会主義市場経済」の道を歩み始めて以後、中国経済は年率二桁の高度成長を遂げ、特に92年の鄧小平の「南巡講話」で、中国は「世界の工場」となった。いまや中国はアメリカ、日本に次ぐ経済大国、日本にとって中国は第一位の貿易相手国であるが、中国にとって日本はアメリカ、EUに次ぐ第三位の相手国。その経済力を背景に中国の国際政治における発言力も高まってきている。

 2008年の「北京五輪」、2010年の「上海万博」は中国にとって絶好の国威発揚のチャンスであるが、世界の注目が高まれば高まるほど内に抱える諸矛盾の対策・処理が難しい。

 日本の「東京五輪」から「大阪万博」への10年は、国内の政治対決から高度成長に向かう10年であったが、市民運動は高度成長のもたらす「公害」を追求、企業に技術革新を求めた。日本がいま世界に誇る「環境保全技術」を擁するのは、このころの市民運動の追及に応じた世論の力であり、それに従った企業と行政との結束によるものであった。

 「北京五輪」と「上海万博」のグランドデザインと経済効果が喧伝されるなか、中国各地でいま住民の「公害垂れ流し」や「農地の接収」などをめぐる暴動が頻発、拡大してきている。

 中国共産党の一党独裁はいま制度疲労をおこし、きしみはじめている。

 これからの4年 現執行部はこの事態にどう対処し、「北京五輪」と「上海万博」を開催、成功に導くのであろうか。

 

 2010年5月1日から10月31日の半年間開催される「上海万博」の会場は、上海市の中心を流れる黄浦江の中流域―南浦大橋と蘆浦大橋に挟まれた浦西・浦東両地区400平方km。会場予定地には1865年李鴻章により創設された江南造船所や上海鉄鋼公司第三工場など中国の工業史に名を連ねる企業を含め270余の工場があるが、大半は中小零細企業。江南造船所も長江の河口に建設された上海の新しい港の長興島に移転が決まっている(保護に価する歴史的な工場は、元の姿のまま、内部をきれいにして保存されるという)。

万博会場

 

 

5万人(1万7千戸)以上の住民もすでに引越しを始めている。

 『人民中国』(05年9月号)はつぎのようにレポートしている。

 「・・・上海市内をS字状に曲がって流れる黄浦江の南岸、市内から南浦大橋を渡り、幹線道路(浦東南路)から黄浦江の方向へ一歩入ると、そこにはくねくねと曲がった街道沿いに、自転車の修理屋や雑貨屋などがずらりと並んでいる。近代的な高層ビルが錐のように立ち並ぶ上海市内とは、別世界がそこには広がっている。

 雑貨を乗せて走る三輪車、時々聞こえてくる物売りの呼び声・・・田舎の小さな町に来たような感覚にとらわれる。十数分前までいたあの繁栄する上海とは大きな違いだ。ここは上海・浦東新区の<上鋼新村街道南村>という町である」

 住民の引越し先は「浦江・万博家園」と「三林・万博家園」の二箇所。すでに前者は完成、引越しが始まっている。

 これまでトイレもシャワーもない、わずか40平方メートルの狭い家に三世代5人が住んでいたが、引越し先では2戸の住宅が割り当てられ、総面積は3倍の120平方メートル。補助金も出て本人負担は4000元(6万日本円)で取得できたと喜ぶ曹さん一家。

 80平方メートルの部屋に兄弟4人の家族13人がすし詰めで住んでいた徐さんも、引越しでそれぞれの家庭に84平方メートルの家が与えられるという。

まさに万博さまさまの引越しであるが、この開発でしこたま利益を手にする不動産開発業者や「活力門(フオリーメン)」たちがいるのは言わずもがなである。

 

 

アクセス

 関係部門による来場予定数は、海外からの数百万人をふくめ大阪万博並みの七千万人と見込まれている。

当然そのアクセスが大きな課題である。

 地下鉄が主要交通機関と目されている。

 会場へは少なくとも5本の新線を建設、現在の総延長120キロから430キロに拡張する計画。駅舎は会場から数キロはなれた場所に分散して設け、そこから会場までエコバスを運行、会場入り口周辺の混雑回避と環境対策を図ると計画。

 さらに水上交通路線を開発、陸家嘴-外灘-豫園-万博会場(水上ゲイト)を結び、毎時6千人から8千人の運行が可能になるという。

 黄浦江を挟んで浦西と浦東を結ぶ歩行者専用の橋「花橋」の建設も計画されている。

 

 海外を含む外地からのアクセス拡充も対策のひとつ。

 浦東空港の滑走路の拡充・延長をはじめ国内外からの発着便の増大が当然の課題。鉄道も高速化(平均時速200キロ)は主要幹線ではすでに実現しているであろうが、北京―上海の「新幹線」もおそらく南京-上海間は開通しているであろう。杭州-上海間も新設のリニア路線の利用がふえるだろう。

 船舶に加え、バスやマイカーもアクセスの対象になろうが、クルマは逆に市内への乗り入れ規制対象になる可能性もある。

 カギはやはり地下鉄路線の拡充とその運行体制にあるといえよう。

 

 「愛知」から「上海」へ引き継がれる理念は何か。

環境アセスメント

 

 愛知万博を取材した「人民中国」の記者はつぎのように述べている。

 「会場建設のために、一本の木も伐採されることはなかった。会場の中心部の丘陵地帯には、木製の空中回廊が架けられ、生態環境を保護した。愛知万博は、会場の選定、建設、リニアモーターカーや無人自動車の採用など多方面にわたって環境保護を十分、考慮している。自然と利益を秤にかけ、自然を選択したのであった」

 

 わたしの知るかぎりでも、上海万博の会場は80年代から虹橋(現古北地区)、

浦東(花木地区)、楊浦(五角場地区)が関係者の話題に上がっていた。今回の会場は99年の立候補時点で確定したもので、最大のネライは会場予定地の再開発であり、黄浦江両岸のウオーターフロントの整備にあったといえる。

 すでに退職されているが南浦大橋の建設とその両岸にまたがっていた南市区(現在は蘆湾区に統合)の街並み再開発の陣頭指揮を取られた副区長(再開発担当)は、大阪市の南港地区視察の際、そのウオ―ターフロントの整備に感動、是非この景観を上海に生かしたいと話しておられたが、今回の会場建設計画を見るとその思いが十分反映されていて感銘を受けた。

 汚染がひどい一部の企業や劣悪な住環境が密集しているこの地区を再開発させ、会場の50%を緑化や環境の対象施設として活用する、具体的には黄浦江の両岸をコンクリートの堤防とせずに元の地形を生かした、起伏のある「緑の回廊」にして生態系を保護し、市民の憩いの場所にするという構想が盛り込まれている。

 「愛知万博は私たちにとって大きな教室であり、生きた教材です。特に生態系の保護については、非常に大きな参考になりました」(上海万博事務協調局周副局長)、むべなるかなこの言、上海万博での実現が期待されるが、問題はその実際。

 岡崎雄児さんの「言葉から中国を知る」(No.39)によると、昨年のダボスの世界経済フォーラムで環境持続可能指数(ESI)の世界ランキングが発表、中国は144カ国・地域のなかで133位であったことが伝えられ、出席の温家宝総理ら中国指導者が大きなショックを受けていたという。「環境保護・任重道遠」という次第である。

 中国でも03年9月に住民参加をうたった「新環境影響評価法」が成立している。しかしその実態は、住民に意見を聞いたのは約3%にとどまり、住民アンケートを実施しても結果が閲覧できないなど、住民の意見を計画に反映させるシステムが確立されていない、という(毎日、05年7月25日)。

 由らしむべし、知らしむべからず、の体制が問題になってくるのである。

 

 上海万博の大プロジェクトがこれから実現に向けて進められる。

 現場で仕事をするのは上海戸籍を与えられない民工たちである。

 かれらがいつまで「二等公民」の不平等に甘んじているか、だれもそれを予言することは出来ない。

北京五輪でもそうでしたが、これだけ大掛かりなイベントとなると、当然ながらその経済効果やビジネスチャンスも大規模になります。ある試算では、上海万博の経済効果は日本円で3~4兆円程度といわれます。これは北京五輪の約15兆円(野村総研)よりは低いですが、当然ながら上海周辺に限れば北京五輪を上回るという見方が多くなっています。

日本の主要企業は、このチャンスに攻勢をかける体勢を整えています。日本企業が狙っている市場の1つが薄型テレビ市場で、中国は上海万博をきっかけに薄型テレビへの買い替えが加速していくと睨んでいます。薄型テレビは生産数拡大による価格低下によって日本でも普及が加速しましたが、中国もやや遅れて同じように普及していくと見られます。

パナソニックは2006年から薄型テレビ販売3ヵ年計画を実行していて、北京では薄型テレビ「ビエラ」の販促イベントなどを積極的に展開しています。また東芝も中国人の北京五輪メダリストなどを宣伝キャラクターに起用して広告宣伝を進めています。

もう1つ企業が熱い視線を送っているのが自動車市場です。中国の自動車普及率は都市部でもまだ4%程度と低いので、今後経済が成長するにつれて、自動車の普及率が先進国に近づいていくと予想されます。

世界不況のために自動車販売台数は急減していて、
ビッグ3が倒産の危機 に瀕しています。しかし中国はGDPも9%程度とまだ伸びを見せているので、自動車市場は今後の成長が期待されます。
北京五輪と同様に、中国はこの万博に国の威信をかけ、なんとしても成功させようと全力を挙げています。上海万博に直接投資される金額は最終的には30億ドル(約2700億円)、来場者は延べ7000万人を目標とし、開催地の総面積は400ヘクタールと2005年愛知万博の3倍近くになる予定です。

参加する国・組織の数は、2009年1月現在で183ヶ国を含む229の国・組織となっており、150年の万博史上でも最大の規模になる予定です。7000万人という来場者数の目標が達成すればこちらも万博史上最大になるので、まさにこれまでの万博を全て凌ぐ空前のスケールで開催しようと中国が意気込んでいるのは明らかでしょう。

日本からは「日本産業館」としてパビリオンが出展される予定になっていて、トステムなど15~20社程度の企業が日本産業館に参加します。日本産業館の代表は、元通産官僚の堺屋太一氏が就任しています。

日本産業館のメインテーマは3つあり、再利用(リユース)のテーマでは内装におけるコンテナの再利用など、空間(スペース)のテーマでは出展パビリオンの中でも最大規模の空間を使った演出、パルス(脈動)のテーマではパビリオン内で3分ごとに何かが変化する脈動を提供します。