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技術畑の回想録

技術者であり、かつて天文ファンでもあり、インターネットが無い時代等、現在・過去含めて印象に残っている内容を思い出しながら様々な分野の情報発信をしていきます。

ミクロ」と「マクロ」は広辞苑では以下意味となります。

ミクロ
①極めて小さいもの。微小。「―の世界」↔マクロ。
②(→)マイクロに同じ。


【マクロ】
①極めて大きいもの。巨大。↔ミクロ。
②マクロスコピックの略。
③マクロレンズの略
④ソフトウェアで、複雑な操作手順をあらかじめ記述して登録し、必要な時に簡単に実行させる機能


一般的には、顕微鏡でしか確認できないような小さい物がミクロで、巨大な物がマクロのイメージがあります。

 

1966年に公開されたアメリカ映画「ミクロの決死圏」で、初めて”ミクロ”という言葉を聞いて、感動した覚えがあります。

しかし、ミクロとマクロは絶対的イメージではなく、人間から見た時の相対的イメージのような気がします。

 

大宇宙をイメージした時、それ自体が途方もなく巨大で、大宇宙と比較すると、地球や人間は極めて小さい存在で、ミクロという判断になってしまいます。

大学卒業後、入社して間もない頃、主力製品の電子部品を利用したモジュール製品の開発を行う方針が打ち出されました。

そして、技術アドバイザーを外部から受け入れ、その開発担当に何故か新入社員の私が選ばれました。

 

アドバイザーは過去、業務用無線開発のスペシャリストでしたが、高齢のため、基本原理等、学術的なアドバイザーでした。

もう1人の協力者は、脱サラ後に個人で会社を立ち上げ、微弱電波無線機の開発・製造・販売を行っている人でした。

結局、私はこの協力会社へ出向となり、無線送受信回路の設計技術を習得し、微弱電波無線機の試作器の開発を行いました。

最終的には、周波数帯の異なる3種類の無線機を試作し、フィールドテストや、工事現場での貸出対応を行いました。

結果的に会社からの製品化の最終決定に時間がかかる等、様々な理由が重なり、退職しました。

これが、私のアナログ回路設計の原点であり、何でも吸収できた新入社員の思い出でした。

子供の頃、テレビは白黒、カラーテレビがある家は近所では一軒しかなく、珍しくて、よく見に行きました。
 

 

当時は、テレビが故障すると、修理屋さんが家に来て修理をしてくれました。

 

テレビの内部は、数多くの真空管が並んでおり、とても興味深く、修理の様子をずっと横で見ていました。

この頃から、電気製品に興味を持ち、分解しては、元に戻せなくなる事がよくありました。

中学生の頃から電子工作に興味を持ち、プリント基板を自作したり、電子工作キットのラジオを作ったりしていました。

しかし、実際に設計して作るには、知識が無く、”ラジオの製作”、”初歩のラジオ”、”子供の科学”を本屋さんで見つけては、買って読んでいました。

当時はインターネットもなく、雑誌の広告ページの記事を見て、通信販売で部品購入していました。

 

田舎に住んでいたので、電子部品のお店はなく、都会に憧れを感じていました。


大学生になり、電子部品販売店に初めて行った時、とても感動した事を今でも覚えています。

結果的に、電子回路の勉強をするため、大学で電子工学を学び、現在の会社は5社目ですが、一貫して、電子回路設計(特にアナログ回路)の業務を行ってきました。

子供の頃の興味がそのまま、仕事になりました。

理想的なパターンですが、本当にこの仕事がやりたかった事なのかは、実はよくわかりません。

 

今となっては、得意な仕事の一つなのかもしれません。