燐夢☆太郎の「スーパー銭湯へ行こう!」 -15ページ目

今日御紹介するのは「養老温泉 ゆせんの里 ホテルなでしこ」なのです。

<スーパー銭湯度☆☆☆>
近畿地方を構成する滋賀県、その滋賀県の御隣の岐阜県は高速道
路を利用すれば充分に日帰りレジャーの範囲内であります。
特に今回御紹介する「養老温泉 ゆせんの里 ホテルなでしこ」の所在
する岐阜県養老郡は滋賀県・愛知県・三重県それぞれの県境からは
中間に位置する都市であり、沢山の観光客で賑わう場所であります。
この岐阜県養老郡でも全国的に有名なのは揖斐関ヶ原養老国定公園
にある景勝地「養老の滝」でありましょう。
様々なガイドブックなどに載っている「養老の滝」の由来は元正天皇の
御幸の際、立ち寄った滝の水により老を御養われなさった、という言伝え
より養老の滝ということのようです。ナンノコッチャ?と御思いでしょう。
ワタクシもそう思いました。
ヒラタク言うならば滝の水を飲んでファイトイッパーツ!元気デタ!って
ことなんじゃないでしょうか。まあ要するに素晴らしい清泉であると言いた
んでしょう。それもそのハズ、養老の滝の清流は木曽川水系に流れる
清水であり現代日本の名水百選に選ばれているようです。
養老の由来は後に「養老孝子伝説」となって行きます。ウィキペディア
によれば養老の滝のスグ近くにある養老神社にて湧き出る清水「菊水
泉」に纏わる故事として、古今著聞集という鎌倉時代に編纂された説話
集にも載っているそうです(参考資料:ウィキペディア 養老の滝)
ここまで書いていて、どう後に繋げようかと考えているのでありますが
折角なんで「養老孝子伝説」についてもう少し述べますとガイドブック
などから要約すれば「親を大事にしろ!!」ってことでしょうか。
これじゃワカンネ?そうっすね~もう少し具体的に要約すれば老いた父
を持つ働き者の若者が、父親の大好きな御酒を買おうとしたが貧乏で
買えず、偶然に飲んだ菊水泉の清水が酒だったので汲んで帰り、父親
に呑ませたところ病気が治り、若返り、序でにその若者は出世して後の
人生を幸せに暮らしましたとさ、メデタシ・メデタシ、チャンチャン!
まあ、親孝行したら必ず良い事があるの例えでしょう。今のヤング達に
(古墳死後!)言って聞かせたいですわwww
茶化して書いたつもりはありません。念のため。ワタクシ、燐夢流に噛み
砕いて書いたつもりです!

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伝説となるくらい素晴らしい名水の地なのです。そして自然溢れるこの
地は知る人ぞ知る温泉地でもあります。ガイドブック等には岐阜の温泉
と検索すれば飛騨高山がヒットしますが、ここ養老も素晴らしい温泉地
であります。泉質もモチロンなのですが名水に育まれた源泉なのです。
ですが養老で御気軽に入浴のみ楽しめる施設は「養老温泉 ゆせんの
里 ホテルなでしこ」のみなのではないでしょうか。
養老は広大な景色の先に地平線が広がる自然溢れる土地であります。
当地で極上の癒しと健康をトータルにプロデュースする「養老温泉 ゆせん
の里 ホテルなでしこ」について述べてみたいと思います。
「養老温泉 ゆせんの里 ホテルなでしこ」は愛知県豊田市に本社を持つ
公共施設や公共の土木工事から住宅や社屋の建築まで幅広く事業を
行う大手企業の関連企業として1999年に温浴施設を中心とした会員制
のホリスティック医療施設としてスタートしたようです。
と言っても病院施設ではなく会員制高級リゾート施設だったようです。
当初は自然・癒しを中心に、ふるさと農園・CURE GARDEN・ゆせんの里・
湯元養老温泉みのり乃湯・ホテルドなでしこ、これらの施設が融合した
複合施設「四季のふるさと養老」という名称でした。
いずれの施設・設備も癒し・健康をテーマとしており、特に自然治癒力を
高めてくれる歩行湯だったり岩盤浴、ふるさと農園で収穫されたスロー
フードを使用したメニューを持つレストランだったり、全てが利用者の
自然治癒力を高めてくれるようプロデュースされているのです。
この養老の地は養老孝子伝説に象徴される治癒の地であります。
その治癒の地で自然治癒力を高めてくれる体験ができるなんて、素晴ら
しいですよね。正に現代の養老孝子であります。
しかしながら現代消費増税ハイパーデフレスパイラルの日本の景気の
かげりか、ハタマタなんらかの事情があるのか知る由もありませんが
経営母体企業は変わらなかったものの管理運営者が変わり、2004年
には現在の名称「養老温泉 ゆせんの里 ホテルなでしこ」となり会員以外
の一般客も以前よりも御気軽に利用できるようになります。
ワタクシ、燐夢が思うに養老温泉 ゆせんの里の特徴は源泉の温泉も
楽しめて、岩盤浴を初めとした様々な健康風呂も楽しめることにあると
思うのですが、時代の移り変わりと共に利用者の需要に合わせて無くな
なりつつある健康風呂もあり、時代が需要する健康風呂の光と影が映し
出された温浴施設でもあると思うのです。
以前の「四季のふるさと養老」時代の様子を調べようとネット検索したら
「麦飯石風呂」があったようです。加えて現在の「養老温泉 ゆせんの里」
の公式サイトには「砂塩健康風呂」と「よもぎ蒸し」の終了の告知があり
ました。砂塩健康風呂って砂風呂のことなのですが、ナカナカ体験できる
施設は少ないので勿体無いなぁ~と思いました。
養老温泉 ゆせんの里の施設構成としては本館と新館に完全に分かれて
います。そして本館・新館それぞれに別途、天然温泉の大浴場があって
本館だけ、新館だけの利用というのもアリみたいです。
しかし日帰り利用者の殆どのメインは本館内にある「天然温泉 みのりの
湯」でしょう。みのり乃湯の御風呂構成は5つ、サウナ・水風呂・高温の湯
源泉の湯・そして露天の湯であります。
このみのり乃湯の特徴は源泉掛け流しであることでしょう。コダワリは水
風呂にもあって養老の名水をしっかりと育んだ地下水を使用していること
であります。特筆すべきは泉質でしょう。あの金泉であります。
ジックリ腰を湯船に落とすと、ジ~ンっと心地良い刺激に身体が包まれて
至上の癒しであります。ワタクシ、燐夢の一番のお気に入りは露天風呂
であります。露天風呂のスグ横にはCURE GARDENがあって、その奥に
聳え立つ養老山系の山々が見えます。山々に抱かれて温泉に浸かる。
極上の気分であります。
一つ残念なのはどの湯船も小さめなことでしょうか。ワタクシの感覚では
一番大きいと思われる露天風呂でさえ大人5~6人定員かも知れません。
開放感は特別なものがあるのでチョット残念かも…

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そして新館、この施設の最大の売り「養老汗蒸幕」(ようろうはんじゅまく)
があります。
新館はホテルなでしこと隣接というより併設されていて宿泊者は本館に
行くよりも新館に行くことのほうが多いんじゃないですかね、この造りだと。
新館にある養老汗蒸幕はブロック状の石を幾重にも積み上げたドーム状
の遠赤外線サウナなのですが、外観からもその巨大な建造物である事
が分かります。この石段のドーム内でジックリと汗をかけるのですが内部
は結構熱いです。ゆせんの里公式パンフでは「石室内部温度が90℃~
120℃と非常に高温…」との記述がありますが、体感温度的にも「100℃
くらいあるんじゃね?」と思う程の高温の室内で養老汗蒸幕の入口にて
麻のシートを借り、そのシートを羽織って石室内に入るというものでした。
その麻のシートは効果バツグンで、羽織ると汗をかかない等という真逆
の効果ではなく、石室内の高温から肌を守りつつ汗をかくことができます。
石室内は円錐状の造りということもあって天井が非常に高く、頭上10mは
ありそうな感じで尚且つ床端に設置された薄明かりの照明だけという非常
にシンプルな内部であり、他の人を気にせず楽しむことができます。
かと言って場所は譲りあっての精神で。それでもサウナ好きの人でも5分
が限界じゃないでしょうか。
新館の2階が養老汗蒸幕や他の設備の利用受付になっていて、そこで
新館内での室内着やタオルを借りるのですが、受付時には先に天然温泉
に入ってから汗蒸幕を利用することをススメられます。
それは、その方が発汗が良いということもあるんでしょうが、個人的には
各設備の混雑を避ける狙いもあるんだろうと思いました。
この新館は最近「温熱療法館」という呼称になったみたいで養老汗蒸幕
以外にも健康増進を期待させる設備が揃っています。

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「五色岩盤浴 ねころびの床」や水着着用で利用する歩行プール等がある
「療法浴場さらさ」などがあり、更には天然温泉「紫雲の湯」もありました。
内風呂で天然温泉「紫雲の湯」をメインに利用し、他の設備をオプションで
利用するという利用方法のようです。
以上がインプレッションでありますが天然温泉をメインに健康増進を期待
させる多様な設備をオプションとしてチョイスして利用する、というコンセプト
だと思うのですが、一箇所の設備をジックリと楽しむという利用方法には
少し向いてないように思いました。まず限られた営業面積内にサマザマな
コンセプトの設備を設置するあまり各設備が少人数の利用が前提となって
いる感じがした故に狭く感じたのです。
やはり新館にも本館「みのり乃湯」程度の開放感のある露天風呂があって
欲しいですね~そのみのり乃湯でさえも若干の狭さを感じますが。

<御気軽度☆☆☆☆>
以前は本館の入館料が平日が大人(中学生以上)1200円・夕方4時以降
900円で土日・祝日が大人(中学生以上)1500円・夕方4時以降900円、
小人が全日(3~12歳)700円・夕方4時以降となっていて、新館の利用
料金は別料金設定、で本館・新館の各設備の利用料がオプションメニュー
としての料金設定でチョット分かりにくい料金設定だったのですがH24年
7月から料金改定となって1部値下げしたようです。
それまでタオルセットレンタル込みだったのを有料にして本館の入館料を
平日が大人(中学生以上)650円・土日祝が大人(中学生以上)が750円
となって「朝風呂」の料金設定もできたようです。
元々、利用者は露天風呂のある「みのり乃湯」メインだったんでしょうから
この料金改定は歓迎すべきですし、妥当な価格だと思います。
しかし料金については「養老温泉 ゆせんの里 ホテルなでしこ」の公式
サイトで必ず御確認を御願い申し上げます。お正月やゴールデンウィーク
や、お盆で料金変わるみたいですし。
御気軽度で言えばJR大垣駅から無料シャトルバスも出ているようです。
これも「養老温泉 ゆせんの里 ホテルなでしこ」公式サイトで御確認を!
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<レジャー施設度☆☆☆☆>
まず御食事処が本館・新館ともにシッカリあって本館が和風ダイニング
MINORIとお肉料理・宴会料理 四季彩、新館がゆば・とうふ・郷土料理
自然の恵とカフェ・ナイトラウンジ ポプラとそれぞれ特色があり、エステや
リラクゼーション系も各種あって、他にはカラオケやグラウンドゴルフ場も
あったりして迷うこと必然でしょうね。一番お得な利用方法は宿泊施設の
「ホテルなでしこ」での宿泊でしょうかね。価格もそんなに高くなく、尚且つ
みのり乃湯・紫雲の湯・養老汗蒸幕・療法浴場さらさ、これらが利用できる
んですから。しかしながら、もしかすると利用条件は変わっているかも知れ
ないので、「養老温泉 ゆせんの里 ホテルなでしこ」公式サイトで御確認
を御願い申し上げます!

<養老温泉 ゆせんの里 ホテルなでしこ>
http://www.natural-co.com/

今日の御紹介は「ニューびわこ健康サマーランド」なのです。
燐夢☆太郎の「スーパー銭湯へ行こう!」
<スーパー銭湯度☆☆☆>
日本でも有数の景観を持ち、約670k㎡の面積を有する日本最大の湖である琵琶湖
に面した1都市である大津市は関西でもレジャー・観光の地として名を馳せています。
その有数の景観は古くは近江八景として浮世絵や和歌にも登場するほどの雄大な
景観であります。それ故、歴史の表舞台にも何度も登場するのです。
古代には天智天皇により琵琶湖の西の畔に大津京が置かれ、その天智天皇に縁の
深い三井寺(園城寺)には比叡山延暦寺との対立の歴史があります。
また比叡山延暦寺には武家との対立の歴史があります。室町幕府時代には足利家が
制圧をモクロミ、安土桃山時代には歴史上最大のトピックスの一つに数えられる事件
すなわち織田信長による延暦寺焼き討ちが起こります。その後の権力者たちは琵琶湖
をその手に収めようとするのです。
その背景には近畿の水源であり日本海・太平洋・瀬戸内海へ延びた無数の水路を持つ
交易手段を掌握するのが目的だったのか、はたまた日本一という無尽蔵の水瓶を手に
入れようとしたのか、古代から風光明媚を欲しいままにしてきた景勝地を欲したのかは
知る由もありませんが、確かに琵琶湖は歴史の栄枯盛衰が繰り広げられた物語の舞台
であったことには間違いないと思うのであります。
時は移り現代、近畿圏に於いては大阪・和歌山、神戸・姫路、奈良・三重、京都・滋賀
と各エリアに風土を活かしたレジャースポットが昭和40年代以降続々と建設されます。
しかしながら、それらレジャー施設が現在も営業を続けているのかと言えば、そうでは
なく時代の波にさらされた施設も数多くあったのです。
その中でも今回御紹介する「ニューびわこ健康サマーランド」の所在する大津市と周辺
の温浴施設に絞って、その栄枯盛衰のドラマを述べたいと思います。
昭和30年代後半~昭和40年代は我々日本人にとってエポックメイキングな出来事の
連続でありました。高度経済成長期突入前夜とも言うべき昭和32年カラーテレビの放送
が始まります。しかしながら庶民にはカラーどころか白黒テレビさえ高嶺の花の時代で
ありテレビ・電気冷蔵庫・洗濯機が「三種の神器」と言われた時代、昭和史の出来事を
テレビで見るには一握りの裕福な家庭、今で言う富裕層の家庭にあるテレビを町内中
の「御近所」という団体が御邪魔させて頂き、テレビを拝見するという時代でした。
昭和34年の皇太子殿下御成婚、昭和33年東京タワー完成、昭和39年の東京五輪も
ヒトサマの御宅のテレビでしか見ることができなかったのです。
そして高度経済成長期へ突入した日本人はエコノミックアニマルと海外諸国から揶揄
される位に経済発展に邁進しました。また「企業戦士」と言われる人たちも現れました。
しかし現在の消費増税・デフレスパイラル真っ只中の日本のように消費は悪ではなく
「消費は美徳」と言われた時代で多くの日本人がコゾッテ三種の神器を買い求めたの
であります。テレビの普及率が90%を超え人口が1億人を突破した昭和40年代には
「新・三種の神器」としてカラーテレビ・マイカー・エアコンが挙げられ、新・三種の神器
を揃えることこそが生活レベルのスタンダードである、とされます。この時代、日本の
GNPが遂に資本主義諸国において第2位となったことも消費拡大を進めました。
国内の自動車保有台数が1000万台を超えた時代、当時の内閣府が列島改造計画を
打ち出した時代を反映するように昭和39年の東海道新幹線開通、名神高速道路そして
首都高速道路開通に続いて、日本の大動脈として昭和44年には東名高速道路が開通
します。カラーテレビの普及に伴いテレビ画面を通じて遠方のさまざまな映像を目撃する
ことができ、マイカーで実際にカラーテレビに映し出された土地へ移動する、それが可能
な時代がやってくるのです。
そして人口一億総中流意識の時代へ。そこで起こったのは空前絶後のレジャーブーム
でした。しかしながら時代の嗜好は昭和30年代以前と若干違いがありました。
「巨人・大鵬・卵焼」が昭和30年代の子供達の嗜好するモノと言われたように日本人は
同様に他の人と同じ物を嗜好した時代でした。それが満足感・安心感に繋がった時代
でした。ところが昭和40年代後半に登場した業態「コンビニエンスストア」が示すように
大量生産・大量消費の時代から個人の嗜好を反映した時代に移行が始まります。
そしてレジャーにも。
この時代のレジャーは個人旅行が少しづつ浸透し始めた時代でもありました。
それまでの旅行と言えば貸切バスで御町内や会社などの団体単位で移動し団体単位
で観光地を巡るという昭和30年代の「人と同じモノ」を楽しんだ時代でした。
というのは昭和30年代の日本は「戦後復興」という合言葉の下、日本国民全員が同じ
目標を持った時代であり、嗜好に個人を反映させる時代ではなかったのです。
それが「古き良き昭和ノスタルジー」と言われる人々の人情だったりモラルだったりした
のです。しかしその日本人の一体感志向はキシクモ全国民が目指した「戦後復興」と
「経済発展」を成し遂げたことによって大きく方向転換したのでした。
高度経済成長によってもたらされた人口増加と雇用増加は住宅需要を呼びニュータウン
開発によってマンション=団地建設が進みます。そして新三種の神器と言われたマイカー
とエアコン、カラーテレビ。これらは家族以外の他人様と交流せずとも生活を成り立たせる
快適な住環境を作り出したのです。
そして昭和40年代には「大規模店舗法」が施行されスーパーマーケットが増えます。
街の商店街よりもアラユル商品が一度に揃うスーパーマーケットの存在は日本国民の
「団体」という消費行動を希薄にし「個人」=プライベートを成立させる礎となったのです。
そしてレジャー、「個人」の嗜好に合わせて沢山の業態が成立した時代でした。
ゴルフ、ボーリング、スキー、温泉、遊園地、パチンコ、カラオケ、ゲームetc…
余暇がレジャーという言葉に転換されたのも、この時代だったと思います。レジャーが
産業になり、業態になると様々な企業が観光地開発に乗り出したのです。
様々なレジャー業態が興ったのですが、特筆すべきは昭和40年代後半から昭和50年
代に掛けて巻き起こった「温泉ブーム」でしょう。
高速鉄道、高速道路、高性能の自動車が必要としたのはカラーテレビに写った避暑地
や山岳のスキー場、観光地とセットで紹介されることが多かった温泉地だったのです。
話を琵琶湖と大津市周辺に戻すと「琵琶湖」という日本でも有数の景勝地が必要としたの
はレジャー施設でした。遠方からマイカーで乗り付ける、個人の日帰りや1泊などの小旅行
にはウッテツケの場所でした。この時代にはマイカーでの旅行を「ドライブ」と言う言葉での
表現をメディアが始めた時代でもあります。
このドライブブームの観光客を当て込んだレジャー施設が官民入り乱れての建設ラッシュ
となるのです。しかしながら各施設とも共栄共存を果たした訳ではなく、ある施設は世相
に翻弄され、ある施設は経営難に陥り、反対に現在も元気に営業を続けている施設も
あるのであります。

燐夢☆太郎の「スーパー銭湯へ行こう!」
高島郡(現在の高島市)にある「山荘くつき」は市営「グリーンパーク想い出の森」内の
宿泊施設ですが、平成7年には日帰り温浴施設「くつき温泉てんくう」をオープンさせて
時代のニーズを掴みました。また国家公務員共済組合連合会による「KKRびわこロッヂ」
は現在は「KKRホテルびわこ」と名称変更し営業しています。
雇用保険の有効利用を目的として雇用促進事業団が設置、独立行政法人雇用・能力
開発機構により運営された勤労者福祉施設「いこいの村びわこ」はその後の世論を受け
特殊法人等整理合理化計画により一度は廃止の危機を向かえますが現在は一般社団
法人ハイツ・いこいの村協議会により「ハイツ・いこいの村」として運営されています。
「国民休暇村近江八幡」は旧厚生省により整備された施設ですが現在は一般財団法人
休暇村協会の運営により営業中であります。そして「滋賀厚生年金休暇センター」は世論
を受け年金福祉施設整理機構により、ウェルサンピア滋賀として廃止までの猶予期間中
は営業しましたが後に譲渡を受けた菓子製造を本業とする企業は2009年には同施設の
廃止発表を行いました。
また琵琶湖の畔に位置する唐崎にあった「唐崎湖底温泉会館琵琶湖ヘルスセンター」も
ありましたが時代の波に飲まれて行きました。また「近江温泉湖東ホテル」も時代の波に
飲まれた施設でした。レジャーブームの余波を受け昭和45年に営業を開始したのですが
時代のニーズを掴みきれず平成18年に宿泊施設を閉業し温浴施設部分のみ営業してい
ましたが、平成21年にはその日帰り温浴施設部門も営業終了しました。
また琵琶湖大橋の湖畔にあった「ホテルレークビワ」は広大な営業面積にアウトドアエリア
やサイクリングエリア、テニスコート、プール、ゴルフ場を持つリゾートホテルでしたが時代
のニーズに対応できず廃業、跡地には犬のテーマパークびわこ わんわん王国となり更に
閉鎖の後には巨大なショッピングモールが建設されますが業績は乏しいようです。
昭和40年代はレジャー産業が大輪の花を咲かせた時代でしたが、それまでレジャーが
限定された業態しかなかった時代の鬱憤を晴らすかのように昭和40年代後半から昭和
50年代に掛けて様々な業態が誕生します。
しかしながら、これらのレジャー施設は以前より更に個人志向を反映した施設でした。
嗜好というよりは個人のライフスタイルに合わせた施設と目新しさが求められました。
また「豪華さ」と「気軽さ」が求められた時代でもあります。
核家族が形成された日本では家族単位ではなく家族一人一人のライフスタイルが多様
を窮めて行きます。御子さんは受験戦争を控え学習塾通い、御母さんはパートタイマー
で働き家計を助けながらもPTAの会合へ出席、その後は女友達とお茶したり、御主人は
企業戦士・モーレツ社員と言われたサラリーマン道を邁進しながらもアフターファイブは
御酒の付き合いに誘われチョット一杯…
家族個人単位のライフスタイルへと変貌を遂げて行くのです。
そんな「時間」に追われる家族それぞれが「一家」として「家族」という団体に戻ることが
できたのは週末の休日でした。週休2日制が大手企業からジョジョに取り入れられ始めた
昭和50年前後、家族は一つになる週末に「気軽」「豪華」を求められた施設に大挙して
訪れます。特に家族個人のライフスタイルが多様になった時代は親御さんから御子さん
までどの世代の人でも全て「満足」させられることが「豪華」と言われた時代なのです。
そんな時代に誕生したのが「健康ランド」でした。
御芝居や歌謡ショーあり、サウナあり、温泉あり、遊技場あり、宴会場あり…これらの施設
を全て揃えた「健康ランド」は瞬く間に全国へ広がって行ったのです。
さらには遊園地やプール、スケートリンクも同じ営業施設内にあるという現在の「テーマ
パーク」の原型とも呼べそうな施設がドンドン出来て行くのです。
御子さんは遊園地へ行きたい!親御さんは温泉に浸かってユックリしたい!御祖父さん
御祖母さんは御贔屓の演歌歌手の歌謡ショーを楽しみたい!そんな家族の嗜好を全部
満足させたのです。しかも翌日の行動には影響させたくない…そんな我侭さえ満たして
くれたのが日帰り健康ランドでした。
ワタクシ、燐夢が思うにこの時代の日帰り温浴施設こそが現代のスーパー銭湯の原型
であり、この黎明期がなければスーパー銭湯は誕生しなかったでしょう。
「紅葉パラダイス」は正しくナンデモありの巨大レジャーランドでした。琵琶湖を臨む湖畔
にあってプール・遊園地・ゲートボール場と温浴施設「ニューはだか天国」もありました。
現代でも十分通用する施設で森の中で温泉に浸かっているような錯覚さえ起こさせる
広大なジャングル風呂を備えた御湯のテーマパークでした。大演芸場もあったのですが
平成3年には「びわ湖パラダイス」としてリニューアルオープンするものの目当ての遊園地
の乗物が絶叫マシン全盛時代には古臭く感じられ飽きられたこと、時代を象徴するように
大は小を兼ねるがごとく常に混雑の中での施設利用に窮屈な印象を与えてしまったこと
そして近隣に同様のレジャーランドが出来たこともあったとワタクシは記憶しているのです
が、バブル崩壊後は宿泊施設部門のみを残して閉館し平成16年には創業企業が京都市
のレジャー専業企業に唯一の宿泊部門を売却、「びわ湖温泉紅葉」として営業継続してい
ましたが平成25年1月を持って閉館することが決まったと新聞発表されたのでした。
そして同様に巨大レジャー施設として琵琶湖大橋の畔にあったのが「びわ湖タワー」で
ありました。昭和40年にドライブインとして開業、当時としては高層の63.5mを誇る滋賀県
のランドマークでした。1967年には遊園地や宿泊施設、結婚式場もあり日帰り温浴施設
として「びわ湖タワー大岩風呂」も併設されました。もちろん天然温泉でしたが、バブルの
崩壊余波を受け平成13年には廃業しました。跡地には大型量販店が出来たようです。
(参考出典:ウィキペディア「びわ湖タワー」)
琵琶湖における栄枯盛衰のドラマ、っていうよりはバブル崩壊後のレジャー産業の崩壊
って感じですがモチロン廃業や閉館したレジャー施設ばかりではありません!
現在も元気に営業を続けているレジャー施設だってあるんです!
それが今回御紹介する「ニューびわこ健康サマーランド」なのであります。
ふ~っ!今までで最長の前説とは思いますが御精読ありがとうございます。

燐夢☆太郎の「スーパー銭湯へ行こう!」

ここからが本編であります。
鋲螺つまりボルト製造販売を本業とする大手企業が観光事業部を設立し昭和54年に開業
した「ニューびわこサウナ」が前身であります。前述のバブル崩壊の余波をモロトモせず
近隣のレジャー施設・温浴施設が廃業・閉業していくのを尻目に平成8年には宿泊施設
「ニューびわこホテル」を同じ営業施設内に併設し、平成11年には日帰り健康ランド業態
「ニューびわこ健康サマーランド」をオープンさせます。
健康ランド業態を、ここ滋賀の地で維持させることは非常に難しいのかも知れませんね。
しかしながら「ニューびわこ健康サマーランド」は気軽にクツロゲル温浴施設でした。
昭和54年のオープンですから、当然古さは感じられますが設備が老朽化したということは
無くてかえってレトロ感や昭和の懐かしさがある温浴施設なのです。
さて、インプレッションであります。
名神高速道路瀬田東インターを降りて国道1号線から月輪方面を目指します。すると国道
沿いにシルバーの看板がありました。夜に訪れたのですが交通量は思った程なく、施設
の隣が外食チェーン店だったのですが間が程よく離れているので圧迫感はありません。
館外外観は昭和の香り漂う「ニューびわこ“健康”サマーランド」とレトロな字体であります。
敷地内の立地は温浴施設が敷地真ん中にあり、左隣が宿泊施設「ニューびわこホテル」
であり、右隣が自走式の立体駐車場でした。この駐車場も昭和の香り漂う設備でして、
具体的には狭く、2階建ての1階は天井が低いのです。現代の車が3ナンバーサイズが
当たり前になってきた時流では車庫入れに注意が必要ですね~
実は訪問時は隣接のニューびわこホテルに宿泊したのですが、こちらは現代的な造営の
ビジネスホテルライクな宿泊施設でした。ニューびわこホテルとニューびわこ健康サマー
ランドは一応は建屋が別れていますが、細い通路で繋がっていてニューびわこホテルの
宿泊者は無料でニューびわこ健康サマーランド内に入館できました。
ホテル側でチェックインを済ませてイザ!ニューびわこ健康サマーランドへ、細い通路を
抜けると広めのロビーと喫茶店とカラオケルームらしきドアがあります。玄関真正面が
フロントで、ここでホテルの鍵と館内用の鍵を交換し施設利用となります。
このニューびわこ健康ランドの館内用鍵はロッカールームのキーと施設内利用時の精算
キーでもあり、利用料金は退出時にまとめてフロントで支払うことができます。
館内は上から4階が女性専用の「レディース専用フロアー」となっていてモチロン露天風呂
完備の女湯の大浴場やレストルーム、エステ処があります。3階が男性専用の脱衣場が
フロア面積の1/3程占めていて他にマッサージルームやレストルームがあります。
「メンズ浴場」と名付けられた男風呂には3階男性専用の脱衣場から階段をおりて行くの
ですが、「メンズ浴場」は2階にあって2階には食事処や宴会場もあります。
男性専用のフロアと言っても男女共用部分が結構多くて、その共用部分との間仕切りも
ノレン1枚だったりして、ある意味開放感ありますねぇ~
まあ、御時世的に女性の御客様のオマエタチ皆々様を優先していかなければならないん
でしょう。近年、男性向けだった「健康ランド」も女性に配慮したフロア配置が多くなって
きていますよね!モチロン各フロアへの移動は階段とエレベーターがあります。
さて肝心の御風呂のインプでございます。
モチロン男湯ですが、3階の脱衣場から2階へ階段で降りる昭和の香り漂う大浴場です。
近年のスーパー銭湯を初めとする温浴施設は和風、現代建築風、アジアンリゾート風など
分類できるのですが、ここ「ニューびわこ健康サマーランド」の浴室はそのイズレニモ当て
はまらない独特の雰囲気があります。強いて言えば「昭和のサウナ」風でしょうか。
大浴場の数箇所に天井を支える太い支柱があります。湯船はガラス張りの外壁に沿って
ぐるっとバームクーヘン状に延びた湯船がシンプルに一つ。中央には洗い場が鎮座です。
よって浴室内は半円状の造りですが前述の柱が湯船にもドカッと腰を下ろしている為に
広いのか狭いの分からない感じです。
そのバームクーヘン状の湯船が大湯船で浴室入口から見て右側に寝湯やジェットバス
がありますが、そのエリアが壁の向こうまで延びているので何だか包まれ感があります。
浴室入口から見て右側にサウナ、そして露天風呂の入口であります。
サウナは3種類あり低温と高温の雛壇型のスタジアムサウナそしてミストサウナがあって
モチロン冷水槽つまり水風呂も隣接しています。
露天風呂ですが信楽陶器の壷湯、シンプルに1つだけあり、岩風呂は大人5~6人が定員
ってところでしょうか。ところでこの露天風呂、上を見上げても天空は見えません。天井が
見えるのです。そう「全天候型露天風呂」なのです。露天風呂エリアの奥が吹き抜け部分
で辛うじて開放感を保っているのです。しかしワタクシは好きですよ、この雰囲気は。
露天風呂の外壁の向こうは国道で外の空気が入って来て外気浴もできます。雨の日も
風の日もへっちゃらです!しかも内風呂とは違い純和風のテイストがあります。
さて泉質でありますが、ニューびわこ健康サマーランド公式ホームページには「地下1,500
メートルの深さまで採掘して汲み上げた「古琵琶湖ラドンの湯」は、ラドンを大量に含む
塩化ナトリウム泉です。…とあります。いにしえの琵琶湖の地層から噴出する天然温泉
とは!?との期待感を胸に大湯船へ。源泉100%使用とのことですが濾過循環式のよう
で若干のカルキ臭はしますが本格的なラドン温泉であります。じ~んわりと肌に心地良い
刺激のある本物の温泉です!
この銀泉は御値打ちモノですよ!この温泉を味わうだけでも訪問の価値あります。
しかし露天風呂がもう少し改善されればなぁ…☆3つでスンマソン!
燐夢☆太郎の「スーパー銭湯へ行こう!」
<御気軽度☆☆☆>
JR瀬田駅からシャトルバスがあったり、複数の料金形態でも館内のアメニティが使えたり
駐車場無料だったり、企業努力として利用しやすい環境は整えているんじゃね?と思うの
ですが、如何せん料金形態がビミョ~な感じであります。朝10時から深夜1時までの営業
時間の中で朝10時~正午12時まで、そして正午12時~深夜1時、加えて朝10時~深夜
1時まで、この3つの滞在時間別の料金設定になっていて、例えば平日10時~正午12時
までが大人900円・小人(2歳~小学6年)450円でして後は前述の滞在時間別で料金が
アップするのと土日祝の利用は更にアップします。しかしショートタイムとして60分の利用
に限り平日は大人600円・小人(2歳~小学6年)300円の設定で土日祝はモチロン料金
アップします。更には「ともの会」会員の料金設定もあって、コンガラガリますわ~
料金やその他は必ず「ニューびわこサマーランド」公式ホームページで御確認下さい!

<レジャー施設度☆☆☆>
エステ・マッサージ・カラオケ・ゲームコーナー・レストルームはシッカリありますが、気に
なったのは禁煙エリアが少ないことでしょうか。男性専用フロアはレストルームも喫煙可
でしたし、御食事処=レストランも喫煙可でした。この禁煙の風潮が広まる御時世ですの
で禁煙と喫煙とシッカリ分煙して欲しかったです。
しかしながら館内はレトロな雰囲気で古き良き昭和ノスタルジーを求めてらっしゃるなら
一度は御訪問されると良いでしょうね。

<ニューびわこ健康サマーランド>
http://www.e26.jp


今日の御紹介は「牛滝温泉 いよやかの郷」なのです。

<スーパー銭湯度☆☆>
南大阪エリアは歴史的なエリアが多いように思います。今日御紹介する
「牛滝温泉 いよやかの湯」も歴史ロマンに溢れた岸和田市にある温浴
施設なのであります。
岸和田市は南大阪エリアでも泉州と呼ばれるエリアでありまして産業や
文化、風土においても独自の発展を遂げた都市なのであります。
一般に泉州と言えば「だんじり」=アツい人が多いなって、イメージなん
だと思います。これは御祭り好きってこともあるんでしょうけど地元愛を
持ったアツい人が多いってことなんでしょうね。「だんじり」の為に地元
離れないって人が多いってことでしょう。
人生の分岐点、進学や就職、結婚で「ふるさと」を離れることがあっても
「だんじり」のために地元に残る、戻るアツい人ってカッコいいです。
地元の祭礼にコダワル、地元の人や風土、自然、文化にコダワル。
素晴らしい「地元愛」であります。
この「地元愛」があるからこそ「だんじり」は約300年の歴史を誇る日本
を代表する祭礼の一つに挙げられるのでしょうね~!
そのだんじりの歴史はまた別の機会に述べさせて頂くとして元々の成立
は江戸時代に他所の祭りに触発された町人が地元色の強い祭礼にしたん
でしょうね。同じ山車が登場する御祭りでも京都なんかはワリと上品に
行われている感じがします。しかし岸和田の「だんじり」は「豪快」の一言
に尽きます。

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岸和田市独自の風土を形成する前述のキーワード「だんじり」「地元愛」
「ふるさと」「豪快」はこの街の歴史を作ってきたのだと思います。
大阪府と和歌山に連なる和泉葛城山、その山系の一つ「牛滝山」を拝し
た岸和田市は古代から現代に至るまで様々な歴史ドラマが繰り広げら
れてきました。古代には修験道の発祥の地として「牛滝山」は歴史に
その名を刻んだのであります。ウィキペディアによりますと奈良時代初期
800年前後に成立したと言われる「続日本紀」には修験道の開祖である
役小角(えんのおづの)のちに役行者(えんのぎょうじゃ)に関する記述
があり、更には平安時代に成立した「日本霊異記」には常人を超える
役行者の説話があるそうです。
役行者はウィキペディアには呪術者としての記述があります。この牛滝山
で修行を重ねた結果、雲に乗って仙人と遊んだり、鬼神を操ったりしたと
の説話があります。まあ正直「ふぅ~ん、ありがちじゃね?」って思います
がこの修験道が日本各地の山岳信仰の礎となり後に日本に入ってくる
密教~仏教へと繋がっていくようです。
しかし、この超人「役行者」の説話って「豪快」過ぎません?日本の神様
の神話とええ勝負ですわ~
ワタクシ、燐夢は特に宗教に否定的ではありませんので、念のため。
歴史のブログではないので、古代の岸和田市についてはこの辺で置いて
とくとして。しかしこの「豪快」さって岸和田市の風土に通じるところがある
と思うのはワタクシだけですかねぇ?

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現代に話を移すと、岸和田市には様々な産業発展を遂げた歴史があり
ます。農業、たまねぎの産地で有名であります。そして鋼業、神戸市長田
区にある鉄人28号の巨大像は岸和田市の企業が造ったんでしたっけ。
そして岸和田漁港の海産物。なによりも岸和田市のみならず日本の経済
発展を支えてきたのが繊維産業、紡績工業であります。
泉州木綿織物、その発祥は戦国時代とも言われています。岸和田もしく
は近郊の綿花農家からの綿花を機織りするという産業構造が華々しく
発展したのは日清戦争を契機とした戦争特需でした。
明治時代に泉州の木綿商人が中心となって岸和田紡績を設立します。
岸和田紡績は綿織物中心だったため日本の紡績産業が海外に輸出され
るのに伴い、天然繊維以外の需要が拡大する明治から昭和への移行期
を反映する形で兵庫県尼崎市を創業の地として成立した大日本紡績に
昭和16年に合併されます。後のユニチカであります。
だからと言って岸和田市の綿織物需要が落ち込んだ訳ではなく、海浜に
面した地の利を生かして繊維輸出産業は発展していきます。
日清戦争を契機とした特需以降は「ガチャまん」と言われた時代、景気は
未曾有の拡大を見た時代です。
沢山のモノや人が泉州の織物産業に流れ込んだ時代でした。
人口の流入と増加は御約束ですが、様々なインフラの整備にツナガッテ
行きます。まず、輸送手段としての列車が大激動の再編を迎えた時代で
ありました。

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関西の鉄道再編の歴史は非常に興味深いのですが、また別の機会に
述べさせて頂くとしまして、岸和田市を中心に紐解いてみますと「日本一
早い電車」と言われ大阪~和歌山間をノンストップで走る「超特急」便を
運行させていた阪和電気鉄道がありました。(参考文献:ウィキペディア
-阪和電気鉄道)この阪和電気鉄道は昭和15年に南海電気鉄道に吸収
合併され南海鉄道山手線になり阪和鉄道岸和田駅は東岸和田駅へと
改称され、更には南海鉄道山手線は国有化され国鉄(現在のJR)阪和線
となります。そして南海鉄道は関西急行鉄道と合併して近畿日本鉄道と
なり(昭和22年に南海鉄道は分離)、何と言うか目まぐるしく変わっていく
訳です。それだけ泉州綿織物を初めとした南大阪の繊維産業は各鉄道
会社が入り込みたい巨大な産業だったんでしょうねぇ~
何だか前説、メチャクチャ長くなっちゃいましたがモウシバラク御付き合い
下さいませ。
輸送手段は産業のカナメでありますが、列車は人も乗せます。特需での
景気拡大に伴って人口の増えた街は、そう、御約束です。レクレーション
施設も段々と増えて行くわけです。
昭和13年に牛滝山が大阪府名勝に指定され岸和田市も観光開発に力
を入れるようになります。
まず、岸和田市を代表する観光イベントとして「だんじり」に目が向けられ
昭和37年には岸和田祭りで岸和田駅前にて「だんじりパレード」が開始
され、現在でも街を挙げての名物イベントになっています。
そして前述の「役行者」を開祖とした山岳寺院「大威徳寺」は紅葉の名所
で知られ、恰好のお出掛けスポットになりました。
こうなると牛滝山は登山・ハイキングスポットとなり道路や登山道の整備
が進み、役行者の修験道の地を訪れようという人が大挙してやってきた
のであります。牛滝山が連なる和泉葛城山系では林道スポットとして
関西ドライビングラリーも行われたりしたようです。
「あれれ、なんか足んなくない?」ってオマエタチ、皆々様は鋭いです!
やっぱり温浴施設、欲しいですよねぇ。
そんな声があったのか、なかったのは知る由もありませんが昭和46年
には岸和田市立「市民憩いの家」が大威徳寺近隣に開設されます。
もちろん温浴設備もあって700円で入浴できたようです。この「市民憩い
の家」が「牛滝温泉いよやかの湯」へとツナガッテいく訳であります。
昭和56年には岸和田市では最後となる牛滝地区にも上下水道が通り
同年3月に大沢山荘が開設されます。
その後、平成の時代になって近隣の泉佐野市に関西の空の玄関口と
なる「関西国際空港」ができ、岸和田市は平成10年には人口20万人を
突破、名実共に大都市へと発展するのです。

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これだけ人口が増え、多様な産業構造になり、訪れる観光客が増えると
懸念されたのは「ふるさと」の環境問題でした。
平成の時代になり、それまでイケイケドンドンで発展した我が国日本は
やれ設備投資だの、事業拡大だの外に目を向けてばかりいましたが
御存知のようにバブル崩壊後は「ゆとり」や「エコ」が叫ばれた時代で
あり、内に目を向けた時代なのです。
そして国・自治体主導の自然環境保護事業が始まります。国土交通省
は「ふるさとの川整備事業」を推し進め、「コンクリートを使わない多自然
型護岸工事」を特徴とした「ふるさとの川モデル事業」を昭和62年に提言
しました。これを受けて大阪府は大津川水系の整備に着手、岸和田市も
この計画を推進したのです。泉州エリアで言えば大津川水系とは松尾川
や牛滝川であり、大阪府主導で清流の整備事業つまり、「二級河川 牛滝
川 河川改修事業」が始まるのです。
岸和田市も「牛滝川ふるさと整備事業」に取り掛かり、清流から下流への
水質汚染、影響防止のための特定環境保全公共下水道施設「牛滝川
浄化センター」を設立します。通常ならここまででも良さそうですが、そこ
が岸和田市の「豪快」なところ、牛滝川および牛滝山のレクレーション
エリアの再開発にも着手します。
大威徳寺の近隣にある前述の岸和田市立の保養施設「市民憩いの家」を
廃止し、同時に平成11年「いよやかの郷」をオープンさせます。
この「いよやかの郷」は牛滝山の大自然をそのまま生かした整備が施され
広大な土地にキャンプ場、バーベキュー場を設置した自然と一体になれる
施設であります。さらには新たにボーリング掘削を敢行、1645m地下にて
源泉を掘り当てるのです。
そして運営方法も新しい試みが導入されました。大阪市天王寺区に本社
を置く公共レジャー施設運営、レストラン、ホテルなどを手掛ける総合サー
ビス業の大手企業が岸和田市から「管理運営受託」を受け新たなビジネス
モデル「官民公共事業」として「牛滝温泉 いよやかの郷」がスタートしました。
長~い前説、御精読毎度ありがとう御座いますm(_ _)m

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さて、漸くのインプレッションであります。
阪和自動車道 岸和田和泉ICを降りて40号線(岸和田牛滝山貝塚線)に入り
クルマを走らせること20分ほど、道路は結構狭いなぁ~と思いながら走って
いると険しい山々を抜け、急に開けた光景が出てきました。
見るといかにも行政の施設って感じの建物がありました。パーキングに停め
ようと施設前の駐車スペースを見ると、宿泊者専用の駐車場ですので日帰り
利用者の方は御遠慮下さい…みたいな文言の看板があったので仕方なく
日帰り利用者専用のパーキングへ移動します。
いよやかの郷には3箇所パーキングがあって宿泊者専用の第一駐車場と
宿泊、日帰り利用関係なく利用できる第二駐車場、そしてキャンプ場専用
駐車場と3つありますが、いよやかの郷は南北に長細ーく牛滝川に沿って
伸びた広大な敷地の為、距離は600mくらい本館のせせらぎ荘から離れて
いるでしょうか。これはちょっと考えモノですね~せっかく温泉で暖まっても
湯冷めしちゃいますよ。
まあ、あんまり考えないでおこうっと、と思いながら本館へ。本館せせらぎ荘
に温浴施設があって宿泊施設や食事処なども併設されているのです。
本館の自動ドアをくぐるとスグにフロントがあり、そこで入浴券を購入します。
建屋外観は行政の施設という印象でしたが館内は美術館そのものでした。
フロント前は1階から2階と地下1階に伸びた大きなフキヌケのエントランス
でして、地下1階フロアにはグランドピアノがあります。フキヌケのエントランス
は螺旋階段で昇り降りでき、その壁沿いには様々な絵画が掛けられていて
まさしく美術館です。このエントランス地下1階に相当するフロアではイベント
が行われており、クラシックのミニコンサートから演舞から色々やってるよう
です。ワタクシが訪れた日は何もやってなかったのですが数々の絵画・名画
を鑑賞しながら、温泉へと移動します。
さあ、大浴場へ。フロント前は広かったのですが温浴施設部分と宿泊棟は
細長い廊下沿いにあり、大浴場入口でバスタオルとフェイスタオルを受取り
脱衣所から浴室へ入ります。御風呂は「すこやか」と「うつくし」の2つが
それぞれ女湯と男湯に分かれていますが、それぞれ日替りのようです。
ワタクシが体験したのは「うつくし」でした。浴室入口にサウナがあります。
全体的にシンプルな造りで10畳ほどの内湯と10畳ほどの露天岩風呂があり
サウナ前に4畳半程度の水風呂があります。大浴場の造りは美術館ライク
なドーム天井の建屋に合わせて面積を取った為と思われるのですが男湯
女湯とも半円の占有面積に湯船がある感じです。ですので湯船は基本的に
長細い造りであります。
肝心の泉質ですが、「牛滝温泉 いよやかの郷」のサイトによれば「ナトリウム
塩化物炭酸水素塩泉」とあります。長ったらしいですが要はナトリウム系の
温泉ってことでしょ?まずは内風呂に浸かります。温泉はうっすらと白濁の
泉色を持つイワユル「真珠泉」であります。うっすらと潮の香りが漂いますね。
しかしカルキ臭さは一応感じますが、気にならないでしょう。
御湯ざわりは割りとシッカリしたヌメリ感を持つ正真正銘の天然温泉であり
ます。肌への心地良い刺激があります。
ワタクシの御気に入りは露天岩風呂であります。露天といっても一応の屋根
と壁があるのですが、森のシーンという自然音に耳を澄ませてじっくりと浸か
れば思わずフ~って言っちゃいますね!
燐夢太郎のスーパー銭湯へ行こう!
<御気軽度☆☆☆>
日帰り入浴料が大人(入湯税別途50円要)700円・小学生(税込)400円・3歳
~小学生未満(税込)200円となっています。入湯税がありますがレンタルの
タオルが付いて、この料金は安いんじゃないでしょうか。
宿泊の場合は入湯税は100円みたいです。ところでマイカー派には日帰りの
利用者は厳しいかも。日帰り利用者のパーキングが本館せせらぎ荘からは
離れているのとパーキング料金が最初の1時間無料で2時間まで200円また
それ以降は30分ごと100円とのことで1日の最大料金が1000円らしいです。
しかし御風呂だけでなく食事やマッサージなど利用してもらいたいなら無料
にするべきでしょうねぇ…
歩き派には最寄駅から無料送迎バスが出ているようですが平日に多く運行
されていて、土曜日は本数が限られていて更には日曜日は運行していない
って…中途半端でしょ?宿泊利用前提だとしても土日利用なら無料送迎バス
は日曜日使えないってことでしょうしねぇ。マイカーで行って泊まれ!って
言いたいんでしょうかね。いよやかの郷は。

<レジャー施設度☆☆☆☆>
ここ牛滝温泉いよやかの郷はレジャー施設ですよ!宿泊はせせらぎ荘だけ
でなくバストイレ、エアコン、キッチン完備のログコテージもあるようです。
またキャンプ場エリアではテントを初め様々な用具をレンタルできるようなの
で、手ぶらでキャンプも良いかもしれません。やっぱり行くんなら春~夏に
掛けてでしょうか。秋も良いかも。牛滝川で自然いっぱいの川遊びや大威
徳寺から牛滝山へハイキング、修験道を満喫した後は温泉へ!堪りません!
もちろん本館せせらぎ荘にはレストラン、カフェ、和洋の宴会場そしてアジアン
テイストのボディケアもあり、飲み会からほぐしまで使えそうですね!
上記の情報は必ず「牛滝温泉 いよやかの郷」の公式サイトで御確認下さい!

<牛滝温泉 いよやかの郷>
http://www.iyoyaka.jp

参考文献および出典:岸和田市の90年年表(大正11年~平成24年)
http://www.city.kishiwada.osaka.jp/soshiki/70/nenpyou90th.html