今日の御紹介は「牛滝温泉 いよやかの郷」なのです。
<スーパー銭湯度☆☆>
南大阪エリアは歴史的なエリアが多いように思います。今日御紹介する
「牛滝温泉 いよやかの湯」も歴史ロマンに溢れた岸和田市にある温浴
施設なのであります。
岸和田市は南大阪エリアでも泉州と呼ばれるエリアでありまして産業や
文化、風土においても独自の発展を遂げた都市なのであります。
一般に泉州と言えば「だんじり」=アツい人が多いなって、イメージなん
だと思います。これは御祭り好きってこともあるんでしょうけど地元愛を
持ったアツい人が多いってことなんでしょうね。「だんじり」の為に地元
離れないって人が多いってことでしょう。
人生の分岐点、進学や就職、結婚で「ふるさと」を離れることがあっても
「だんじり」のために地元に残る、戻るアツい人ってカッコいいです。
地元の祭礼にコダワル、地元の人や風土、自然、文化にコダワル。
素晴らしい「地元愛」であります。
この「地元愛」があるからこそ「だんじり」は約300年の歴史を誇る日本
を代表する祭礼の一つに挙げられるのでしょうね~!
そのだんじりの歴史はまた別の機会に述べさせて頂くとして元々の成立
は江戸時代に他所の祭りに触発された町人が地元色の強い祭礼にしたん
でしょうね。同じ山車が登場する御祭りでも京都なんかはワリと上品に
行われている感じがします。しかし岸和田の「だんじり」は「豪快」の一言
に尽きます。
岸和田市独自の風土を形成する前述のキーワード「だんじり」「地元愛」
「ふるさと」「豪快」はこの街の歴史を作ってきたのだと思います。
大阪府と和歌山に連なる和泉葛城山、その山系の一つ「牛滝山」を拝し
た岸和田市は古代から現代に至るまで様々な歴史ドラマが繰り広げら
れてきました。古代には修験道の発祥の地として「牛滝山」は歴史に
その名を刻んだのであります。ウィキペディアによりますと奈良時代初期
800年前後に成立したと言われる「続日本紀」には修験道の開祖である
役小角(えんのおづの)のちに役行者(えんのぎょうじゃ)に関する記述
があり、更には平安時代に成立した「日本霊異記」には常人を超える
役行者の説話があるそうです。
役行者はウィキペディアには呪術者としての記述があります。この牛滝山
で修行を重ねた結果、雲に乗って仙人と遊んだり、鬼神を操ったりしたと
の説話があります。まあ正直「ふぅ~ん、ありがちじゃね?」って思います
がこの修験道が日本各地の山岳信仰の礎となり後に日本に入ってくる
密教~仏教へと繋がっていくようです。
しかし、この超人「役行者」の説話って「豪快」過ぎません?日本の神様
の神話とええ勝負ですわ~
ワタクシ、燐夢は特に宗教に否定的ではありませんので、念のため。
歴史のブログではないので、古代の岸和田市についてはこの辺で置いて
とくとして。しかしこの「豪快」さって岸和田市の風土に通じるところがある
と思うのはワタクシだけですかねぇ?
現代に話を移すと、岸和田市には様々な産業発展を遂げた歴史があり
ます。農業、たまねぎの産地で有名であります。そして鋼業、神戸市長田
区にある鉄人28号の巨大像は岸和田市の企業が造ったんでしたっけ。
そして岸和田漁港の海産物。なによりも岸和田市のみならず日本の経済
発展を支えてきたのが繊維産業、紡績工業であります。
泉州木綿織物、その発祥は戦国時代とも言われています。岸和田もしく
は近郊の綿花農家からの綿花を機織りするという産業構造が華々しく
発展したのは日清戦争を契機とした戦争特需でした。
明治時代に泉州の木綿商人が中心となって岸和田紡績を設立します。
岸和田紡績は綿織物中心だったため日本の紡績産業が海外に輸出され
るのに伴い、天然繊維以外の需要が拡大する明治から昭和への移行期
を反映する形で兵庫県尼崎市を創業の地として成立した大日本紡績に
昭和16年に合併されます。後のユニチカであります。
だからと言って岸和田市の綿織物需要が落ち込んだ訳ではなく、海浜に
面した地の利を生かして繊維輸出産業は発展していきます。
日清戦争を契機とした特需以降は「ガチャまん」と言われた時代、景気は
未曾有の拡大を見た時代です。
沢山のモノや人が泉州の織物産業に流れ込んだ時代でした。
人口の流入と増加は御約束ですが、様々なインフラの整備にツナガッテ
行きます。まず、輸送手段としての列車が大激動の再編を迎えた時代で
ありました。
関西の鉄道再編の歴史は非常に興味深いのですが、また別の機会に
述べさせて頂くとしまして、岸和田市を中心に紐解いてみますと「日本一
早い電車」と言われ大阪~和歌山間をノンストップで走る「超特急」便を
運行させていた阪和電気鉄道がありました。(参考文献:ウィキペディア
-阪和電気鉄道)この阪和電気鉄道は昭和15年に南海電気鉄道に吸収
合併され南海鉄道山手線になり阪和鉄道岸和田駅は東岸和田駅へと
改称され、更には南海鉄道山手線は国有化され国鉄(現在のJR)阪和線
となります。そして南海鉄道は関西急行鉄道と合併して近畿日本鉄道と
なり(昭和22年に南海鉄道は分離)、何と言うか目まぐるしく変わっていく
訳です。それだけ泉州綿織物を初めとした南大阪の繊維産業は各鉄道
会社が入り込みたい巨大な産業だったんでしょうねぇ~
何だか前説、メチャクチャ長くなっちゃいましたがモウシバラク御付き合い
下さいませ。
輸送手段は産業のカナメでありますが、列車は人も乗せます。特需での
景気拡大に伴って人口の増えた街は、そう、御約束です。レクレーション
施設も段々と増えて行くわけです。
昭和13年に牛滝山が大阪府名勝に指定され岸和田市も観光開発に力
を入れるようになります。
まず、岸和田市を代表する観光イベントとして「だんじり」に目が向けられ
昭和37年には岸和田祭りで岸和田駅前にて「だんじりパレード」が開始
され、現在でも街を挙げての名物イベントになっています。
そして前述の「役行者」を開祖とした山岳寺院「大威徳寺」は紅葉の名所
で知られ、恰好のお出掛けスポットになりました。
こうなると牛滝山は登山・ハイキングスポットとなり道路や登山道の整備
が進み、役行者の修験道の地を訪れようという人が大挙してやってきた
のであります。牛滝山が連なる和泉葛城山系では林道スポットとして
関西ドライビングラリーも行われたりしたようです。
「あれれ、なんか足んなくない?」ってオマエタチ、皆々様は鋭いです!
やっぱり温浴施設、欲しいですよねぇ。
そんな声があったのか、なかったのは知る由もありませんが昭和46年
には岸和田市立「市民憩いの家」が大威徳寺近隣に開設されます。
もちろん温浴設備もあって700円で入浴できたようです。この「市民憩い
の家」が「牛滝温泉いよやかの湯」へとツナガッテいく訳であります。
昭和56年には岸和田市では最後となる牛滝地区にも上下水道が通り
同年3月に大沢山荘が開設されます。
その後、平成の時代になって近隣の泉佐野市に関西の空の玄関口と
なる「関西国際空港」ができ、岸和田市は平成10年には人口20万人を
突破、名実共に大都市へと発展するのです。
これだけ人口が増え、多様な産業構造になり、訪れる観光客が増えると
懸念されたのは「ふるさと」の環境問題でした。
平成の時代になり、それまでイケイケドンドンで発展した我が国日本は
やれ設備投資だの、事業拡大だの外に目を向けてばかりいましたが
御存知のようにバブル崩壊後は「ゆとり」や「エコ」が叫ばれた時代で
あり、内に目を向けた時代なのです。
そして国・自治体主導の自然環境保護事業が始まります。国土交通省
は「ふるさとの川整備事業」を推し進め、「コンクリートを使わない多自然
型護岸工事」を特徴とした「ふるさとの川モデル事業」を昭和62年に提言
しました。これを受けて大阪府は大津川水系の整備に着手、岸和田市も
この計画を推進したのです。泉州エリアで言えば大津川水系とは松尾川
や牛滝川であり、大阪府主導で清流の整備事業つまり、「二級河川 牛滝
川 河川改修事業」が始まるのです。
岸和田市も「牛滝川ふるさと整備事業」に取り掛かり、清流から下流への
水質汚染、影響防止のための特定環境保全公共下水道施設「牛滝川
浄化センター」を設立します。通常ならここまででも良さそうですが、そこ
が岸和田市の「豪快」なところ、牛滝川および牛滝山のレクレーション
エリアの再開発にも着手します。
大威徳寺の近隣にある前述の岸和田市立の保養施設「市民憩いの家」を
廃止し、同時に平成11年「いよやかの郷」をオープンさせます。
この「いよやかの郷」は牛滝山の大自然をそのまま生かした整備が施され
広大な土地にキャンプ場、バーベキュー場を設置した自然と一体になれる
施設であります。さらには新たにボーリング掘削を敢行、1645m地下にて
源泉を掘り当てるのです。
そして運営方法も新しい試みが導入されました。大阪市天王寺区に本社
を置く公共レジャー施設運営、レストラン、ホテルなどを手掛ける総合サー
ビス業の大手企業が岸和田市から「管理運営受託」を受け新たなビジネス
モデル「官民公共事業」として「牛滝温泉 いよやかの郷」がスタートしました。
長~い前説、御精読毎度ありがとう御座いますm(_ _)m
さて、漸くのインプレッションであります。
阪和自動車道 岸和田和泉ICを降りて40号線(岸和田牛滝山貝塚線)に入り
クルマを走らせること20分ほど、道路は結構狭いなぁ~と思いながら走って
いると険しい山々を抜け、急に開けた光景が出てきました。
見るといかにも行政の施設って感じの建物がありました。パーキングに停め
ようと施設前の駐車スペースを見ると、宿泊者専用の駐車場ですので日帰り
利用者の方は御遠慮下さい…みたいな文言の看板があったので仕方なく
日帰り利用者専用のパーキングへ移動します。
いよやかの郷には3箇所パーキングがあって宿泊者専用の第一駐車場と
宿泊、日帰り利用関係なく利用できる第二駐車場、そしてキャンプ場専用
駐車場と3つありますが、いよやかの郷は南北に長細ーく牛滝川に沿って
伸びた広大な敷地の為、距離は600mくらい本館のせせらぎ荘から離れて
いるでしょうか。これはちょっと考えモノですね~せっかく温泉で暖まっても
湯冷めしちゃいますよ。
まあ、あんまり考えないでおこうっと、と思いながら本館へ。本館せせらぎ荘
に温浴施設があって宿泊施設や食事処なども併設されているのです。
本館の自動ドアをくぐるとスグにフロントがあり、そこで入浴券を購入します。
建屋外観は行政の施設という印象でしたが館内は美術館そのものでした。
フロント前は1階から2階と地下1階に伸びた大きなフキヌケのエントランス
でして、地下1階フロアにはグランドピアノがあります。フキヌケのエントランス
は螺旋階段で昇り降りでき、その壁沿いには様々な絵画が掛けられていて
まさしく美術館です。このエントランス地下1階に相当するフロアではイベント
が行われており、クラシックのミニコンサートから演舞から色々やってるよう
です。ワタクシが訪れた日は何もやってなかったのですが数々の絵画・名画
を鑑賞しながら、温泉へと移動します。
さあ、大浴場へ。フロント前は広かったのですが温浴施設部分と宿泊棟は
細長い廊下沿いにあり、大浴場入口でバスタオルとフェイスタオルを受取り
脱衣所から浴室へ入ります。御風呂は「すこやか」と「うつくし」の2つが
それぞれ女湯と男湯に分かれていますが、それぞれ日替りのようです。
ワタクシが体験したのは「うつくし」でした。浴室入口にサウナがあります。
全体的にシンプルな造りで10畳ほどの内湯と10畳ほどの露天岩風呂があり
サウナ前に4畳半程度の水風呂があります。大浴場の造りは美術館ライク
なドーム天井の建屋に合わせて面積を取った為と思われるのですが男湯
女湯とも半円の占有面積に湯船がある感じです。ですので湯船は基本的に
長細い造りであります。
肝心の泉質ですが、「牛滝温泉 いよやかの郷」のサイトによれば「ナトリウム
塩化物炭酸水素塩泉」とあります。長ったらしいですが要はナトリウム系の
温泉ってことでしょ?まずは内風呂に浸かります。温泉はうっすらと白濁の
泉色を持つイワユル「真珠泉」であります。うっすらと潮の香りが漂いますね。
しかしカルキ臭さは一応感じますが、気にならないでしょう。
御湯ざわりは割りとシッカリしたヌメリ感を持つ正真正銘の天然温泉であり
ます。肌への心地良い刺激があります。
ワタクシの御気に入りは露天岩風呂であります。露天といっても一応の屋根
と壁があるのですが、森のシーンという自然音に耳を澄ませてじっくりと浸か
れば思わずフ~って言っちゃいますね!
<御気軽度☆☆☆>
日帰り入浴料が大人(入湯税別途50円要)700円・小学生(税込)400円・3歳
~小学生未満(税込)200円となっています。入湯税がありますがレンタルの
タオルが付いて、この料金は安いんじゃないでしょうか。
宿泊の場合は入湯税は100円みたいです。ところでマイカー派には日帰りの
利用者は厳しいかも。日帰り利用者のパーキングが本館せせらぎ荘からは
離れているのとパーキング料金が最初の1時間無料で2時間まで200円また
それ以降は30分ごと100円とのことで1日の最大料金が1000円らしいです。
しかし御風呂だけでなく食事やマッサージなど利用してもらいたいなら無料
にするべきでしょうねぇ…
歩き派には最寄駅から無料送迎バスが出ているようですが平日に多く運行
されていて、土曜日は本数が限られていて更には日曜日は運行していない
って…中途半端でしょ?宿泊利用前提だとしても土日利用なら無料送迎バス
は日曜日使えないってことでしょうしねぇ。マイカーで行って泊まれ!って
言いたいんでしょうかね。いよやかの郷は。
<レジャー施設度☆☆☆☆>
ここ牛滝温泉いよやかの郷はレジャー施設ですよ!宿泊はせせらぎ荘だけ
でなくバストイレ、エアコン、キッチン完備のログコテージもあるようです。
またキャンプ場エリアではテントを初め様々な用具をレンタルできるようなの
で、手ぶらでキャンプも良いかもしれません。やっぱり行くんなら春~夏に
掛けてでしょうか。秋も良いかも。牛滝川で自然いっぱいの川遊びや大威
徳寺から牛滝山へハイキング、修験道を満喫した後は温泉へ!堪りません!
もちろん本館せせらぎ荘にはレストラン、カフェ、和洋の宴会場そしてアジアン
テイストのボディケアもあり、飲み会からほぐしまで使えそうですね!
上記の情報は必ず「牛滝温泉 いよやかの郷」の公式サイトで御確認下さい!
<牛滝温泉 いよやかの郷>
http://www.iyoyaka.jp
参考文献および出典:岸和田市の90年年表(大正11年~平成24年)
http://www.city.kishiwada.osaka.jp/soshiki/70/nenpyou90th.html



