本記事はTwitterの菁山房 琳阿弥陁佛(@ogatakourinpa)の#琳華集でのツイートの内、行った展覧会についての感想の呟きを手短にまとめたものである。
2025年3月に行った展覧会
旧嵯峨御所大覚寺―百花繚乱御所ゆかりの絵画―@東京国立博物館平成館 3/13木
以下鑑賞直後に書いた要約。
嵯峨天皇の離宮に始まる大覚寺の歴史と宝物をみせる。前半は嵯峨天皇が書写した勅封般若心経(原物は60年に一度の公開で非出品)関連文書や、後宇多天皇の庇護や中世後期の衰微、復興について。後半は宸殿や正寝殿の山楽、始興による障壁画がずらりと並ぶ。太刀の膝丸、髭切には女性の長い列ができていた。
以下はぶらびツイートの代わりとして細かめの感想。
冒頭は文亀元年(1501)院信の数メートルに及ぶ五大明王像(降三世、金剛夜叉は江戸時代の補作)。五大明王は空海、嵯峨天皇所縁で大覚寺の信仰の中心。この辺りの時代まで研究が及ぶにはあとどれほどかかるのかと思った。みようによっては江戸時代の方がうまくみえる。
同じ部屋に明円の五大明王像。慶派に比べて穏やかな表現なのは知っていたが、それでも顔や脚部の筋肉の抑揚に鎌倉時代の到来が近いことを感じたのは意外だった。不動は腰布と裙との間に裾がひらついた衣があるが、これは腰布、裙とは別だろうか。立像は裙を二重にまとい、内側の裙が両足の間を通って後ろになびくか。降三世、金剛夜叉は衣文が深く意外と激しい表現。また背面裙の折り返しにてU字を連ねる。本当は文献片手に作品のディスクリプションを現地で確認したいのだが準備不足で今回はしなかった。五大明王なんて作例が少ないからこういう時こそ現地でやった方がいいのだろうが、今回は家でやろう。というか、この日は花粉症が酷くて目が痒くてね。
この隣に光背、台座も当初を残す極めて保存良好な愛染明王像(嘉暦3年、1328)。顔は抑揚が少なく単調になるが、全体的に神護寺の康円作像に近い。足裏は肉厚、体幹部の奥行は十分。膝辺りで裙がヒラヒラし、盛り上げ彩色があるのが鎌倉時代後期的。耳は慶派通形。
次に大覚寺で院政を布き真言宗に傾倒した中興の祖後宇多天皇を紹介。宸翰の御手印遺告など。ショップにこれの翻刻とかを載せた手軽な本があった。今度買おう。
続いて室町戦国時代になると荒廃するが権力者とうまくつながって再興するという寺院史でよくある展開。三条西実隆ら当代一流の公家が書写した源氏物語、後水尾天皇の和歌懐紙、信長の朱印状など。
第一会場の最後から第二会場は狩野山楽、渡辺始興の障壁画。図様がつながらない箇所があったり引手跡があったりするので、どのように改変されたのかを考えたり。解説には部屋の格ごとに画題が決まっているので、障壁画研究は建築史と連動しているとあり、専門の人からしたら当然なのだろうが、なるほど~と納得してしまった。
今月は一つしか展覧会に足を運んでおらずだいぶ過疎っている。自分の勉強に集中しよう。とはいえ4、5月に会期末ラッシュが訪れるのでぼちぼち計画的に消化してゆかねばならない。
今年は大阪・関西万博ということで京博、奈良博、大美で大きな展覧会が開催される。当の万博は開催1ヶ月を前に建物が2割しか完成していないとか何とかで何だかわけのわからないことになっているらしいが。今年は西にゆく用事があるので万博はともかくとして展覧会はどれかしらみにゆくことになると思う。ただ、全部回れるかどうか。むしろ万博を冷やかしにいきたい気がしないでもない。
ちなみに3月にライブDVD回=回を視聴したこと、8土に美術史学会西支部大会仏像研究最前線@大阪市立美術館をオンラインで視聴したこと、11火に映画鹿の国@川崎市アートセンターをみたことを記録しておく。鹿の国については鑑賞直後に書いた要約を載せておく。
信州諏訪大社で一年を通しておこなわれる数々の神事を取り上げたドキュメンタリー映画。研究者の監修のもと、地元の人々をキャストに、わずかな史料から復元した中世の神事の映像を軸に、生贄の鹿を狩る猟師、米作りに勤しむ氏子、仏法紹隆寺の住職など、諏訪信仰に関わる人々の取材映像が挿し挟まれ、人が農耕や狩猟を介して神、自然とともに生きるありようが描かれる。
行きたかった、話題になっていた展覧会
ハッケン!上田の仏像@上田市立美術館 1/11土~3/9日
開館記念展Ⅱ(破)琳派から近代洋画へ―数寄者と芸術パトロン 即翁、酒井億尋@荏原畠山美術館 1/18土~3/16日
上田の展覧会はいかないままズルズルしていたら最終日になってしまった。その最終日前日に上記の西支部大会があり、その展覧会が紹介されていたのだが、これはみておかねばというものが出ていて少し後悔。ただ図録は写真が豊富と思しいのでまあよしとするか。さっさと注文してしまおう。
