昨年12月15日にNHKの番組「クロスアップ現代」で、やさしい虐待―良い子ども良い家庭に潜む「行きすぎたしつけと教育」が放送されました。世話を焼きすぎるのも一種の虐待なのだという話のようです。(実は私は放送終了後に知って、ネットなどで情報を取得し内容を推察するのみですが。)

http://www.j-cast.com/tv/2011/12/15116547.html?p=all

時々、お子さんの一挙手一投足のほとんどすべてに指図やダメ出しをされる親御さんを見かけるたびに思っていたのですが、「あれでは、自分で判断して行動を決めるのがバカバカしくなってしまう、あるいは怖くなってしまう。いずれ“何もしないのが一番安全”というスタンスになってしまい、そんな理由で引きこもってしまうのでは?」と思っていたので、わが意を得たりという感じの内容でした。


また、2年ほど前に出席したシンポジウムで、ニート引きこもり支援のNPO法人「ニュースタート」がこんな報告をしていたのを思い出しました。


ある母親からその息子についてこんな相談を受けたそうです。息子は、一流企業で立派に仕事をしているそうなのですが、毎朝、会社に行かないと駄々をこね、母親に言うそうです。「お母さんは、僕を思い通りに育てることができてさぞかし満足だろうさ。だから、会社に行ってほしかったら一発殴らせろ」と。そして毎朝息子に殴られているのだそうです。


ジョブズがプリンストン大学でのあのスピーチで「他人の人生を生きてはならない」と言っていますが、この息子は、母の人生を生かされてしまったという思いがあるのでしょうね。

かつて、ツッパリ全盛時代は、子どもは「やさしい虐待」に対し、反発し不良になりました。つまりは家の外に活路を見出しました。そういう若者は、私の知る限り、最終的にはわが道を見つけ自立します。つまり、従属→反発→自立という道をたどります。


でも、近頃の子どもは、反発を感じないか、内向きの反発で従属→反発→無気力という道をたどってしまいがち。あの時代と何が変わってしまったのでしょうか?

実は、私も、私にまつわることを勝手に決めてくる父親に反発した口で、でも、その中でも「自分は反発してるだけだな。いつか従わず逆らわず我が道を行きたいな」と思っていました。

番組に登場する長谷川教授は「子どもの甘え、わがままを親が認めることだ」と言っているそうですが、その加減が難しいんですよね。


私はどうしているかというと、まず、自分の子ども時代はどうだったのかなと振り返り、それで「自分もそういう気持ちだったな」と共感できることは認めています。


また、自分もまた、子どもに向かって「甘え、わがまま」を言うようにしています。たとえば、今日は外食という日、娘が寿司といっても、「餃子が食いたい。お願い餃子にして!」とか。

そうすると、子どもは、わがままも言いますが言われる方でもあるわけで、そのため、無茶なわがままは言わなくなりますし、時には譲るという行動もとってくれます。