2010年6月をもって23年務めた大手専業建築設計事務所「日建設計」を退職し、2011年4月1日、凛童舎とCafé Rindowを運営するため、一般社団法人コラボライフを立ち上げ起業した。
近頃、起業して本当に良かったと思う。ラッキーな人生だと思う。
事業が順風満帆とかいうのではない。それどころか、むしろ風前の灯という方が近い。にもかかわらずそのように思うのは、起業してこの1年足らずがまさに、人としての器を広げる人生修行そのものだったからである。
少なく見積もっても、人として、この10か月で、起業前の10年分の成長をとげたように感じる。いくつもの苦難に直面するたびに、度量が増したように感ずる。
たとえば、起業前に比べて、許せることが格段に増えた。
好きな言葉に「血気の怒りはあるべからず。理義の怒りは無かるべからず。」というのがあるが、血気の怒りは、ほとんど感じなくなっている。
その分、理義の怒りは明確になってきた。血気と理義がないまぜだった感情の金鉱石が、精錬されて理義だけになったような。洗い出された怒りについて、いずれ何かの行動に移そうと考えている。
なので、降りかかる苦難はまるで天から試されているように感じるのだ。「なぜそんなことが」と考える前にもう「さてどうするか」と考えるようになった。
以前学んだソリューションフォーカスの手法を自然にやっている自分に驚く。
最近もまた、大きな苦難が降りかかった。「さてどうするか」それを考える息抜きにこれを書いている。
どれだけ歩き続ければ人として認めてもらえるのだろう。
いくつの海を越えれば白いハトは砂地で安らげるのか。
友よ、その答えは風に吹かれている。
今まさに自分は風の中にいると感じる。まるで、今飛び立たんとするひな鳥のように。50年もいた巣を後にして。答えはまだまだずっと先にある気がしている。
あるいはそれは錯覚で、自分はただの風前で消えなんとする灯にすぎないのかも。
たとえそうだったとしても、先のないサラリーマン生活にピリオドを打ち、起業する気になってラッキーだったと思うのだ。
もしも風が 止んでしまっても
風が消えた世界はないんだ。
どんな時も呼吸をしているように
今日という日が、そう、つらい一日でも・・・
できることから 始めようか?
さて、美化しすぎですかね。