人生会議についての厚生労働省のポスター


患者団体や遺族などからの批判が殺到して1日で使用中止が決定しましたが、賛否両論あるようですね。


皆さまはどう思われましたか?


患者に死を連想させるので適切ではないという意見や、最期の時の気持ちを思い出して悲しくなる遺族の心情を考慮していない、、


などの意見があるようですが、


死を連想させることは避けられない内容だし、あれくらいのインパクトがあってこそ目に止めて考える人がいると思うので、私は個人的には賛成です。



私はちょうど1年前に母を末期癌で亡くしましたが、、、



ポスターを見て不快な気持ちになったり、最期の時を思い出して悲しい気持ちになったり、、、、、



などということは全くありませんでした。



なぜなら、



「人生会議を済ませた上で本人の希望通りに母を見送れたので、何の後悔もないから。」



我が家の人生会議は、母の癌が発見されるずっと前から行われていて家族全員が母の希望を共有していました。



「絶対に延命はしないで欲しい」


「もしも移植が可能な状態で最期を迎えたら、自分の身体を移植で役立てて欲しい」



「生きているうちに行けなかったところを旅したいので、お墓には入れずに散骨をして欲しい」

  

「亡くなる時の姿は綺麗なものではないだろうから、、、

自分が亡くなってから荼毘に付されるまでは、決して誰にも伝えずお葬式もせず、家族だけで見送って欲しい」


という母の希望。


亡くなるずっと前から家族全員が知っていて同意していたので、誰一人として最期の時に異論を唱えるものはいませんでした。



もしも、母の願いを知らなかったなら、、、



1日でも長く生きていて欲しくて、意に反して延命を希望していたかもしれません。



亡くなった後の顔を見られたくはないという本人の意に反してお、葬式をして沢山の方ををお呼びしてしまっていたかもしれません。



臓器移植はできる状態ではなくその願いだけは叶えられなかったけれど、私たちは人生会議のお陰で、母が希望する形でお別れができました。
 


別れを惜しむ涙は流れましたが、後悔の涙を流す者は1人もいませんでした。



遅かれ早かれ、人は必ず死ぬときが来る。



死にゆく本人の本当の希望を誰も知らなければ、本人も無念だろうし、



遺族も自分たちの見送り方が正解だったのかが分からなくて


「本当にあれで良かったのだろうか、もっと出来ることはあったのではないか」


と、ずっと辛い思いを引きずってしまうかもしれません。。。



高齢の親についてだけではなく、私自身の希望も家族に伝えてあるので、いざという時は後悔なく天国に行けそうな気がしています。



最期の時に自分も、そして家族も後悔しないために、大切な家族と今すぐ人生会議しませんか?